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1.出会い

吸血鬼。

人の形をする血に飢えた獣。

それは確かに実在する、人の世に紛れて。



というのが遙か昔から伝えられる伝説だ。実際、吸血鬼なぞこの世に存在するはずがない。血を啜る化け物など、あるはずないし、あってはならない。それが人の世の見解であり、人々の認識はその程度だった。

しかし。


確かに吸血鬼は実在する。人の世に紛れて、いや、正確には、人の世から隠されてー。






ふわぁ、とカインは欠伸をした。それを目敏く隣の同胞が見つけて笑う。

「なんだカイン、寝不足か?」

「そういうわけじゃないよ。退屈な作業にそろそろ嫌気がさしただけ。」

ぼぅっとしながらそう返すと、確かにな、と同意される。

「なんだって人間は、こんな簡単な証明もわからんのかね。ま、そんな人間に飼いならされてる俺らも、十分退屈な存在だし、文句は言えねーわな。」

そうかもね、とカインは言いかけて、やめた。そんなことはわかっている。わかっているからこそ、退屈で嫌気がさすのだ。


吸血鬼は人の血を啜る化け物。しかしその一方で、その圧倒的な数の少なさで、絶滅の危機に瀕していた。対して、吸血鬼の食料でありながら、圧倒的な数の多さでこの世の頂点に君臨するかのような勢いの人間は、吸血鬼にある提案をした。


吸血鬼を保護しよう。食料となる人間も、こちらから提供しよう。その代わり、人間にはるかに勝るその能力をもって、人の世の発展を助けてほしい。


かくして、人間と吸血鬼の共存がはかられた。人の世に散らばり人間を襲う吸血鬼は、人の世から隠されて各地に作られた施設に保護された。そこで、吸血鬼は人の世のためとなる医療、科学、建築、学問、ありとあらゆる知識を人間に与える仕事を日夜行うようになった。そしてその対価として与えられた人間から提供される人間(食料)に、満足にありつけた。

それが、遙か昔からある、隠された真実である。


ふわぁ、とカインはまた欠伸をした。今解いている数学の証明は、あと3分もすれば全て終わる。お腹空いたな、とぼんやり思った。今の生活は、確かに悪くない。カインは自分の昔を思った。昔と言っても、カインはまだ10歳だ。吸血鬼の自分が吸血鬼と知ったのは、まだ物心がついてまもなくのころで、この施設に保護されるまで自分は今にも死にそうなぼろぼろの状態だった。


吸血鬼は人から産まれる。いわば、人の突然変異が吸血鬼だ。だから人の世に紛れて吸血鬼はいる。保護されねば、自分が吸血鬼とわからないまま飢えて死ぬ者もいるし、人より優れた腕力や脚力を持って産まれてくるとは言え、多勢に無勢で殺される者もいる。別に吸血鬼だからといって、特別な弱点もない代わりに、不老不死でもなんでもないのだ。普通に歳を取って死ぬし、致命傷を与えられれば死ぬ。

だからこそ、吸血鬼は見つかり次第極秘に保護される。

とはいえ、吸血鬼は人と違う外見を有していないので、見つけるのは苦労するのだそうだ。

強いて言えば、人よりも見た目が優れている者が多い、というくらいか。カインもそれで保護された。漆黒の髪と瞳は、幼いながらも強烈な美貌と相まって荘厳な雰囲気を醸し出す。その容姿が吸血鬼保護区の職員に見つけられ、保護に至ったのだ。それでも吸血鬼の中にもそこまで容姿がいいという程ではないものもいる。カインの隣にいる同胞のミラとか。まぁその程度だ。だから、保護されてぬくぬくと食料にありつけて生活できている自分は幸せな方なんだと思う。生まれてから保護されるまでの壮絶な生活は、あまりいい思い出がないのだから。


カタンと持っていたペンを置いて、カインは席を立った。どこへ行くんだ?と隣のミラが聞くが、トイレ、と顔を見ないで答えて、さっさと部屋を出て行く。

(あぁ、何か楽しいことはないかな。)

ぼんやり考えて、うんと伸びをした。10歳という年齢ゆえに、カインは遊びたい盛りだった。冷静な性格をしてはいるが、そこは年相応の部分もある。周りは年上ばかりで、話が合うか合わないかと言われれば、微妙なところだった。友達というものはなく、毎日がつまらない。

(話し相手が欲しいな)

気兼ねなく、なんでも話せるような。


そのときだった。どん、と後ろに衝撃があった。誰かにぶつかられた。驚いて後ろを振り向くと、そこには自分と同じ年くらいの少女が、怯えた様子で立っていた。

「…誰?」

カインが思わず呟くと、少女はビクッとしたあと、

「…アイン」

と答えた。可憐な声だった。

「ここ、どこ?わたし、急にここに連れてこられて…」

今にも泣き出しそうな少女を見つめて、カインはえっと、と答えに詰まった。

少女はとても美しかった。さらさらの髪は淡い栗色で、ところどころが金色に輝く。瞳は鮮やかな青色で、こぼれ落ちそうなほど大きい。肌は真っ白で、小ぶりな唇は珊瑚のような色だった。完璧な外見と言ってもいい。(あ、新しく保護された(吸血鬼)かな。)

その外見から、カインは合点がいくと、

「ここは、吸血鬼第9保護区だよ。初めまして、僕はカイン。そんなに怖いところじゃないから大丈夫だよ。」

と少女に伝えた。

「吸血…鬼…保護区…?」

少女はぽかんとしながら呟く。

「吸血鬼って…何?わたし、知らない…わたし、人間よ…」

(えっ?)

まさか、自分が吸血鬼だとわかってないのか?いや、そんなことはない。自分と同じ歳くらいということは、どこかで吸血行動をとらなければここまで成長せず、どこかで飢えて死んでいるはずだ。抗えない飢えた吸血衝動で、吸血鬼は自身が吸血鬼であることに気づく。だから、そんな、ありえない、まさか、彼女はー…

するとそのとき、向こうからバタバタと音がした。少女はどこへ行った、探せ、という声も聞こえる。

彼女は人間?それなら、もしここで人間とバレれば、吸血鬼保護の名目のもと、吸血鬼の存在を知られたことで彼女は処分される。

カインはとっさに、少女の腕を掴んだ。そして、思わず彼女に言う。

「黙って僕の言う通りにして。」

カインの言葉に、少女は気圧されたように頷いた。

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