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2、これからの在り方に悩む

読みやすくするため、改行を増やしました。

また、誤字脱字を修正しました。(2017/3/19)

 金輪は定年退職した日から三日間は自宅から出ることもなく、

居間のソファで横になりながら、テレビを何となく眺めながら、

ただ無気力な毎日を過ごしていた。


 四日目、さすがにこのまま無気力な生活をおくっていたら、

すぐに足腰は(おとろ)え、頭もぼけてしまうと考えた金輪は、

衰えつつある体の新陳代謝を促すために散歩をしてみることにした。


と言っても自宅近くは車の往来も多く空気も悪いし、

日中歩き回っていたのでは、徘徊老人と勘違いされても気分が悪いと考えて、

自宅から繁華街(はんかがい)を通り、徒歩で30分ほどかかる、

大きな森林公園で散歩をしようと思い立ち、

自宅から森林公園までは、自転車で10分ほどかけて移動し、

公園内を1時間かけて歩く段取りを決めて散歩をはじめてみた。


自転車での移動は風を切り軽快に進み、森林公園内では、軽快に歩き、

体を動かす爽快感はあったものの、散歩をする周りには、

予想外によちよちと歩く年老いた方々も多く、

自らの思いがどんどん老け込んでいくようにも思えていた。



 公園内のベンチに高校の学制服であろうブレザーを着た

成行(なりゆき)、17歳・男子高校生が一人でベンチに座り、

うつろな眼差しで力なく足元を見つめていた。

金輪はその光景に気づくと、迷わず成行に近づき隣に座って優しく語りかけた。


「なぁ、学校はどうした?」

「おっさん、警官みたいなことを言うなよ」

「五日前までは、警官をやっていたんだ」

「それって、リストラされたってこと?」

「いや違う、定年退職だ。それより学校はどうした」

「何にもやる気になれないんだよなぁ~」

「若いのが、もったいないことを」

「就職活動に有利な大学を目指して、勉強また勉強、息が詰まっちゃうよ」

「私はまだ続けられるのに職場を追われ、何でもできる若い君が、

やる気がないというのは、皮肉なもんだねぇ~」

「・・・」

「ほら、吸うか」

金輪は成行に向けてなにげに煙草を差し出した。

「俺、未成年だよ」

「あぁ、そうだったな、すまんすまん。・・・なぁ同類」

「あぁ~」

「このまま腐るなんて、お互いもったいないとは思わんか。おっさんも

気合い入れ直して頑張るから、君も頑張れや」

「はぁ~」


金輪は成行を諭すというより、自らに戒めを説くように成行に語り終えると、

成行を勇気づけるように肩を軽く叩いて立ち去り、自宅へと向かった。

帰路の途中、コンビニで牛乳と食パン、そして就職雑誌を買い込むと、

自転車を軽快に転がし自宅へとたどり着いた。



 シャワーを浴びて汗を流し、黒文字でPOLICEと描かれている

ライトグレーのスエット上下を着ると、バスタオルを首に掛け、

先程コンビニで買った牛乳と就職雑誌を持って居間に現れた。


金輪は椅子に座り牛乳をカブ飲みすると「よし、心機一転だ」と勢いを付けて

就職雑誌を読みはじめた。

だがページをめくり続けて観ても、心揺さぶる求人広告が現れず、

つい愚痴ってしまった。


「この年で就職雑誌のお世話になるとは、思わなかったなぁ~

はぁ~やるせないよ」

そしてもう1枚ページをめくると、私服警備員募集の広告を見つけた。

「んっ、スーパーでの万引き対策だなこりゃ。今までの知識が使えそうだ、

ちょっと電話でもかけて売り込みでもするかな」


やっと見い出した光明ではあったが、散歩の疲れからなのか、

不精な格好で電話の受話器を取ろうとした時、電話の受話器と

そのそばに置いてあった電話帳もろとも床に落としてしまった。

静かな部屋に激しい落下音が響いた。


「うぁ!やってしもうた」

受話器を拾い、開いた電話帳を拾おうとした時、(めく)れて開いていたページの

鶴田(つるた)自宅の項目に目が停まった。

「おっ、鶴田課長かぁ、懐かしいなぁ~。確か定年退職したのは五年前だったよなぁ。

今どうしているんだろう、電話でもして近況を聞こう。

今後の参考になるかもしれんしな」

金輪は電話帳を見ながら鶴田に電話を掛けてみた。


 ちょうどその頃、鶴田の家では、電話の置かれた居間で

鶴田元課長の妻、舞子(まいこ)、58歳が掃除機を使って掃除をしていた。

そして唐突に鳴り響く電話の呼び鈴にせかされながら受話器を手にした。


「もしもし、鶴田ですが」

受話器から金輪の声が聞こえてきた。

