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10、事件そして誓い

読みやすくするため、改行を増やしました。

また、誤字脱字を修正しました。(2017/3/19)

 「そう言えば昼間、警ら隊員と話しをして小耳に挟んだんだが、

最近、日の出署管内で変質者の出没が相次いで、

昨日は抱きつかれた女性もいたらしいんだ」


金輪が歯に挟まったピーマンを楊子で取りながら

「ケガ人とかは出たんですか?」

と質問をした。

「いや、それはまだないが。女の口説き方を知らん不届きな奴だぞ」

茶所がカウンター越しから金輪に意見した

「レイプ事件になど発展しては困るぞ、防犯パトロールで阻止しなければな」

「そうですね。そういえば、犬神さんが居ませんね。どうしたんですか?」

「あいつは血圧の薬をもらいに内科へ行ったから、今日はそのまま帰宅だろう」


金輪が米良を見つめて微笑んだ。

「今日は無理だぞ、私はワイフと戦う約束がある。

もし突然予定を変更したら大変なんだぞ、翌日が」

「ん~仕方がない。また源さんと行くか」


金輪は寝ている綱木を起こそうと体を両手で揺すった。

「おい源さん、夜のパトロールに出撃だ」

綱木は寝言で「むにゃむにゃむにゃ」と訳の分からないことを

言ってきたので金輪は起こし方を変えようと、女性風に囁いた。

「源さんって、たくましくて、かっこいい~」

「おぅ、まぁな」


まだ寝ぼけ眼ではあったが綱木を起こすことには成功した金輪が愚痴った。

「色香に陶酔(とうすい)しおって。事件は未然に防ぐぞ」

「おぉ~」



 そして金輪と綱木はパトロールの装備を身に付けて夜の住宅とヘと消えて行った。

辺りの家々からは子供を叱る親の声や子供の奇声などが聞こえてはきたが、

一家団欒(だんらん)を楽しむ笑い声などは聞こえてはこなかった。


夕方パトロールで立ち寄った公園には人陰も無い。

更に歩き回りながらパトロールを続けていると綱木が眠そうな顔でしきりと目をこすりはじめた。

金輪が綱木の顔を覗き込んだ。


「なぁ源さん、どうしたの?」

「眠いなぁ~。年寄りの体に、深夜のパトロールは堪えるよ」

「毎日早起きし過ぎるから~。生活改善しなきゃ老け込みますよ」

「ん~考えとく」


二人が住宅地と繁華街(はんかがい)を歩道で結ぶ鉄道の高架の下にある

地下通路に近づきつつある時のことだ。

その長く薄暗い地下通路を一人で歩く鬼頭の姿があった。

辺りに人陰はなく鬼頭が踏み締める足音だけが辺りに響いていた。

「あらやだぁ~、ここ通るの恐いわ」


地下道の先から近づいてくる鬼頭のシルエットを見つめて

不気味に笑う藻子里(もこり)、35歳の姿があった。

彼は日の出署管内で最近起きている変質者事件の犯人でもあった。


藻子里が前方から街灯に照らされたシルエット姿で浮びながら鬼頭に向かって歩いて行く、

そして鬼頭の目の前に来たその時、着ていたコートを両手で広げて立ちふさがった。

「うぁ~」

藻子里が着ていたコートの中は全裸であった。

鬼頭はその場にへたり込み、両手で顔を隠して悲鳴を上げた。

「キャー変態!」

藻子里は鬼頭ににじり寄り鬼頭の手首を掴んだ

「なぁ観ろよぉ」

「やめてー!」


鬼頭は藻子里の腕を振り払おうとした。

その時、街灯に照らされた鬼頭の顔が藻子里にハッキリと見えた。

藻子里は鬼頭が男であると分かると急に豹変(ひょうへん)した。

「不細工が女のマネなんかすんな!気持ち悪いんじゃ!」


鬼頭は確かに不細工な女ではあったが、心は心底女性であった。

だが変質者ごときに唐突に全否定され、心の底から傷付き、

とめどない怒りが込み上げてきた。


そしてうつむき静かに立ち上がった

「おい小僧、言っていいことと悪いことがあんだよ」

と鬼頭がドスの効いた野太い声で言った時には、

右ボディーブローが藻子里の腹部に決まっていた。

崩れ落ちそうになる藻子里に何度もボディーブローを

くらわしながら藻子里を壁に追いやり、

鬼頭は藻子里の襟首を左手で掴み、鬼のような形相で藻子里を(にら)んだ。

