2話 勇者育成学校
本日、時間をずらして3話を投稿します。
お待ちいただけると幸いです。
俺の前世は勇者だ。
でも、もう殺伐とした日々は勘弁してほしい。
新しい人生はのんびりと生きることにした。
「……ホント、のんびりスローライフを送りたかったんだけどなあ」
俺は生まれ育った村を後にして、街道をてくてくと歩いていた。
目指す場所は、王都にある勇者育成学校だ。
勇者育成学校というのは、その名前の通り、次代の勇者を育てる教育機関だ。
1000年前の戦争を乗り越えた人類は、平和にあぐらをかくことはなくて、次なる災厄に備えることにした。
なぜなら勇者は魔王と刺し違えてしまったから。
ならばどうするか?
次の勇者を自分たちの手で育てればいい。
そのような感じで、勇者育成学校が設立されたのだ。
勇者育成学校のシステムは今の時代まで続いていて……
しかも義務教育化されていた。
15歳になると、3年間、強制的に学校に通わないといけないのだ。
アレだね。
このことを思い出して、がっくりときたね。
俺、スローライフを送る気満々だったのに……はあああっ。
「まあ、落ち込んでいても仕方ないか」
義務教育になっているのだから、逆らうことはできない。
どうしようもない以上、いつまでも落ち込んでいても仕方ない。
気持ちを切り替えて、前向きにいかないと。
勇者育成学校というのは微妙なところだけど……
でも、学生ライフを送ることができると考えればいい。
「学生ライフ……ああ、なんて素敵な言葉なんだろう!」
前世は青春とは無縁の生活を送っていたからな……
学生ライフにドキドキわくわく、期待してしまう。
強敵と書いて『とも』と呼ぶような親友ができたり。
あるいは、かわいい女の子と知り合い、甘い青春を過ごしたり。
そんな出来事が待っているかもしれない。
あれ?
意外と楽しそうじゃないか?
「よーし、やってやるぞ! 学生ライフを満喫してやる!」
単純な俺であった。
――――――――――
王都に到着した。
そのまま勇者育成学校へ向かう。
「おー、ここが勇者育成学校か」
城のように大きくて、そして綺麗な建物だ。
定期的に改修されているらしく、洗練されたデザインになっている。
『新入生試験会場はこちら』
という看板が見えた。
新入生は、まず最初に学校の試験を受けることになる。
それで実力別にクラス分けが行われる、という仕組みだ。
看板に従い移動すると、グラウンドにたどり着いた。
広い。
まとめて複数のスポーツができるくらいに広い。
グラウンドの端に、訓練用の木人が見えた。
その奥に大きな倉庫。
「設備は充実しているんだな……まあ、その方がいいか」
せっかくの学生ライフなのだから、綺麗で充実した設備で過ごす方がいい。
「あっ!?」
女の子の声がして、次いで軽い衝撃を受けた。
振り返ると、女の子が見えた。
「ご、ごめんなさいごめんなさい!」
「ううん、気にしてないから」
「本当にごめんなさい!」
気にしてないと言ったのだけど、女の子はペコペコと頭を下げる。
「本当に気にしていないから。怪我もしていないし、なんてこともないから」
「でも……」
「じゃあ、謝罪として俺の言うことを一つ、聞いてくれる?」
「は、はいっ」
「笑って」
「え?」
「キミは笑っている方がかわいいと思うから。だから、笑ってほしいな」
「えっ!? えと、その……あう」
ちょっとキザだったかもしれない。
でも本心だ。
ここにいるということは、女の子も俺と同じ入学生なのだろう。
長い髪はサラサラと風に揺れていて、どこか幻想的だ。
おとなしそうな表情は、どこか小動物を連想させる。
愛嬌があって、すごくかわいいと思う。
トレードマークは長いリボンかな?
髪と同じくらい長いリボンを身に着けている。
それがとてもよく似合っていて、彼女の容姿を引き立たせていた。
「こ、こうですか?」
ややぎこちないけれど、女の子が笑う。
80点くらいの笑顔だ。
でも、かなりの美少女なので120点くらいの笑顔に見えた。
「うん、やっぱり笑顔の方がいいな」
「え、えと……その……はぅ」
「俺、フェイト・アーデルハイド。よろしくね」
「あっ……は、はい! 申し遅れました! 私、スフィア・ハーヴィンといいます! よろしくおねがいします!」
せっかくなので自己紹介をした。
「ところで、なんで学校の制服じゃなくてメイド服なの?」
そう……スフィアはメイド服だった。
すごく似合っていてかわいいから、これでもいいんだけどね。
でも、謎は謎だ。
「あっ……わ、私、とある方の専属メイドなので……その方の付き添いでして……」
「なるほど、そういうことなんだ。あっ、そうそう。別に敬語じゃなくていいよ。ここにいるっていうことは、同い年の新入生なんだよね?」
「は、はい。私も新入生です」
「なら気楽にいこう」
「えっと……私の場合は職業から、クセになっているので、気にしないでもらえると……」
「そう? それなら気にしないことにするよ」
「ありがとうございます」
ほんのりとスフィアが笑う。
さきほどよりも自然な笑顔で、とても綺麗だった。
「おいおい、なんだよこのガキは。女と仲良くしたいなら別のところへ行けよ」
いきなり絡まれた。
いったい、どういうことだろう?
