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採掘技師:ミニア

ある国に、代々莫大な財産を所有する名家があった。


隠れた王の血筋という訳でもなく低い爵位しかなかったが、古く上位の家柄の者であればある程、その姓を聞くと慌てて帽子を脱ぐような、そんな無名の名家があった。

その国の王がそうである以前より、その名家は代々女性が家長であり、そしてその国にしては珍しく男は一歩控えていた…と言うと語弊があるくらい、蔑まれていた。

その名家の令嬢の結婚相手は代々伝わる一冊の書により決まっており、権力と金を使って無理矢理にでも家に迎え入れた。

令嬢たちは自分の夫たちに対し些かの興味もなく、半ば己の娘を得るための奴隷の如く考えていた。

娘を三人も得れば後は“事故死”という夫が多かった。

何故娘しか生まれないのか…。賢い者は察して欲しい。

とにかく、その名家は娘しかいなかった。

…ところが、ある時に珍しいケースが現れる。

当時の令嬢…つまり、時期家長の娘が、書に記されていた結婚相手を真剣に愛したのだ。

書に記されていた結婚相手の名はどの貴族も聞いたことがなく、血眼になって探してみると城下町に住まう貧しい教師だった。

彼女は彼を愛し、彼も彼女を愛し、そうして結ばれた。

丁度当時の職場に限界を感じていた教師は結婚し、令嬢の家へ名を連ね、令嬢は家長となり、子供はできなかったが二人は本当に幸せに暮らした。

子供ができなかったから当然娘もなかったので、夫を愛した令嬢が代々の家長と同様に若くして亡くなった後、家は腹黒だった分家の者に取られ、遺された夫は追い出される形で家を出されたが、彼は愛する妻がいなくなった名家などには何の執着もなかった。

彼に対し名家は、名家からしてみれば本当に小指の爪の間にある垢ほどのしか財産を譲らなかったが、十分生きていけるものだったので彼は文句一つ言わなかった。

しかも分家の者が動物嫌いだったので家長が飼っていた犬を一匹引き取らされたが、愛する妻と自分がが可愛がっていた犬だったので文句どころか夫は喜んで連れて出た。

名家には財産が尽きなかったが、その財源は何かと問われれば鉱山だった。

家長が「この鉱山のこの場を削りなさい」と指示する場所からは必ず珍しい鉱石や美しい鉱石が出てきた。

ところが、分家の者が家長となり指示をすると全く当たらない。

家を出された夫が旅に出て暫くして、名家は没落した。

今では名前も残らない。


ところで、彼の愛する妻がそうであったように、その名家の家長は代々黒い同じ犬種の犬を飼っていた。

同じ犬種を飼っているように見えてその実、昔から延々とただ一匹の犬が生きながらえているだけだと言ったところで普通は誰も信じないものだから、見る方は同じ犬だとは思わないし、名家の者も口を噤んで生きてきた。

古の契約は長い歴史の中忘れられてしまったので、代々の家長の寿命が何故短いのかその理由は忘れてしまったが、それらと引き替えに、聞いたことのない遠い山の名前を口にしたり、それらしい場所へ散歩に連れて出た時に何かに反応して吠えるその一匹の犬を、家長らの誰もが可愛がったことは本当に良いことだった。

その名家に伝わる一冊の書にはまだまだ代々の令嬢の結婚相手の名が記され続けていたが、娘ができず、最期の家長となった女性とその夫が愛し合い幸せだったのは、漸く至った何かの終わりを示していたのかもしれない。


遺された夫は何も知らず旅をしている。

愛する妻が好きだった煌めく宝石を少しずつ学び、求め歩き、眺め、集め出した。

美しい宝石を見ると、己の眼を通して空の上から妻もそれを見ることができている気がした。

おそらくもう自由の身であるのだろうが、一匹の黒い犬は彼に従った。

以前そうであったように、遠い山の名前を口にしたり、それらしい場所へ散歩に連れて出た時に何かに反応して吠えた。

夫がその場所へ向かってみると、必ず珍しい鉱石や美しい鉱石が出てきた。

夫はそれを加工してみた。

加工と言っても大それた事は出来ない。彼は宝石商であり細工職人ではないからだ。

岩から少し顔を覗かせている鉱石を取り出さず、そのまま飾り石としてある国の貴族へ、夫が彼から受けた小さな親切のお礼に差し出した。

貴族がその品を家に抱えている細工職人に加工させ、宝石にして値を付けたことで、彼の趣味は商売となった。

彼は石を見つけ、その街々の細工職人と出会い、加工を頼むことにした。

そして完成した頃に宝石となった石と共にその街を出る。

彼が売る宝石は、どれもこれも綺麗だった。








    【採掘技師:ミニア】


挿絵(By みてみん)








