6話 もう疲れたよ、なんだか眠いんだ……
「疲れた……」
夜。
寮の自室へ移動して、ぼふんっ、とベッドに倒れ込む。
勇者育成学校は全寮制だ。
しかも、一人一部屋。
プライベートな時間を確保できるのが、今の俺にはとてもありがたい。
「目立たないって決めていたのに、地味に過ごそうって決めていたのに……なんで、俺は全校生徒に名前が知られているんだ? どうしてこんなことに?」
考えるまでもない。
うっかり、をやらかした俺自身の責任だった。
「はあああぁ……」
今日はもうなにもやる気が起きない。
風呂にも入っていないけど……
このまま寝てしまおうか?
今日は色々とあったから、すごく疲れている。
このまま秒で寝ることができそうだ。
コンコンッ。
半分くらい脳が寝たところで、ノックの音が響いた。
コンコンッ。
再びノックの音が響いた。
なにか急な用件かもしれないし、無視するわけにはいかないか。
「はーい」
ベッドから降りて部屋の入口へ。
扉を開けると……
「こ……こここ、こんにちはっ」
「もうっ、起きているのならさっさと出なさいよ」
スフィアとセリスの侍従コンビの姿があった。
「えっと……二人共、どうしたの?」
「わ、私はその、姫さまの専属メイドですから……その、姫さまの行くところについてきただけでして……」
「あたしが用があるの。ちょっと話したいことがあるんだけど、ついてきてくれる?」
「話なら、俺の部屋じゃダメなの?」
「ダメに決まっているでしょう。こんな時間に男の部屋に入るなんて、襲ってくれと言っているようなものじゃない!」
「すすす、すみませんっ」
「いや。スフィアも姫さまも、とびっきりかわいいからね。そんな懸念をするのも仕方ないと思うよ」
「「なぁっ!!!?」」
スフィアと姫さまが揃って赤くなった。
はて?
俺はなにかおかしなことを言っただろうか?
「あ、あああ、あんた……そういうことを言って、相手をたらしこむのが常套手段なの!? そ、そんな世辞を普通の顔して言えるなんて……」
「え? 別に世辞じゃないですけど。姫さま、相当にかわいいじゃないですか」
「はぅ!?」
「美少女レベルでいうと、普通に100はありそうですよね。一目惚れする人、たくさんいそうで大変ですね」
「なっ、なあああ……!?」
「あわわわ……ふぇ、フェイトくん、自分がとんでもないことを言っている自覚がなさそうです……て、天然……?」
「と、ととと、とにかく行くわよ! ついてきなさいっ」
こうして、俺は強引に外に連れ出されるのだった。
――――――――――
やってきたところは、学生寮の中庭だ。
学生寮は『コの字』になっていて、その中央が中庭になっている。
花壇や池などがあり、憩いの場所となっているらしい。
「えっと、その……話っていうのは、だから……」
姫さまが赤くなり、もじもじとしている。
どうしたんだろう?
「うぅ……いざとなると恥ずかしいし、すごく緊張するわ……」
「ひ、姫さま、ファイトです……! フェイトくんに失礼な態度をとったことを謝るって……」
「そ、それを言わないで。余計に意識しちゃうじゃない」
「はうっ、す、すみません、姫さま!」
なんとなく理解した。
姫さまは素直じゃないけど、根はいい人みたいだ。
あれこれと言い合う二人を穏やかに見守り……
「っ……!? 姫さまっ!!!」
「えっ!?」
とある気を感じ取り、俺は咄嗟に姫さまを抱きしめた。
俺の腕の中で、ぼんっ、と姫さまが真っ赤になる。
「なっ、なななぁ……あ、あんたいったいなにを!? こ、こんなところなのにあたしを襲うつもり!? す、すさまじくいい度胸をしているじゃない!!!」
「わ、わあああぁ……!? ふぇ、フェイトくんと姫さまが……あうあう」
ヒュンッ!
