第一話「転生」
努力は報われるなんて嘘だ。常識に流されるのは馬鹿だ。幼児性の高い有象無象共と比べて自分は賢いんだ。
俺は本気でそう考えていた。今思えばコンプレックスの塊で自己肯定するために必死だったんだろう。
競争社会から溢れた人間は社会不適合者になる。自分の居場所が何処にもなく時間だけが過ぎていく。
行動力も判断力もない。気力を振り絞って行動しても失敗する。自信を無くしゲームやネットに依存する。
「自分がこうなるなんて予想してなかったな……。」
思わず独り言を漏らすが、今更後悔しても遅いだろう。悩んでも状況は好転せず、悪化の一途をたどるだけ。
「自殺する人の気持ちが分かった気がする……。」
客観的になればなるほど人の気持ちは萎える。何故なら客観的な能力は、妄信的な状態と正反対だからだ。
普通の人は『自分の可能性、友達との繋がり、家族との愛情』などの様々なことに妄信的になって生きている。
だから幸せに生きていける。自分に欠けているのは妄信的になる能力だ。あらゆることに妄信的になれない。
何をしても楽しくない。何故か充実感を感じれられない。快楽を求めて貪るだけの存在だ。
(自分は何のために生まれて来たのだろう。)
自殺未遂を繰り返し、体と心はボロボロだ。でも不思議なことに、それが生きる活力に繋がっている。
自傷行為によって脳内麻薬が分泌され快楽を感じられる。生を実感できる唯一の時間だ。でもそれも限界。
(今の状態は死んでいるのと同じだ。)
そう考えた瞬間、自分の中で何かが吹っ切れた。スッキリしたのではない。未練を無くしたのだ。
(首吊り自殺だ。それがいい。やっと楽になれる。)
躊躇いはなかった。意識が遠のいていく。世界が暗くなる。
――俺は死んだ。
確かに死んだはずだ。でもボンヤリとした意識はある。死んだあとは無になるだけのはずだ。
(死んだあとのこと考えたことなかったな。)
当然の話だ。死後の世界なんて真面目に考えるだけ馬鹿らしい。それなら実際に意識があることはどう解釈すべきだろうか。
死んだ後のことなんて本当は分からないのだ。死後は無になると決めつけていただけで、もしかしたら意識だけの世界が広がっているのかもしれない。
(死後の世界、天国か地獄か?いや現実的じゃないな。)
一度、冷静になって考え直す。今の状態は自殺に失敗した可能性が高いということだ。
植物人間に近い状態なのかもしれない。残りの人生を後遺症に苦しみながら生きていくのだろうか。
自殺に失敗したリスクのことを考えていなかった。悲惨すぎる。
(あっ、そういえばパソコンのデータ消すの忘れてた。どうでもいいか。)
色々と考え事をしている内に、だんだんと意識がハッキリしてきた。
五感に意識を集中すると地面の感触を感じることができた。俺は確かに生きている。触角以外の感覚がないことが不安だが……。
(今、どこにいるのだろうか。)
地面をズルズルと這いずり回っている状態だ。飛び跳ねるとベチャリとした感覚がする。
(液状と固形物の中間ぐらいのゲルのような状態か。)
いや、それはおかしい。自分の状態が全く想像できない。
無理矢理考えるとRPGのスライムのような形状になるが、それでは説明にならないだろう。
(ゲームのやりすぎだな……。)
ファンタジーなことを考えても仕方がない。剣と魔法の世界観に勇者と魔王が対決する話なんて現実逃避だ。
自分だって子供の頃は、サンタさんを信じていたしコウノトリを信じていた人もいるだろう。ミッキーマウスの中に人が入っているなんて考えなかった。
でもいずれは現実を知る。それが大人になるってことだろ。自分は周りの人間より早くそれに気付いた。
現実を知り客観的なことを喋ることができる。だから賢いと思っていた。実際には少し背伸びしていただけで子供なのだ。
でも、本当はもう分かっている。大人なら、嘘の世界だと分かっていても敢えて指摘しない。騙されたふりをして楽しむ。斜に構えると損をするだけだ。
(……考えすぎるのは悪い癖だな。)
悩んでも仕方がない。考えても意味なんてほとんどない。でも考え事は悩みが原動力になる無意識の活動なのだ。
居場所がない。能力がない。行動力もない。自分のいいところなんて何もない。自分には何のステータスもないんだ。それに……。
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ステータス
種族:スライム
分類:プチスライム
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(……ん?なんだこれ)