カラカラ…と車輪が回る音を遠くに聞いて、尾を振りながら岩山を歩き回っていたミニアは足を止めた。

濡れた鼻を動かしながら顔を上げると、距離のある町の方から四頭の馬車馬を従えた一台の馬車がこちらへと向かってきているのが見え、それまでとは別に緩やかに尾を揺らす。

黒い長毛の大型犬だ。

首には真っ赤な大粒の宝石を下げており、肩書きのなくなった彼の今の主人は会う人会う人に「あんた、その宝石犬には勿体ないんじゃないか?」と言われ続けてきた。

ごく希に盗んでやろうとする者もあったが…。

まあ、そういう奴は偶然にもその夜“事故死”したりして、翌朝何事もなくミニアの首に戻ってきていた。

殆どネックレスといっていいその首輪を外すのは、飼い主が石を磨いてくれる時だけだった。

馬車が来ることを知ると、空かさずミニアは岩山を降りた。

始めからそれ程高い位置にはいなかったが、それでも登山道などない手付かずの岩肌をぴょんぴょんと飛び、時折、それは無理だろうと思われる距離さえも飛び越えて岩山の真横にテントを張っている主人の下へ駆け戻った。

簡易イスに腰掛けて、目の前の岩山を機械を通して調べていたメルヴィンの周りを尾を振りながらちょろちょろする。


「やあ、ミニア。散歩はもういいのかい?」


頭を撫でる手を受けて、漸くミニアはその場に腰を据え、そのまま伏して目を伏せた。


先日と同じく御者に送ってもらい、馬車から降りてメルヴィンを見付けたフークバルドには、まるでずっと前からミニアもそこにいるように思えた。

テントは、最初フークバルドが見たものの五倍くらいの広さになっており、日光や雨を凌ぐ屋根代わりとして上に張り巡らせている布は十倍くらいに広がっていた。

面積だけならよく見る一戸建てよりもずっと広く陣取っている。


「おや…? こんにちは、フークバルド君」

「…」


馬車から降りた彼にメルヴィンがすぐに気付いてイスから立ち上がり声をかけたが、彼はメルヴィンを見ず、岩山へ顔を向けた。

ふい…と乾いた山を見上げるフークバルドを、老紳士は「やはり少し変わった子だなあ…」と思った。

少し経ち、漸くフークバルドは傍に歩いてきたメルヴィンへ視線を向けた。

彼の足下を離れない愛犬ミニアが一吠えする。

視線が合ったところで、メルヴィンはにっこりと微笑んで挨拶をやり直した。

初対面ではあれ程ぴしっと整っていた紳士は、今は本当に三日に一度宿屋へ戻っているのか疑いたくなるほど汚れていた。

きっと戻っていないのだろう。

二度目に声をかける時、鍵屋と宿屋の忠告を思い出してフークバルドに付ける敬称を変えてみた。


「こんにちは、フークバルドさん」

「…こんにちは」


ぽつりとフークバルドが返す。

少年期特有の何とも言えぬ美声だが、相変わらず無表情なのでやはり冷たく見えた。

しかしメルヴィンは少年少女に好意的なため、それを「この子はシャイなのだろう」と受け取り、組み立て式のテーブルへ彼を案内するとお茶を淹れてくれた。

カップはとてもシンプルで、見栄えよりも割れないことに重点を置かれたカップだった。

模様の描かれていない銀色一色のカップを初めて見たフークバルドは少しだけ瞬いた。

彼にはカップというより、それはペン立てに見えた。

天気の話を少しして、宿屋の話を少しして、鍵屋の話をするともう話題はなくなった。

大体子供相手だとどうしてもミニアに話題が移るものだが、目の前のこの少年はミニアにあまり興味がないようだった。

子供好きのミニアも珍しく目の前の少年に興味がない。

…さて、どうしようかと思った所で、茶請けがないことを思いついた。


「確かチョコレートがこの辺に…。ああ、あったあった」


非常食用のカバンを漁り、薄汚れているがセンスのいい小箱にチョコレートが入っていた。

蓋を開けて、フークバルドに差し出す。


「宜しければどうぞ」

「鉱石を探してるのか」


差し出された小箱と話題を無視して、ずばっとフークバルドが尋ねた。

透度が高いが主張が強い色を持つ湖のような双眸に見上げられ、メルヴィンが一瞬止まる。

そして動き出す。


「え、ええ…まあ。…実は、これでも私宝石商の端くれですので。…そうそう。お借りするのではなくあの岩山を売っていただきたいと、来週にでも申し上げるつもりでした」

「…。別にいいけど…」

「あ…。もしお嫌でしたら、借りたままでも結構です。今はまだ調べているだけですが、原石が出れば必ずお持ちしますし、その後で相当の金額をお支払いしますので、それをどうぞ私にお売りいただければ…」


