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4、GPS誕生の時

読みやすくするため、改行を増やしました。

また、誤字脱字を修正しました。(2017/3/19)

 その頃、喫茶パトライトでは、茶所がカウンター内でいつものように

ガラスコップを布巾で丁寧に磨いていた。


テーブル席では、バイク雑誌を読んでいた綱木が雑誌を勢いよく閉じた。

その音に茶所が反応した。

「おい、どうした?」

綱木は髪を両手で掻きむしりながら

「ダメだ~刺激が欲しい。こうエナジーが沸き立つような、刺激を俺にくれー」

と心の叫びを伝えてきた。茶所は困惑していた。

「いきなりそう言われてもなぁ~」

綱木は両手で頭を抱えて囁いた。

「このままでは、ボケてしまうよぉ~」


金輪がうつむき無言のまま店内に入ってきた。

「おう、いらっしゃい?」

と茶所が金輪に声を掛けても反応が無い。


続いて犬神が

「おはようございます?」

と言っても金輪はうつむいて無言のままカウンター席に座った。


綱木も心配そうに声を掛けた。

「おう、金ちゃん?」

茶所はカウンター越しの金輪を覗き込んだ。

「どうした。誰か死んだか?」

金輪は左右に首を振り、思いを語りはじめた。


「昨日管内で起きた事件が、今朝のテレビニュースでやっていました。

突然、怒りが込み上げて、無意識のまま捜査課に行ってしまいました」

犬神が意見をのべた。

「金輪さん、気持ちを切り替えないと」

「分かっています。でもまだ、刑事をしていた時のように平和のために尽くしたい」

「危ない橋を、また渡る気ですか」

「いや、事件を追うことはもうできない。でも、このまま年金暮らしをして、

ただ老いてボケるのを待つなんて」

「確かにそうはなりたくないけど」

「我々のような捜査の元プロが、防犯パトロールをして、事件を未然に防ぐのは、どうですか?」

「でも、好意的に接してくれる人ばかりじゃないですよ。

嫌みや暴言なんか現役時代守るべき相手から、散々言われたでしょ」

「確かに、それはあります。でも・・・」


刺激を求める綱木が話に乗り出した。

「面白そうじゃん。ボケるよりましだぞ」


「私はちょっと」

犬神はかなり乗り気ではない様子だった。


茶所が腕組みをしながらうなずいていた。

「確かに我々の長年培った警官としての経験を、このまま使わんのも、

もったいない話しだがなぁ」


犬神が「自警団でも作る気ですか?」と皆に問いかけると

綱木がノリノリで「いいじゃん。ちょっとだけ試してみよーや。

ダメならさくっとやめりゃいいって感じでさ」

とやる気満々だったが、犬神はその場で腕組みをして考え込んだ。

「ん~」


「なぁ金ちゃん、何かかっちょいい団体名ってのは、考えてんのか?」

と綱木が言うと金輪は目を閉じてうつむき、少し考えた。

そして「じじいポリスサークルはどうだろうか」と言い放った。


その瞬間、店内は静まり返った。綱木が顔をしかめた。

「ん~それはちょっと頂けねぇなぁ」

奥の席で、米良(63歳)と米良の妻で33歳も若いアマンダ(30歳)が

ブランチセットを食べながら意見をのべてきた。


「じじい、表現、良くない。ダーリン、老け込む」

「グレイポリスサービスはどうだろうか」


茶所が金輪に向けて唐突ではあったが米良の紹介をした。

「あぁ、昨日言っていた元外事課の米良くんだ。そして奥さんの、アマンダさんだ」

「アマンダでーす。ハロー」

そう言ってアマンダは金輪に笑顔で手を振った。


金輪はアマンダに会釈をした後、米良に質問をした。

「あの~グレイの意味とは?」

「この場合、高齢とか円熟したとか、男女を問わず、我々みたいな人のことを意味します」

「じゃあ、グレイのG、ポリスのP、サービスのSで、GPSはどうでしょうか」

茶所が思い出したように語った。

「あぁ、グローパル・ポジショニング・システム。確か地球上での位置を示すシステムだったよなぁ」


綱木が大きな声でつぶやいた。

「ナビのあれだな」

米良が意見をきれいにまとめようとした。

「我々が長年培った正義の心を見失わない意味を込めてのGPSということで、どうだろう」

アマンダが納得したようにうなずいた。

「お洒落じゃない。今風だし」

店内が微笑ましい笑いに包まれた。


 元警察官である金輪、茶所、米良、綱木が店内の中央に集まり円陣を組んで手を重ねた。

綱木が椅子に腰掛けたまま立とうとしない犬神に手招きをした。


「なぁ、犬神さんも、縁起もんだから、こっちにおいでや」

「ん~そうですか、じゃあ」

若干の疎外感(そがいかん)で凹んでいた犬神ではあったが、

綱木が誘ってくれたことで素直に円陣に加わることができた。