「あの人……もしかして、フィールドクロニクル家の次男?」
「ああ、間違いない。アイク・フィールドクロニクル……戦闘のスペシャリストだけど、その粗暴なふるまいから狂犬と呼ばれている」
「アイクに絡まれるなんて、あいつ、ついてないな……」
周囲の人たちのささやき声で、いきなり絡んできた男……アイクのことが理解できた。
こういう男は相手をしない方がいい。
俺は入学者が並ぶ列へ向かう。
「おいっ、てめえ!」
アイクが怒りの形相で俺の前に回り込んできた。
「無視してんじゃねえよ……おい、俺を舐めてるのか? なぁ?」
「いや、相手にしていないだけだけど」
「てめぇ……!!!」
怒髪天のアイクが俺の胸ぐらを掴んできた。
「ふざけた口をきいたこと、一生後悔させてやろうか? あぁ?」
アイクは俺に拳を見せつけてきた。
とても綺麗な手だ。
つまり、口ではあれこれと言いながらも、荒事に慣れていないという証拠だ。
「……」
「はっ、びびってなにも言えないのか? さっきの勢いはどこへ行ったんだよ? なぁ、おい。なんとか言えよ」
「なんとか」
「っ……!!! このクソ雑魚が……てめぇ、死んだからな」
リクエストに応えただけなのに、なんで怒るんだろう?
カルシウムが足りてないのかな?
「もう謝っても遅いからな……てめえは顔面変形の刑だっ、おらぁ!!!」
アイクが殴りつけてきた。
周囲から悲鳴があがる。
「はははははっ、オラオラ! まだ終わらねえぞっ、オラオラオラっ!!! この俺に生意気な口をきいたことを後悔させてやるぜっ! へへっ、ビビって動けねえのか? 俺の拳をくらいやがれっ!」
アイクに殴られる中、俺はこんなことを思っていた。
マッサージにちょうどいいかな?
たくさん殴られているんだけど、ぜんぜん痛くない。
大して力が込められていないし、格闘術の技術もまるで足りない。
そんなんじゃあ俺の結界を抜くことはできない。
狂犬って呼ばれているみたいだけど、過剰な呼び名じゃないかな?
うん。
この人、大して強くない……というか、弱い部分に入ると思う。
こんなに弱いのに、あんな強気なことを言うなんて……
いわゆるイキリ中二病、っていうヤツかな?
恥ずかしい人だ。
「ぜぇっ、ぜぇっ……はぁ、はぁ、はぁ……な、なんだコイツ……」
ほどなくしてアイクが息切れを起こした。
「こ、これだけ殴ってるのに……なんで平然としてやがる……?」
「え? もしかして、今の本気だったの?」
「おかしいだろ、くそっ! なんで俺の攻撃をこれだけくらって平気な顔してんだよ!? ありえないだろ、どういうことだ!!!?」
「それはキミが弱いからじゃない?」
「て、てめえっ……死んだぞおらぁあああああっ!!!」
アイクが吠えるように叫び、大きく振りかぶり、殴りかかってきた。
ボキィッ!
「ぎゃっ、あああああぁぁぁ!? 俺の、俺の腕があああああぁ!!!?」
鉄を殴りつけて自爆する。
そんな感じで、アイクの腕が折れた。
「あいつ、狂犬を返り討ちにしたぞ……!?」
「なんて防御力だ……とんでもない実力の持ち主みたいだな。タンク候補か? あるいは、アタッカーという可能性もあるが……」
「どちらにしても、とんでもない力を秘めていそうね。注意しておいた方がいいかも」
あれ? あれ?
俺……注目されている?
……なんで?
「す、すごいですね……!」
気がつくと、スフィアがキラキラとした目を俺に向けていた。
「え? すごいって……え? どういうこと?」
「だって、あんなに殴られて平然としているなんて……ほ、本当にすごいと思います! まるで気にしてませんんでしたし……あの人、本当に危険な人なんですよ? たくさんの人を病院送りにした人で……そんな人の攻撃を平然と受け止めるなんて、フェイトくんはすごいですっ」
……もしかして、今の俺は、普通ならありえないことをしていたの?
狂犬とか言われていても、同じ入学生なんだから、大した力はないと思っていたんだけど……
アイクが弱いなんてことはなくて、本当は強かったの……?
アイクが強くて、イキリ中二病じゃないとすると……
そんなアイクを微笑ましい目で見て、おもいきり勘違いしていた俺はいったい!?
本当に恥ずかしいのは俺の方じゃないか!
というか、そんなアイクを軽くあしらった俺は、周囲からどう見えているか?
どう考えても目立っているよな。
ものすごく注目されたよな。
……くらりと目眩がした。
「ど、どうしたんですか? あっ……も、もしかして、やっぱり怪我をしているとか!?」
「いや……ううん、それは大丈夫。ありがとう、心配してくれて」
「そうですか……よかったです」
「俺は大丈夫、大丈夫だから……はぁあああああ……」
目立ちたくないのに……
地味に過ごしたいのに……
それでいて、学生ライフを楽しみたいのに……
どうしてこうなった!?
「おもしろい」「続きが気になる」等、思っていただけたら、
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