瞬間、闇夜を切り裂いてなにかが飛んできた。
投げナイフだ。
俺は姫さまを抱きしめているため、対処することができない。
「「危ないっ!?」」
スフィアと姫さまには投げナイフが見えていたらしく、悲鳴をあげた。
ギィンッ!!!
投げナイフは俺が常時展開している結界に阻まれて、俺の体を傷つけることなく地面に落ちた。
「ば、ばかな!? 今の一撃をどうやって弾いたのだ!? というか、わずかに漏れ出た俺の殺気を探知できるなんて、野生の動物じゃあるまいし……」
「そこか!」
姫さまの無事を確認した後、俺は地面に落ちた投げナイフを拾い、殺気の元へ投げ返した。
剛速。
投げナイフは茂みに潜んでいた黒尽くめの男の肩に刺さる。
「ぎゃあああっ!?」
黒尽くめの男は悲鳴をあげて地面に倒れた。
そのまま二度三度、痙攣して……やがて、動かなくなる。
「えっ、えっ? も、もしかして死んで……?」
「どうやら毒が塗られていたみたいね。自分の毒でやられるなんて間抜けなヤツ」
「ど、毒……あっ!? ふぇ、フェイトくん! 大丈夫ですか!?」
「そ、そうよっ! あんた、あたしをかばってナイフを……」
「え? 大丈夫だけど?」
「「……」」
二人が唖然とした顔になる。
「な、なんで……? だって、毒が塗られたナイフが……」
「大丈夫ですよ。刺さっていないから毒が回るわけ……まてよ?」
ここで、なんともありません……なんて答えたらどうなるだろう?
スフィアや姫さまの反応を見る限り、それは『ありえないこと』だ。
俺としては、毒程度でやられるようなことこそがありえないのだけど……
でも、俺の常識はおかしいらしい。
ならば、なんともありません、と答えるのは愚策。
そんなことをすれば、俺の異常性が際立ち、ますます目立つことになってしまう。
それを避けるために、やられたフリをすることにしよう。
「うっ……毒が回ってきたかもしれない……気持ち悪い」
「あわわわっ、し、しっかりしてください、フェイトくん!」
「そんな……!? 自分を犠牲にしてあたしをかばうなんて……」
地面に倒れてみせると、二人は悲鳴をあげる。
よし。
これなら、俺に毒が通用しないなんて思わないだろう。
他の人と同じ、一般市民と判断してくれるはずだ。
とはいえ……心配をかけてしまうのは心苦しいな。
いつ起き上がろう?
「おい、どうしたんだ? 姫さまと……アイツは新入生?」
「えっ、なんで倒れているの? それに、そこの黒尽くめの男は……」
騒ぎを聞きつけて、他の生徒たちが集まってきた。
「スフィアって言ったわね! 手伝ってちょうだいっ」
「ど、どうするんですか?」
「コイツをこのまま死なせたりなんか、絶対にさせるもんですか! 暗殺者の魔の手から、自分を犠牲にしてまであたしのことを守ってくれたんだから!」
姫さまの言葉に周囲がざわついた。
「お、おい。聞いたか、今の……? あの新入生、姫さまを身を挺してかばったらしいな」
「すごい、そんなことができるなんて……俺にはとてもできないよ」
「彼はまだ新入生だけど、勇者の名にふさわしいな。勲章をもらえるんじゃないか?」
えっ!?
なんでそうなるの!?
今回、俺はなにもやらかしていないよね?
うっかりをしていないよね?
それなのに、なんで目立っているの!?
おかしいよね!?
「スフィア、いくわよ! 絶対にコイツを助けてみせるっ」
「はい! お供します!」
姫さまとスフィアにどこかへ連れて行かれる中……
どうしてこうなったあああああぁ!!!?
俺は心の中で、最近、定番になりつつある悲鳴をあげるのだった。
『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、
評価やブックマークをしていただけると、すごくうれしいです。
よろしくおねがいします!