フークバルドという人物をよく知らないメルヴィンは、大概の不動産屋がそうであるように、取り分の心配をしているものと思った。

自分の所有していた岩山から宝石の元となる鉱石が出れば誰だって惜しくもなる。

それならそれで、メルヴィンはそれなりの金額を支払って採掘した鉱石を買うつもりだったが、しかしそんなことは誰も問題にはしていない。


「…」

「あの…。チョコレートはお嫌いですか?」


何かを思案しているのかただぼーっとしているのか…。

無言で座る少年へもう一度小箱を差し出すと漸く一粒取ってくれたが、彼はそれを口に入れた後、持ってきていたベルを鳴らした。

ついさっき去っていったはずの馬車が、今一度この辺鄙な岩山前へ戻ってくる。

それに乗って町の方へ去っていく姿を、ミニアは主人の隣で確かに見ていた。


しかし…。












「君に話がある」


鼻を地面に軽く触れさせながら岩山の一角を曲がったところで不意に声をかけられ、ミニアは文字通り飛び退いた。

当然に人間程表情を変えられる訳はないが、漆黒の丸い瞳をぱちくりさせて驚愕を示し、目の前に現れた見目麗しい少年を見据えた。

不動産屋のフークバルド。

彼が山道もないむき出しの岩山へ、革靴の先一つ汚さず立っていた。

髪の間から咲いている色鮮やかな紫の薔薇は日向で見ると単純に美しいと愛でられるが、薄暗い日陰で見ればどこか不気味でもあった。

薄暗い岩山の中腹にミニアが再び登ったのは、彼の乗った馬車が遠のいて暫くしてからだ。

降る時と同じように、極めて短時間で元いた場所へと飛び登った。

メルヴィンはまだテントの傍に腰掛け、機械を通して地形を視ている。

生真面目な老人は多くの精密機械と地図と勘を総合して懸命に調べ上げ、ついでに神のご加護があり、そうして決定した場所だからこそ鉱石が出てくるのだと思っているが、実のところ彼がかけた努力や時間や労力などとは全く無関係なことでそれらは見つけ易くされているということを、フークバルドは始めから、見抜いていたという表現が不釣り合いなほど当然のこととして理解していた。

紫色のショールを羽織り直してから、彼は少しの距離を空けている目の前の黒い犬を真っ直ぐ見下ろした。


「ここには君と、君が連れているあの男の探している綺麗な石がたくさんある。君たちが欲しいというのであれば恵んでやるのは吝かではない。大切にしてきたものだけど、魅力を見出してくれたという意味でお礼の印にあげてもいいと。…僕は反対なんだが、基本的に僕らは自由主義だ」


片手で近くの岩肌を撫でて少し不愉快そうに話す彼の話が、ミニアにはよく分からなかった。

小首を傾げ、耳を小さく動かす。

取り敢えず宝石を採っても良い、という話なのは分かった。

採るなと言われると思っていたミニアはその場に腰を下ろすと尾を振り、舌を出して甘えた呼吸に変じる。

そんな犬を一瞥し、フークバルドは肩を竦め、ため息を一つついてからまた振り向いた。


「でも1つだけ守って欲しいことがある」


ミニアの黒い瞳を真っ直ぐ見る。


「この山はとても綺麗な、至高のルビーを持ってる。これだけは譲る気はない。あれは彼女の宝物であると同時に、僕の母様の装飾でもある。生まれた時から預けられて番をしている。石の方だってまだ成熟してないんだ。…相思相愛なんだから、邪魔しないでよね」


言い捨てるとフークバルドは背を向け、岩山の奥へと消えていった。

残されたミニアは一言も鳴きもせず、また逆へと首を傾げた。

対面している時の彼の薔薇の匂いは強く、会った時も去る時もその行方を知ることが出来ても良さそうなものだが、視界から消えると同時にその匂いも消えてしまうので、彼の姿が消えた後時間を置いてちょろっと後を追おうと歩を進めてみたが行方は掴めなかった。

