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5、生き方を貫く思い

読みやすくするため、改行を増やしました。

また、誤字脱字を修正しました。(2017/3/19)

 この後おじさんたち四人は、四つの甘く美味しいピーポパフェを仲良く食べた。

茶所はそんな四人をカウンター越しから満足そうに眺めていた。


それから小一時間ほど立った頃だろうか、金輪は突然立ち上がり

「今日、ちょっと行きたい所があるから先に帰る」

と言い残して喫茶パトライトを後にした。



 そして日が沈みかけ辺りが黄金色に染まりはじめた頃、

金輪は妻、文絵の眠るお墓の前まで来ていた。

墓石の前に線香を手向けると、墓石に向かって語りかけた。


「文絵、定年した警官達と知り合ったよ。今その人たちとGPSという自警団を作ってね、

これからは事件を解決するんじゃなくて、未然に防ごうと、頑張るつもりなんだ。

私は刑事を引退したが、根っからの警官なんだよ、(あき)れるくらい・・・文絵、また来るよ」

そうい言い残し力強く歩き去って行った。



 金輪がこの日、自宅に帰っていつものようにお風呂に入り、

夕食とビールで晩酌を楽しみながら刑事ドラマを見ていると、

電話が鳴り出したので、テレビリモコンにある音量のミュートボタンを押して受話器を手にした。


「もしもし金輪です」

「もしもし、おやじ?」

その声は、金輪のひとり息子で大(だい)32歳のものだった。


「おぅ大、久しぶり、どうしたんだ?」

「ねぇ、この前相談したこと考えてくれた」

「えっ、何だっけか」

「しらばっくれてー。一緒に住む話しだよ」

「私は介護を受ける程よぼついてないぞ」

「そうじゃなくて、一人暮らしって寂しいじゃない、一緒に暮らそうよ。

かみさんやみのりだって賛成しているんだから」

「ありがとう。でもな、楽な生活に溶け込んで、老け込みたくないんだよ」

「おやじはそんな柄じゃないじゃない」

「男の意地だ。生涯現役でいたいんだよ」

「相変わらず頑固だね。今度、みのりを連れて遊びにでも行くから」

「あぁ待ってるよ。皆によろしくな」


金輪はそう言って受話器を戻して通話を切ると、電話器を見つめてつぶやいた。

「大、ありがとうな。でも今の距離感がいいんだよ。それにお前たちとの関係を、壊したくはないよ」

金輪は父親思いの息子に伝えられない思いをつぶやいた後、

残っていたビールを一気に飲み干した。



 翌日は早朝から青く澄みきった空が広がっていた。

金輪はいつもの朝食を済ませると、いつもついつい溜め込んでしまっている

洗濯物を何とか処理しようと気合いを入れ、

還暦祝で孫のみのりがくれた可愛いエプロン姿で洗濯物を

庭の物干竿に鼻歌まじりで干していた。


「よしできた。さて、昨日は給料日だな。来月の生活費でもおろしに行くかな」

金輪はエプロンを外しながら家に入って身支度をした。

定年退職後すぐに気の合う仲間も見つかり、今まで培ってきた知識や経験を

生かせる場を見い出し、晴れ上がった空のように気分は上上で外出をした。



 車道に面した歩道を気分よく歩いていた金輪ではあったが、

辺りを歩いている人たちの多くは、健康維持のために散歩をする腰の曲がった老人たちばかりで、

明日は我が身と(ゆう)うつな気分を感じていた。

「年はとりたくないなぁ、はぁ、まったく時間がまったり過ぎるよなぁ、はぁ~。

熱く充実した日々、沸き上がる活力、だんだんしぼんでしまいそうだよ」


金輪の横をサイレンを鳴らした覆面パトカーが走り去って行った。

「ちょっと前までは、あれに乗っていたのにな、何だか遠い昔の気がするよ」

心機一転をはじめたものの、またまだ刑事という仕事に未練をのこしている金輪であった。


 金輪が向かっている恵比須銀行は、日の出駅前の幹線道路沿いにあるのだが、

そこの前にある車道には、先ほど金輪の横を走り去って行った覆面パトカーや

先着していたパトカーが赤色灯を回したまま沢山止められ、規制線が張られていた。

恵比須銀行の周りにある規制線を囲むように野次馬たちが取り巻いている。

金輪は野次馬たちを縫って規制線の前までたどり着いた。


「何だぁ、強盗事件かぁ」

捜査に加わっていた堤川が金輪に気づいて走り寄って来た。

「金輪さん今日はどうしたんですか?」

「昨日給料日だったろ、だから生活費を下ろそうと思って来たんだが」

「現場検証があるんで当分無理ですよ」

「そっか」

「堤川!」

遠くから堤川を呼ぶ声が聞こえてきた。

「はい!じゃ捜査があるんで失礼します」


金輪は「頑張ってくれ」と堤川の肩を優しく叩いた。

堤川は「はい」と爽やかに返事を返すとさっそうと走り去っていた。

その姿は金輪にとって、まぶしく輝く姿であった。



 金輪は言い知れぬ思いを抱きながらその場を去ると、

無意識のうちに喫茶パトライトへとたどり着いていた。

そして無意識で頼んだコーヒーの湯気をただじっと見つめていた。


茶所は心配そうにガラスコップを布巾で拭きながら、カウンター越しでうつむく金輪を見つめていた。

金輪の前にあるコーヒーから温かな湯気が立ち上らなくなった頃だろうか、

金輪はため息を一つついて切なそうに語りはじめた。


「事件を追って輝いていた頃の自分が、懐かしいよ」

茶所が金輪の顔を覗き込んだ。

「事件を解決する仕事から卒業したんだぞ。これからは犯罪の抑止力として、

輝けるんじゃないのかね」