「あの~金輪と申しますが、ご主人はご在宅でしょうか?」

舞子の顔が急に曇った。

「主人は、昨年亡くなったんですよ」

「えっ、元気な鶴田さんがどうされたんですか」

「定年退職したら気が抜けちゃったようで、昨年風邪をひいたと思ったら、

あっという間に肺炎になって。結婚してから風邪なんか一度も

ひいたことがない、丈夫だけが取り柄の人だったのに・・・」

そう言って言葉を詰まらせてしまった。


金輪は受話器から微かにすすり泣く声を聞き取ると受話器を固く握りしめた。

「辛いことを思い出させて、申し訳ございませんでした。失礼致します」

金輪はそっと電話を切ってため息をついた。

「燃え尽きてしまったのか・・・他人ごとじゃないぞ」



 そして、指先を舐めると次々と電話帳のページをめくり

程なく目に止まる相手を見つけた。

「おっ、亀山(かめやま)先輩なら、もう少し長生きをしているだろう。

亀は万年と言うしな」

金輪は電話帳を見ながら亀山に電話を掛けようとしていた。


 ちょうどその頃、亀山の家では、痴呆症の亀山、65歳が、

居間の中をうろつきながらチョコモナカジャンボを食べていた。

「母さんは何処だぁー。母さーん」

その声を聞き付けた亀山の娘である貴子(たかこ)、28歳が

小走りで近寄る足音と声が聞こえてきた。

「お母さんは長唄のお稽古に行ってるよー」


貴子は居間に現れると亀山に質問をした。

「お父さん、どうしたの?」

「アイスが無いんじゃよ、アイスがー」

「お父さん自分の左手で持ってるじゃない」

「おぉ、これがそうか?」


その時、電話が鳴った。突然、俊敏に反応した亀山が

貴子より早く受話器を取り、貴子が愚痴った。

「あっ、もぉーボケてるくせにすばしっこいんだからー」

亀山は(ほこ)らしげに受話器を耳に当てた。

「しもしも、亀山っちでーすよ」

受話器から驚きを隠せない金輪の声が聞こえてきた。

「あっ、あの~金輪と申しますが、亀山栄吉さん、ですか?」

「いいえ、亀山さんちですかぁー?」

金輪の脳裏には大きな?マークが浮かんでいた。


貴子がこの事態を収集すべく栄吉から受話器を奪い取った。

「お父さん受話器貸して、私が出るから。もしもし亀山です」

「金輪と申しますが栄吉さんは?」

「今、電話に出ていたのが栄吉ですが?」

「私は以前、亀山さんと同じ警察署で働いていた金輪と申します。

私も定年退職して、亀山先輩が今どうしているかと」

「元同僚の方なんですか」

「はい」

「栄吉は私の父なんですが、定年を迎えてからというもの、

突然、気が抜けようで、あっという間に痴呆症になっちゃったんですよ。

父をよく知る人が、今会っても、辛いだけだと思います」


受話器から微かに漏れ聞こえる金輪の声に反応した亀山は

「ぼけぼけ、ほっとけー」と叫びながら大笑いしてご機嫌の様子だった。


金輪は受話器から微かに漏れ聞こえる亀山の声に万感つのる思いでいたたまれなくなり、

受話器を持ったまま項垂(うなだ)れた。

「そうなんですか・・失礼しました」

そう言って静かに電話を切りつぶやいた。

「平和のために尽くしていたのに、(ひど)い」



 金輪は改めて指先を舐めると電話帳をめくりはじめた。

すると程なく目に止まる相手を見つけた。

「おっ、茶所(ちゃどころ)先輩かぁ~。確か喫茶店をやっていると聞いたような」


金輪は電話帳を眺めながら電話を掛けてみた。

呼び出し音が受話器から聞こえてきた。

茶所先輩は生きているのか、それともボケているのでは

という不安が脳裏で交錯(こうさく)していたが、

受話器から聞こえてきた張りのある声でそれらはかき消された。


「はい。喫茶パトライトですが」

「金輪と申しますが、茶所 守さんですか?」

「金輪 錠か?・・・金ちゃんか?」

「そうです。金ちゃんです」

「久しぶりだなぁ、元気か。もう定年か」

「はい。五日前に、無事定年を向かえました」

「そらぁ良かった。第二の人生の始まりじゃないか」

「あの~、実は、これからのことで相談したいので、お店を訪ねてもいいですか?」

「もちろん。いつでも待ってるよ」

「では、また。失礼します」


金輪は受話器に向かってお辞儀をしながら電話を切った。

そして自らに沸いてきた力強いエナジーを感じながら、目の前に置かれた

就職雑誌を閉じると、立ち上がって寝室に行き、おもむろに着変えると、

はやる気持ちを押さえながら家を出て行った。



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