藻子里が脅えて命乞いをした。


「ごめんなさい。ゆっ許してください」

「許せるかぁ!」

「ウギャー!」

藻子里の発した断末魔(だんまつま)の叫びが辺りに響き渡った時、

力のこもったボディーブローが決まった鈍い音がした。

藻子里は崩れるようにその場に倒れ、鬼頭は藻子里を見つめた。

「女の情けよ」

鬼頭はそう言い残し軽快な足取りでその場を去って行った。



 地下道に続く道路を歩く金輪と綱木の元に藻子里が発した断末魔の叫びが聞こえていた。

綱木が辺りを見回して声の出所を探し出した。


「なっ何だ!今の奇妙な叫び声は」

金輪は叫び声が地下道の方から聞こえてきたのだと予測していた。

「例の変質者が現れたのかも。急ごう」


二人は走って地下道へと向かった。

二人が地下通路に到着すると地下道の中央付近で

藻子里が倒れていることに気づいた。


「源さん、あれ!」

金輪と綱木は藻子里めがけて走り寄ったが藻子里の姿を見て愕然(がくぜん)とした。


「源さん、こっ、これは!」

「いったい、どういう事だ?」

「これは被害者なのか、加害者なのか?」


藻子里は壁に頭をもたれさせるように仰向けで倒れている。

コートははだけ、裸体の股間はハンカチで隠され、

目を見開いて痙攣(けいれん)しながら倒れている。

金輪は状況を把握できないが、けが人とは理解せず、取り急ぎ警察に電話をした。


程なく辺りにパトカーが集まって来ると、制服警察官たちは倒れている藻子里目掛けて走ってきた。

そして藻子里の姿を見るなり、目を見開いて奇声を上げて驚いていた。

その声で我に帰った藻子里は制服警官二人に肩を支えられながら

パトカーの後部座席に座りうずくまり、時折、奇声を上げて脅えていた。

その場にいる制服警官たちは金輪に事情を説明してほしいと詰寄っていた。


「発見時の状況を教えてください」

「私たちが防犯パトロールをしていたら、悲鳴が聞こえて、駆けつけたら、

あの妙な男が、あの格好で倒れていたんだ」

「なぁ、あいつはプロの変態か?」

と綱木がとぼけたことを言うと制服警官は

「ん~誰かを脅かそうとして、返り打ちを喰らったような」

と予測は合っているものの、現状では真実が分かっていない

制服警官や金輪は首を傾げて悩んでいた。

とりあえず藻子里は日の出警察署に連れて行き事情聴取をすることで落ち着いた。



 金輪と綱木は、事件の後処理は警察に任せてパトロールの続きをすべく地下道から出てきた。

その姿をたまたま通りかかった恨見(うらみ)、35歳が金輪を見るなり物影に隠れて睨んでいた。


「金輪よ、久しぶりだなぁ。お前のおかげで随分長いこと、臭い飯を食わされたぜ」

そうつぶやいて闇の中に消えて行った。



 そんな事実があったことなど知る由も無い金輪は、

綱木と共に静まり返った深夜の住宅街を街灯に照らされながら、

辺りを見回して歩いていたのだが、綱木の活動限界が近づいていた。


「金ちゃん、もうお眠で歩けないよ~」

「それじぁ今日はこれ位にしときますか」

綱木は壊れたおもちゃのように何度もうなずいた。

「じゃあ、源さん、お疲れ様でした」

「金ちゃんお休みー」

綱木はその場からふらふらと歩き去って行った。

物陰から金輪を見つめる恨見がいる。

だが金輪は恨見に気づいていなかった。



 金輪も今日は喫茶パトライトに寄らず、直帰しようと歩きはじめ、

誰も居ない深夜の児童公園の前を歩いていると、

小走りで近寄る足音が聞こえてきた。

金輪が身構えて振り向くと鬼頭が笑顔で抱き着いてきた。


「金ちゃん」

「なっ、何だよ~」

「一日に二度も偶然会えるなんて、私たち、赤い糸で結ばれてるのかもねぇ~」

(たわ)けたことを」


鬼頭はお菓子の詰まったコンビニ袋を持ちながら、

金輪の腕にまとわり付いてじゃれていた。


しばらくすると再び駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。

その音はだんだん近づいて大きくなると

「金輪!」