金輪は全員の顔を見渡し、強い決意を口にした。

「我々は警察を定年退職したが、我々は、共に永眠するまで、生涯現役だ!」

「おぉー!」

定年退職した元警察官達は、自らの経験や知識を地域住民の治安を守るために

力を尽すこと固く決意したのであった。



 早速翌日から行動を起こすべく張り切っていた金輪と綱木は、

小学校ヘ登校する児童達が、いかがわしい大人たちの標的にならぬようにと

通学路の見回りをはじめてみた。


金輪と綱木は、小学校の通学路に面した路地から辺りの様子を

挙動不審者のように(うかが)いながら、

小学生たちに「おはよう」と何度も声をかけていた。


小学生達は、金輪と綱木に疑惑の目を向け、防犯ブザーに手をかけて

「おはよう」と二人が投げかける挨拶(あいさつ)に答えようともせず

足早に走り去って行った。


綱木が金輪にぼやいた。

「近頃の子供は挨拶もできんのか?」

「最近は物騒(ぶっそう)だから、知らない人に声をかけられても、

気安く話しをするなと言われているんでしょう」


二人の会話を聞いていた武(たけし)10歳、小学四年生が金輪の背中を軽く叩いた。

金輪は振り向き「おっ?おはよう」と武に声を掛けた。

「おっちゃんたち、何者?」

金輪が答えた。

「定年退職した、元おまわりさんだよ」

「何してるの?」

「皆が、変なおじさんとかに誘拐されないよう、防犯パトロールをしているんだよ」

「でも、そんな所で突っ立って、僕たちをじろじろ見ていたら、そっちのほうが変なおじさんだよ」

「確かに。ん~なぁ、どうすればいい?」

「そうだなぁ~何かパトロールしているって分る格好でもしたらどうかなぁ」


学校のチャイムが聞こえてきた。

「あっヤバい!おっちゃんたち、バイバーイ」

と走り去る武を見つめる金輪がつぶやいた。

「やれやれ、小学生にダメ出しされたか」

綱木が今後の行く末を心配していた。

「我々の存在が浸透するまでは、こんな日々が続きそうだな」

「はぁ~源さん、移動しますか」

「んっ」



 金輪と綱木は、通学児童たちの見守り任務を終えて、

辺りに続く住宅地のパトロールをはじめた。

「なぁ金ちゃん、この辺で空巣の被害なんかは結構あるのか?」

「先月は確か、13件発生しましたね」

「そんなにか。留守がちの家が多いのかなぁ」

「共働きの家は当たり前ですからね」

「寝に帰るだけの家じゃ寂しいよ。それに、日本人はみんな働き過ぎなんだ」

「そうですねぇ」


金輪と綱木が歩く前方にある地域のゴミ置き場の前で、

茶話(さわ)、50歳・主婦と金輪のことを知る

噂(うわさ)、45歳・主婦が立ち話をしていた。

噂が金輪の存在に気づいた。


「あれ、金輪さんどうしたんですか、捜査ですか?」

「いえ、警察は定年退職したんす」

「あら、もうそんなお年だったんですか」

「はい、そうなんです。でも今度は犯罪を未然に防ごうと、

GPSという自警団を作って防犯パトロールをしているんですよ」


茶話が小首を傾げて金輪に質問をした。

「GPSとは何ですの?」

「グレイポリスサービスの略です」

綱木が胸を張って力強く補足説明をした。

「円熟して一戦を退いた元警官が、治安維持に奉仕するという意味です」


茶話が関心しきりで褒め称えた。

「それは頼もしいですねぇ」

噂も綱木に強い期待を寄せていた。

「元警官の方々が見回ってくださるだけでも、心強いですわよねぇ」

綱木の心に力強いエナジーが沸々(ふつふつ)()いてきたようであった。

「我々は任務があるので失礼します。行くぞ金ちゃん」


そう綱木は言い残すと金輪を残してさっそうと歩きはじめた。

金輪は主婦たちに会釈すると「おい源さん」と呼び止めようとしながら綱木を追った。

茶話と噂が去り行く二人に手を振りながら

「頑張ってくださーい」

とエールを送ってくれた頃、金輪は先を軽快に歩く綱木に追い付いた。


「源さん、急に元気になってどうしたのよ?」

「若い子に頼もしいと言われたんだぞ、モチベーションが上がるだろーが」

「ん~源さんから見れば10や20は若いとは思いますが」

「金ちゃん、つべこべ言わんとパトロールだ」

「ん~」


金輪は65歳でもまだまだ色欲の枯渇(こかつ)していない

綱木に困惑しつつパトロールを続けた。



 そして、二人は日の出駅前にあるアーケード商店街を歩きはじめた。

辺りを見回しながら歩く金輪だったが、ふと後ろを見ると

綱木が三歩ほど後ろを疲れた様子でゆっくりと歩きはじめていることに気づいた。


「源さん、大丈夫ですか?」

「何のこれしき、オギノ式」

「はっ?」


金輪は綱木の放った低俗(ていぞく)な発言にいささか呆れぎみで

左右に顔を振った、その時だ。金輪の視線の先にある書店の出入口前で、