金輪は無言のまま冷めたコーヒーを一口飲んだ。


その時、店の奥にある席で新聞を読んでいた犬神が、何かを思い出して突然大きな声で叫んだ。

「あっ!忘れてた!」

茶所は手に持っていたガラスコップを落としそうになりながら犬神を見た。

「急にどうした。びっくりするだろーが」

「皆に言おうと思っていたことを、今、思い出したんだ」

「何かあったのか!」

「はい。昨日のことなんですが‥‥」

犬神は昨日の出来事を話しはじめた。



 それは、犬神が日の出公園の片隅(かたすみ)に屈み込んで

土壌分析クラブ用の土を採取していた時のことだ。


年の頃は、30代位の男二人が、辺りを気にしながら公園のベンチに座った。

元鑑識官である犬神は、男二人のあまりにも怪しい犯罪めいたオーラを感じ取って、

観察せずにはいられなくなっていた。


男二人は尚も辺りを気にしながら、怪しそうな相談を始めていた。

だが、犬神のいる所は男二人から5メートル以上も離れている。

聞こえるはずのないひそひそ話しを聞くために犬神は、

胸元から望遠マイクを取り出して

「怪しい奴らはチェックしないとな」

と囁いた。


犬神は草木の陰に隠れながら、望遠マイクを使って男二人の会話を録音していた。

その後ろ姿をベビーカーを押しながら散歩をしていた若い主婦が、

不審に思い足早に去って行った。


たまたま定期パトロール中の制服警官が公園の前を通る姿が見えた

ベビーカーを押す若い主婦は、制服警官を呼び止めて、

必死になって怪しい男が公園に居ることを話した。

犬神は自分が怪しい人物として扱われていることも知らず、

物陰に隠れ移動しながら尚も録音していた。

そして男たちの会話が鮮明に聞こえはじめた。


「なぁ、ぶつの仕入れは出来ているのか?」

「もちろん」

そう右側に座っている男が言いながら自分の胸元を軽く叩いた。

「早くくれよ」

と左側に座っている男が右側の男に向けて物欲しそうに手を出した。

「おっと、金が先だよ」


左側の男が紙袋に入った札束を見せた。

右側の男は上着の内ポケットから金属製のペンケースを取り出すとそれを開き、

麻薬の小袋が沢山詰まっているのを確認させてから左側の男に手渡した。


「これ、いつものか?」

「もちろん。なぁ横鳥(よこどり)ちゃん、いつもの所でさばく気?」

「いや、あそこはポリに張られているからヤバいな」

「じゃあ、どうするんだ?」

「連絡を受けてからパチンコ屋にデリバリーよ」

「おい、防犯カメラに写るぞ」

「大丈夫だよ。やり取りはタバコの箱を使うから」


犬神は、薬物の売人が仕入れをしている現場に居合わせたのだと確信したその時、

公園に怪しい人が居ると聞き付けた制服警官が、怪しい犬神の後ろから近づき肩を軽く叩いた。

「何だぁ?」

犬神が振り向くと制服警官が立っていた。

「ここで何をしているんですか?」


ベンチに座り薬物の売買をしていた男二人が、職務質問をする警官に気づくと

さり気なく逃げて行った。

犬神は、逃げる男二人を横目で追いながら

「いゃ、ちょっと、あの、情報収集を」

としどろもどろで語った。


制服警官は、確定的に怪しい犬神の身柄を確保すべきと交番への任意同行を求めた。

「詳しい話しを是非お聞きしたいので、ちょっと交番まで来てください」

「いゃ、ちょっとその前に」

犬神が制服警官を見ていた隙に男二人の姿は無くなっていた。

「あっ、あれー」



 犬神は完全に不審者として制服警官に腕を組まれながら

交番へと連れていかれたことを喫茶パトライトに集う仲間たちに話して聞かせた。

金輪は現役刑事の時からの癖なのか、手帳にメモを取りつつ話しを聞いて犬神に質問をした。


「で、その後はどうなったんですか」

「この後、交番に連れて行かれて、詳しい事情は説明して、

県警に照会してもらったら売人の片割れは、麻薬密売の前科がある

横鳥 正(よこしま ただし)35歳であることが分かりました。それから」


犬神は胸元のポケットからモンタージュ写真を取り出すとみんなに配った。

「これは、横鳥ともう一人の男のモンタージュ写真です。

気分がこう盛り上がって来たんで、家に帰ってすぐに作りました」

「流石ぁー元鑑識」


茶所はカウンターの中から犬神を拍手で称えると金輪は、今後の展開を予測した。

「県警がきっとマークしている奴だな、きっと張り込む気かも、確認に行ってみます」

「私も行く」

綱木は沸き上がる期待に心が踊っていた。米良が椅子に腰掛け壁にもたれて寝ている、

金輪は出撃のために米良を起こそうとした。

「おい米良さん、出撃だぞ」

茶所が米良の寝ている事情を説明した。

「一晩中、アマンダと頑張ったらしいよ」

金輪は呆れていた。

「肉体疲労かぁ。部分的に若いな」


米良が「むにゃむにゃむにゃ」と寝言を言うと金輪は「コケコッコー」

と鶏のマネをして起こそうとしたが、米良に起きる様子はない。

犬神がおもしろいことを言い出した。

「彼は日頃、日本語より英語ですよ」

「そっか。クックドゥドルドゥー」

金輪はそう言い放った。

「ハーイハニー、モーニング?」

米良は寝ぼけ眼で目をこすりながら起きた。

金輪は眉間にしわを寄せて米良に囁いた。

「アメリカに魂を売りやがって。行くぞ」

「オーイェー」


米良は半分寝たまま金輪と綱木に両腕を支えられながら、

犬神の後に続いて喫茶パトライトから出撃した。



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