第3話:青い果実と羊くん
羊くんは、ごろりんと寝た。
そのまるっこい体を大地にあずけ、青い果実を見上げました。
大きく高い木は、天の空まで延びて雲の向こうまで続いていました。ああ、もげそうでもげない青い果実。細い枝の先に、弓のようにしなったその先に、青い果実はぼろんとくっついているのでした。
おいしそう。
どんな味がするのだろう。すっぱいのかな?甘いのかな?にがいのかな?からいのかな?しょっぱいのかなー?ああ、こうして毎日お家の外に出て青い果実を眺めているのだけれど、その実はいっこうに落ちてこないのです。
嵐の日も、雨の日も。雪の日だって落ちてきません。暑い日も心地好い風の日も、いつもその果実はゆらゆら揺れていて、細い枝の先で世界を感じているのです。
ああ、早く食べたいなあ… ああ、早く落ちて来ないかなぁ… ううん、待ち遠しい。今日も羊くんは青い果実の下で、高い木の根元で、草原の端っこで、お昼寝をするのです。たぶん、果実が落ちてきて死ぬのです。寝ている間に死ぬのです。天高くそびえ立つ大樹に生まれた青い果実の落下によって死ぬのです。誰か、そのことを羊くんに教えてあげなくてはいけません。きっと死ぬのですから。きっと、いつか、青い果実は落ちてくるのですから。でも、果たして教えてあげても羊くんはわかってくれるのでしょうか?果たして羊くんは感謝してくれるのでしょうか?羊くんはその話を信じてくれるのでしょうか?聞いてくれるのでしょうか?最後まで聞いて、理解して、納得してくれるのでしょうか?疑われてしまうかもしれません。もしかしたら、私たちのことを疑うかもしれません。果実を狙う泥棒だと思い込んでしまうかもしれません。真実なのか仮定の話なのか可能性の話なのかわからない話を、羊くんは信じてくれるのでしょうか…助けたい気持ちはあります。
しかしなんと伝えたらよいのでしょうか。
本当に青い果実が落ちてきて羊くんは死んでしまうのでしょうか?羊くんには目を閉じずにずっと果実を見上げていなさいと言うのでしょうか?羊くんの気持ちはどうなのでしょう。自分の命と引き換えに、青い果実を諦めるよう説得してみるとよいのでしょうか?なんといっても羊くんは毎日毎日あの青い果実が落ちてくるのを夢心地で待ち望んできたのです。来る日も来る日も、明くる日も。そもそも羊くんは果実が食べられる生き物なのでしょうか。草ばかり食べている羊くんは果物を食べたことがありません。羊くんにもよくわからないのです。でも、ずっと前から食べてみたいのです。ずっと前から、ずっとずっと夢に見て、ずっとずっと、食べてみたかったのです。きっと哀しむでしょうね… それでも教えてあげないと死んでしまうかもしれないのです。感謝してくれるかもしれません、気づいてくれるかもしれません。ほら、教えてあげないと…果実は今にも落ちてきそうです。ほら、羊くんを揺り起こして、早く早く、教えてあげないと… ほら、早く。なんなら、その結果しだいではこの世界のすべてと引き換えに、ひきかえせば、いいだけなのだけれど… いいのだけ、なのだ、けれども。