8話 罠
俺たちは寮を後にして、そのまま学校の外に出た。
その目的地は……憲兵所の死体安置所だ。
「うぅ……ぶ、不気味です、怖いですぅ……」
姫さまの権力を使い、死体安置所に移動した。
中はひんやりとしていて、物音一つしない。
そんな不気味な雰囲気に気おくれているらしく、スフィアは涙目だった。
ただ、姫さまは堂々としていた。
胸を張るようにして、腕を組んでいる。
さすがだ。
死体ごときに驚くことはないということだ。
「それで姫さま。これからのことなんですけど……」
「ひゃあ!? い、いきなり話しかけないでよっ」
姫さま……めっちゃビビっていた。
強がっていただけで、普通に怖かったらしい。
「な、なによ。その生温かい目は? あたしのこと、バカにしてるの?」
「そんなわけないじゃないですか。姫さまも女の子らしいところがあって、かわいいなあ、って思ってました」
「ま、またそういうことを……!」
「ふぇ、フェイトくん、さすがですね……」
なぜかスフィアに感心されてしまった。
「それで……こんなところに来てどうするわけ? 憲兵の人たち、入り口にいるだけで、中にはぜんぜんいないし……ものすごく不気味なんだけど」
「もちろん、必要だから来たんですよ。えっと……見つけた」
奥へ移動すると、ステンレス製の台の上に人が寝ていた。
否。
それは人ではなくて、死体だった。
「ひぅっ」
スフィアが小さな悲鳴をあげた。
悲鳴こそあげないものの、姫さまも顔を青くしていた。
ただ、すぐに死体の正体に気がついたらしく、怪訝そうな顔になる。
「この男……あたしを襲ったヤツじゃない」
「ええ。あの後、ここに運ばれたみたいですね。後日、司法解剖が行われて……あと、憲兵隊による身元調査が行われるでしょう」
「それがどうしたの?」
「あっ……も、もしかして、この人の調査を私たちで……? そうすれば、ロルム第二王女に繋がる手がかりが……」
「うーん。惜しい、ハズレ」
男の調査をすれば、なにかしら手がかりは出てくるだろう。
でも、俺たちは、死体を調査して手がかりを得る技術なんてものはない。
あと、司法解剖なんてものもごめんだ。
「さっさと答えを口にしなさいよ」
「せっかちですね、姫さまは。わかりました。それじゃあ、正解ですが……っと、その前にこちらへ」
姫さまとスフィアを連れて、物陰に隠れた。
「話の続きですが……あの死体を調べれば、第二王女に繋がる手がかりがそれなりに出てくると思います。暗殺命令なんてやばいもの、複数の人間を介して行われたとは思いませんからね。たぶん、ロルム第二王女が直接、指示を出したかと」
「それで……?」
「ロルム第二王女は悪知恵が働くと聞きました。なら、暗殺者が返り討ちに遭い、死体安置所に運ばれたこともすぐに知るでしょう。そして、証拠を消すために動くでしょう」
「まさか……」
俺の考えを察したらしく、姫さまが驚いた顔になる。
「答え。そこの死体を……証拠を消しに来た連中を、今度は生かしたまま捕らえます。そして、後に尋問。そうすれば、より確実な証拠を手に入れられると思いませんか?」
「な、なるほど……! そこの人……証拠を囮にして、さらなる証拠を得るんですね! フェイトくん、す、すごいです……私、そんなこと考えたこともありませんでした」
「あんたのこと、それなりに評価してたつもりだったんだけど……どうも、まだ過小評価していたみたいね。まさか、そんな大胆な作戦を思いつくなんて……正直、すごいわ。感心しちゃう」
スフィアと姫さまの中で、俺に対する株が上昇していくのがわかる。
うーん。
これくらいは、誰でも思いつきそうなものなんだけど……?