と叫ぶ声が加わった。

金輪と鬼頭が驚いて振り向くと、刃物を突き立てた恨見がこちらに向かってくるところだった。


「金ちゃん危ない!」

鬼頭がとっさに金輪を突き飛ばし、体を張って金輪を守ろうとした。

恨見は勢いあまって鬼頭のことを誤って刺してしまった。

「お前は!」

路面に転がった金輪は、街灯に照らされた恨見の顔を見て、

以前捕まえたことがあることを思い出した。


「金ちゃ~ん」

鬼頭が崩れるように倒れた。恨見は戸惑いながら走って逃げだした。

「コラァー逃さんぞー!」

金輪が走り去る恨見に、側に落ちていた拳くらいの石を投げつけると、

その石は恨見の後頭部を直撃した。

恨見はその場でばったりと倒れて気絶してしまった。

金輪は鬼頭に駆け寄り片膝(かたひざ)をつくと、

鬼頭の上半身を両手でそっと抱きかかえた。


「おい鬼頭、大丈夫か!おい、死ぬな!」

「金ちゃん、その顔いい、素敵よ。あら、どうしたのかしら、何だか体の力が抜けて行くわ。

ねぇ、しっかり支えてよ~」

「分かった、もう喋るな、傷にさわるぞ」

「そんなのどうでもいいの。ねぇ一生のお願い、今日こそは、金ちゃんからキスしてよ~」

「えっ、私はお前と同じ男なんだぞ」

「私の心は女よ、体はごついけど」


金輪は戸惑っていた。

「ねぇお願いよ、最後の夢を叶えてよ」

金輪は戸惑いながらも覚悟を決めた。

「おい、いっ、行くぞ」

金輪はためらいながらも、鬼頭の唇に自らの唇を合わせた。

数秒の出来事ではあったが鬼頭にとっては永遠のようであった。


金輪は鬼頭の顔を無言のまま見つめた。

「嬉しい」

鬼頭は涙を流しながら目を閉じて動かなくなった。

「おい、鬼頭!」



 金輪が携帯電話で救急車を要請してから5分位経った頃であろうか、

遠くから複数のサイレンが聞こえてきた。

金輪は身動きすらしない鬼頭をただじっと見つめていた。

救急車やパトカーが揃って現着すると救急隊員達が、鬼頭のバイタルチェックをはじめた。


金輪は身を引いて、制服警察官たちに歩み寄り事情を説明した。

二人の制服警官が意識がもうろうとしている恨見の両肩を抱えながら

パトカーへと連れて行き、金輪は去り行く恨見を無言のままに睨んでいた。



 事件翌日の喫茶パトライトでは、米良と綱木が椅子に座り口を開いて寝ていると、

米良が突然、痙攣しながら微かに(もだ)えはじめて寝言を言った。

「ハニー、それはむりだよぉ~」


茶所がカウンター席で思い詰めた様子でピーポパフェを見つめる

金輪を心配して声を掛けてみた

「なぁ金ちゃん、アイスが溶けちゃうぞ」


金輪が独り言のように語りはじめた。

「私は定年を迎えて、知らない間に緊張感が抜けていたんだ。

もっと緊張感を持ってパトロールをしていれば、

鬼頭を犠牲者にしないですんだはずだ」


茶所が金輪の顔をカウンター越しから覗き込んだ。

「今は現役刑事の目だぞ」

金輪のとなりに座っていた犬神が金輪の肩を優しく叩いた。

「鬼頭さんのためにも、GPSを続けましょうよ」


金輪は深々とうなずいて、込み上げてきた熱い思いを口にした。

「事件が起る前に、私たちで 阻止しましょう」

そう言って目の前に置かれていたピーポパフェをむさぼるように食べた。


 時を同じくした薮居(やぶい)総合病院の外科病棟にある病室では、

窓際のベットで鬼頭が横になって写真を眺めていた。

写真には現役刑事だった頃、聞き込みで訪れた鬼頭の経営するおかまバー・マウントオリンポスの店内で、

聞き込みをしている凛々(りり)しい金輪の姿だった。

鬼頭は写真に映る最愛の金輪を愛おしむかのように見つめて、

静かに微笑みながら囁いた。


「金ちゃん、すぐに会いに行くから」


                    ―続くかも―



この作品以外にも、「さまよい刑事」という

他界した刑事と相棒ベルの活躍を描いた作品も公開していますので、

ご一読いただければさいわいでございます。

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