辺りにいる人たちの視線をやたらと気にしている

黒い詰め襟の学生服を着た男子高校生が書店に入った。

金輪はいやな胸騒ぎを感じていた。


「源さん、ちょっとここで待っていてください」

「んっ、かたじけない」


金輪は高校生の後を追って書店に入った。

店内には数名の客しかおらず閑散としていた。

金輪は辺りを何気なく見回しながら高校生を探した。


店の奥にある辞書や参考書が置かれた本棚の前に高校生は居た。

辺りをしきりに気にしている様子だったが、

金輪が様子を(うかが)っていた場所は死角だったのか、

金輪に気づいている様子はなかった。

高校生が持っていたカバンの(ふた)を開けた時、

金輪は高校生の死角から音もなく近づいて行った。


その時だ、高校生は持っていた分厚い参考書をカバンの中に入れようとした。

金輪は本をカバンの中に入れようとしている腕を掴んで本をカバンから出した。

高校生は氷りついたように動かなかった。

金輪が小さな声で囁くように「罪を犯すな」と言うと、

高校生は持っていた参考書をひら置きされた本の上に静かに置き、

うつむいたまま小さな声で「ごめんなさい」と言って店外へと走り去った。


店主が金輪に「どうかしましたか?」と問いかけてきた。

金輪は高校生がひら置きした参考書を拾い上げ本棚に戻しながら

「いや、何でもありません」と不問(ふもん)に処した。

金輪は何だかやるせない思いを抱きながら書店から出てくると、

綱木が書店の前でヤンキーのようにしゃがんでいる姿に目を奪われた。


「金ちゃん、源ちゃん疲れちゃった」

「ん~今後は体力の増強も、一つの課題だよなぁ」

金輪にやるせない思いがもう一つ加わった。



 初日のパトロールはこれくらいにしようと金輪と綱木の間で話はまとまり、

喫茶パトライトに帰還することとなった。

金輪と綱木は喫茶パトライトに帰ってくるなりカウンター席に座ると

疲れ切った様子で項垂(うなだ)れた。


茶所が「パトロールはどうだった?」と聞くと金輪は

「小学生にパトロールするなら、それなりの格好をしなさいと、

ダメ出しをされてしまった。ん~どうしよう」

と愚痴った。綱木は「私は体力的な問題を感じたよ」

と自分が思っていたほど体力がないことにやっと気づいたようでだった。


うな垂れる金輪と綱木に茶所が「二人共、悩み過ぎるとハゲるぞ」と言い放つと、

犬神が科学的な解釈を口にした。

「きっとお二人には脳に対するブドウ糖の供給量が足りてないんですよ」

「それなら、おやつにでもするか?」

と茶所が何げに言うと、米良は少し腹を立てたようだった。

「おやつって、我々は子供じゃないぞ」

「いや、子供とかじゃなくて、午後3時に甘い物を食べるのは利に叶っています」


綱木が興味深げに話を聞こうとした。

「どういう事よ?」

犬神はみんなの注目を浴びながら語りはじめた。

「規則正しい生活リズムであれは体内のインスリンは午後3時頃に多く分泌される。

いわゆる血糖値を下げる生理行為です。きっとお二人の脳には、

本来行かなければいけないブドウ糖の量が足りていないんです」


犬神の話を聞いていた者たちが一斉にうなずいた。

「じゃあ早くおやつを摂取しよう」

と米良が茶所をせかすと、綱木はおやつの内容を気にしているようだった。

「なぁ、おやつは何があるの?」

と首を傾げると、茶所はみんなを流しみてから、

不敵に微笑つつ冷凍庫の中から何かを取り出して布で被い隠しながら

「こんな日のために、裏メニューを考えておいたんだ」

と言ってみんなの期待をあおっていた。

「なぁ、どんなおやつなんだ?」

米良が身を乗り出して聞いた。


その時、茶所はファンファーレを口ずさんだ。

「パパラパッパパァー。ピーポパフェでーす」そう言いながら

覆い隠していた布を取り去り、カウンターの上にピーポパフェを置いた。


金輪が関心しきりでピーポパフェを眺めた。

「パトカー見たいだ」

「そうだ。元警官のモチベーションを上げるために考案したピーポパフェだ」

茶所は満足げに両手を腰に当てて答えた。


「中身はどうなってんの?」

と綱木が質問すると茶所は

「下からコーンフレイク、ちょっとコーヒーの入った小倉アイスの上に

バニラアイス、生クリームにパトライトの苺アイスだ」

と説明をした。


金輪、綱木、米良、犬神は何か納得したように

「おぉー」

と口を揃えてピーポパフェの仕上がりに感動していた。

綱木がピーポパフェに近寄りグラスを手に持って眺めながら感動しきりだった。


「いいじゃないピーポパフェ。こう、何ていうか、エナジーって奴が沸いてくるようだぞ」



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