というか……
あまり感心しないでください。
そんな風にキラキラとした目で見られたら、くすぐったい、恥ずかしいというのもあるけど……
スフィアと姫さまに一目置かれている、なんて風に見られたら、また目立つことになってしまう。
それだけは勘弁してほしい。
「あっ……どうやら、獲物が来たみたいですね」
複数の足音が近づいてきた。
俺たちは息を潜めて待つ。
ほどなくして、五人の男が姿を見せた。
姫さまを襲った男と同じく、全身の服を黒で統一している。
ところどころに暗器が見えた。
暗殺を専門にしている輩だろう。
「本当に死んでいるな……くそっ! まさか、アシアがやられるなんて……どこのどいつか知らないが、報いは必ず受けさせてやるからなっ」
「怒りは今はしまっておけ。俺たちの任務は、アシアの死体、及び所持品の回収だ」
「そうだぜ。本来の目的を履き違えたらいけないな。せっかく、王女さまが手を回してここを、ほぼほぼ空にしてくれたんだ。今のうちにやることをやっちまおうぜ」
ここに姫さまがいるとも知らず、男たちは重要な情報をペラペラと口にしていた。
こいつら三流だな
それに大した力も感じられない。
圧も感じられない。
俺からしたら、路地裏にいるようなチンピラと一緒だ。
「それじゃあ、最初に俺がつっこむので、姫さまとスフィアは援護を……あれ? 二人共、どうかしましたか?」
姫さまとスフィアは顔を青くしていた。
「な、なによ、あの連中……なんてことない顔をして、とんでもない殺気を放っているわ……それに、まったく隙がない。まさか、これほどの連中が送り込まれてくるなんて……」
「ど、どうしましょう……? 私では歯が立たないかもしれません。というか、このままだと見つかってしまう恐れが……そ、そんなことになったらおしまいですっ」
「えっと……二人共、なんでアレを恐れているんですか? あんなの、どこからどう見ても雑魚じゃないですか」
「「そんなわけないから!?」」
とんでもないというように、二人が同時に叫んで……
「誰だっ!?」
当然、男たちがこちらに気がついた。
今の、俺は悪くないよね……?
「仕方ないっ!」
物陰から飛び出して、床を這うように駆ける。
一気にトップスピードへ到達して、その勢いを乗せて一人目の男の顎を蹴り上げた。
「がっ!?」
顎を砕く感触が伝わる。
死ぬことはないだろうが、これでもう動けないだろう。
「くっ……スフィア、あいつだけに任せるわけにはいかないわ。あたしたちもいくわよ!」
「は、はひっ!」
姫さまとスフィアも飛び出した。
「魔剣がなくても……はぁあああっ!」
「炎よ。我が呼びかけに応えよ。荒れ狂う紅蓮。猛る灼熱。今こそ力を示せ……紅の一撃!」
姫さまは拳の乱打を繰り出して……
その間隙を縫うように、スフィアが攻撃魔法を炸裂させる。
良いコンビネーションだ。
「貴様っ、何者だ!?」
「我らを見た者は生かしておけぬ!」
「100年の間、不敗を誇る、一撃必殺の暗殺拳の力を見せてくれよう!」
残りの三人が俺に向かってきた。
100年の不敗を誇る暗殺拳とやらを繰り出してくるのだけど……
なんだ、このお遊びは?
これが一撃必殺?
100年の不敗?
ありえないだろう。
だって、男たちの動きはまるで止まっているかのように遅くて……
それに、最下級の魔物の程度の力しかなくて……
「なっ!? こ、こいつ、顔で俺の拳を受け止めた!?」
「ぜ、ぜんぜんダメージを与えられないぞ!? こちらは毒を付加した暗器を使っているのだぞ!?」
「どうして平然としているんだ!? 象も一滴で殺すほどの毒なのに……ありえないっ、ありえないっ」
誰一人、俺の結界を抜くことはできない。
やはり雑魚じゃないか。
「ふっ! はっ! しっ!」
一人一発、拳を叩き込む。
男たちは白目を剥いて、その場で崩れ落ちた。
これが本当の一撃必殺……なんちゃって。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……な、なんとかなったわね……!」
「し、死ぬかと思いましたぁ……」
姫さまとスフィアも一人、倒すことができたみたいだ。
「二人共、大丈夫ですか?」
「ええ、なんとか。って、あんたは!? 確か、三人を相手に……う、うそ。もう終わらせているの……? すごい、あたしたちはこんなに苦戦したのに……」
「し、しかも、ぜんぜん怪我をしていません……それに息も切れてなくて……強い人だとは思っていましたけど、ここまで底が知れないなんて……」
まずい。
二人共、俺のことを評価しているみたいだけど……
そんなことはしなくていい。
低評価、低空飛行でいいんだよ。
「えっと……俺なんて大したことないよ? これは、そう……たまたまだよ、運がよかったからだね」
「「そんなわけないでしょう!!」」
ですよねー。
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