死の対話
私は死んだのだろうか。
「いいえ、まだ死んではおりません」
ここはどこだ。
「生と死の境界」
君は誰だ。
「……死神」
ここで、私は初めて彼ー彼女かもしれないーを見た。
黒いぼろ布を頭から纏う、異様なモノ。顔は見えない、いや、もしかしたら無いのかもしれない。布の端から、血潮を何処かへ忘れてきたように白い手足が覗いている。
そうか、私は死ぬのか。
「あと数刻で」
死神と言ったか。
「ええ」
地獄の散歩道への案内か。
「地獄とは限りませぬ」
ならば。
「貴方がたの言葉で言えばあの世、彼岸、冥界とでも言いましょうか」
地獄の使者ではないのか。
「我ら死神、彷徨う魂を導く存在。後は然るべき場所へ」
地獄ではないのだな。
「地獄でないとは限りませぬ」
そういうものか。
「そういうものです」
不思議だな。
「…………」
ならば聞きたいのだが。
「なんなりと」
あの世とはどんなところだろう。
「わかりませぬ」
わからないことはないだろう。
「あの世とはどの世でしょうか」
まさか聞き返されるとは思っていなかった。
そりゃあ、あの世はあの世だ。
「どの世です」
どの世って、私たち人間が死んだ後に行く世界だ。
「ならばわかりませぬ」
何故。
「あの世あの世と一括りにするのはいただけません。貴方がたの言うあの世は無数に存在します。地獄だとか餓鬼道だとかは貴方がたがあると思っているだけです」
無いのか。
「あります」
さっきから、どうもハッキリしない。
あるじゃないか。
「証明できますか。地獄の存在を」
「できないでしょう」
「当然のことなのです」
確かにできないが。
「あると思っていれば、地獄はあるのです」
そういうものか。
「そういうものです」
そろそろ時間だろうか。
「ええ、行きましょう」
一瞬だけ、ちらりと見えた死神の顔は、実に
「生者に死を語るものではありませんよ」
そういうものか。