第4話:天国を旅する旅人
天国を旅する旅人は、青い果実をくっつけた木の枝を肩に担いて歩いています。青い果実… なぬ?
羊くんは死んだのでしょうか?それとも…?助かったのでしょうね、やっぱり。うん、そういうことにしておきましょう。それがいい。
天国を旅する旅人は、なぜか我を忘れて歩いた。ひたすら歩いた。我を忘れていた。自分が誰なのか、忘れて歩いた。忘れていることを忘れて歩いた。生前の自分が何者なのか、まったく忘れて歩いた。まったく以て忘れていた。ただ、気がついたら歩いていて、ただ、それをそのまま続けている。
晴れた空にぽっかりと雲が浮かんでいてゆっくりと流れていた。天気が良かった。
天国を旅する旅人は、土手みたいなところを浮き浮きと歩いている。自分のことはすっかり忘れていたが、楽しい気持ちで歩いた。ほんとうに楽しかった。目的地も分からず、目標も決めず、ひたすら楽しく歩いた。夕方になり、だんだんと辺りに夕闇が迫ってきた。夕焼け空は淡いピンク色と青だった。綺麗な光景だった。
天国を旅する旅人は、そこではたと思い止まり、立ち止まった。
ただ… 何をはたと思い出したのかはよく分からなかった。ただ、何か思い出したような、予感のような、不思議な気持ちになったのだった。
夕映えが鮮明に世界を照らし始めている。でも僕の気持ちはもやもやと不鮮明だった。また歩きだした。ここにこうしていても、仕方がない。何かを思い出すまでまた歩くことにした。何かが目標になるまで一先ず歩くことにした。どこかを目的地にできるまで一先ず歩くことにした。ここがどこなのかはよくわからなかった。でもなんだか生きてる心地がしていた。生きる?…まあ、よくは分からないが、生きるとか、生きてるとか、死んでいるとか、死ぬとか、が、あるらしい。まあもう少しこのまま歩いていれば少しは分かるのかもしれない。道がどこまで続いているか、よくは分からなかった。右手に、少し下の方に、この土手の道と平行して流れる川がある。
夕日が綺麗だった。楽しく歩こうと思った。もう少しこのまま歩いてみようと思った。この肩に担いだ木の枝の先にぼろんとくっついた青い果実が、時折鈍く内側から光っているようだった。光っているときに少し重くなるような感覚があった。不思議とその実を食べてみようとは考えなかった。何やら大事なものに違いない。気づいたときにはこうして担いでいたのだから、何かの意味があるのかもしれない。お腹が空いたら食べてしまうかもしれないが今のところは空腹感というものは全くと言っていいほど感じなかった。足も痛くなかった。疲れているのかは分からなかった。何日も歩いていることは覚えている。雨の日は今のところ無かった。いつも晴れていて、夕暮れもいつもやってくる。
青い果実がまた鈍く光って、少しだけ重さを増した。どこまで歩いて行くのかは分からない。どこまで歩いて行けるのかも分からない。でもどうしてかこのまま歩いて行こうと思った。どうしてか分からないけど、この川沿いに歩いてみようと思った。進んでいるのか、引き返しているのかは到底自分には分からなかった。
天国を旅する旅人は、夜空を見上げて星が流れるのを見ていた。たくさんの星が流れるのを眺めていた。たまに、歩くのも忘れて。たまに、歩くのも忘れて。たくさんの星の群れが流れる夜空を目に焼き付けていた。たくさんの星の群れが流れる夜空を、目に焼き付けていた。不思議と涙は出なかった。