再び腰を下ろし、少し考えてから、ミニアは気にしないことに決めた。

周囲を一瞥し、鼻を鳴らして人気がないことを確認してから、黒い犬はのそりと立ち上がった。

首から提げた紅い石が日向でもないのに輝き、艶やかな毛並みの背中からぬ…っと。

彼の毛並みと同色で十本指を持った巨人の両手のようなものが、よく見る天使の翼を逆さにしたように現れ、目の前の岩肌に先端を伸ばした。


二十本の指がまるで湖面に指を入れるように、とぷり…と浸かって入っていった。













それから一ヶ月程経って。


   __プリンス…。人が来ますよ。


侍女に起こされ、フークバルドはまた目が覚めた。

前回老紳士が土地を貸して欲しいと来てから今日に至るまで、朝日が昇る時間と鍵屋が来る時間以外はやはり眠り続けていたが、起こされたからという理由で不機嫌になることはせずにベッドから降り、顔を洗って身支度を調えた。

そして二人分の紅茶と鍵屋が置いていったパウンドケーキを用意し、やってきた老人を出迎えた。


「お陰様で大変質の良い鉱石が採れました。この町の細工職人は本当に素晴らしい腕をお持ちだ」


メルヴィンは商店街に工房を構える細工職人を褒め称えた後、大切に持っていたカバンをテーブルの上に寝かせて蓋を開けた。

中からいくつかの宝石ケースを取り出し、てんてんてん、と三つならべる。


「どうぞご覧になってあげてください。どれも本当に美しくなりました」


順に蓋を開けてフークバルドへ向けながら、メルヴィンはそれはもう嬉々として差し出した。

別に代金は気にしないと伝えたのだが、彼はこの小さな不動産屋にそれなりの金額を支払って掘り出した鉱石を買い、そうしてそれを加工した。

採掘された鉱石の段階で一度それらを見たが、同じものとは思えない程美しい装飾品へと変じた石たちが輝きを纏って鎮座している。


「あの山は今まで誰も手を付けられていなかったのですね。もし私がこの傍を通らず、こんなにも美しくあるべき石たちが誰にも発見されずこれから先もずっとあの山で眠っていたかと思うとぞっとします。…本当に良かった」

「…」


フークバルドは黙って聞いていたが、話の途中で興奮冷めやらぬらしいメルヴィンの足下に伏す犬を一瞥した。

くあ…と脳天気に欠伸を一度してから、ミニアはまた顎を下ろして眠り始めた。









その数日後。

老紳士メルヴィンは小粒だが、信じがたい程に美しい一粒のルビーを岩山から発見した。

彼の隣で、黒い愛犬は緩やかに尾を振った。









その夜。

すすり泣く声が届いて、深夜にもかかわらずフークバルドはベッドから起きた。

身支度を調え、ショールをまとって玄関口にかかっているベルを手に取り玄関を出る。

深夜の森にベルの音は不気味なほど響き、鳴らし終わっても家の中には入らずその場で待っていた。


   __プリンス…。御者が来ますよ。


…やがてやってきた馬車は、よく見る昼の馬車とは違っていた。

馬車は乗れてせいぜい二人という大きさで、飾りもなく漆黒で闇に融けている。

車輪の音も聞こえず、昼と変わらず馬車馬は四頭なのだが、皆一様に黒馬だった。

群れのリーダーと思しき先頭の片馬は、足を六本持っていた。

御者台から飛び降りた御者が、足場を用意した後でドアを開けながら声をかけた。

低いが浅い声だった。


「よう、フークバルドさん。珍しいな。あんたがこんな時間に。…あの宝石商の所でいいかい?」


尋ねると、フークバルドは小さく頷いて馬車へ乗り込んだ。

ドアを閉める前に御者が尋ねる。


「会いに行くのか、こんな時間に。…何か急用でも?」

「違う…。人間なんかに用はない。僕の一族に会いに行くんだ。…気付かれないように向かってほしい。あの男にも、魔神にも」

「そりゃ難易度高いな…」


ドアを閉めてから、御者は袖のボタンを外して腕まくりした。

短いかけ声で気合いをいれてから、手綱を手早くまとめ、ピシリ…!と打つ。

六本足の黒馬が嘶き、それに従う愛馬たちと共に無理難題をふっかける客の要望に応えるため全神経を使って馬車を奔らせた。

馬車は無音で地を駆けたが風を切る音だけはどうにもならず、通り抜けた後にはヒュォゥ…という空っ風のような音が遅れて通った。




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