42.不穏な影
「――そう、ですか……?」
「俺も特にそんな変な雰囲気なんて……いや……言われてみれば皆何処と無くピリピリしているような……?」
一見すれば街はただ賑やかなだけに見える。
だがよく見れば行き交う人々の表情は多くが険しい。
また住人や商人が話している内容もよくある世間話ではなくやれ『戦いが近い』だのやれ『今回の討伐は大規模で――』だの物騒な話が多いことムツキは気づいた。
一方のプリエラは生まれてこの方村から出た事がないからか、はたまたまだ幼いからかイマイチまだその空気に気づけていないらしく首をひねっていた。
「――その通りよ。……もしかしたら私たちは厄介なタイミングでこの街に来てしまったのかもしれないわ」
そんな二人の様子をじっと眺めてからルナが珍しく神妙な顔をしながら口を開いた。
「……なら早めに用事を済ませてさっさと別な街に向かった方がいいかもしれませんね」
「ええ。それが良いと思うわ。とりあえず魔導外骨格についての情報を集めましょう。ムツキもそれでいいわね?」
「ああ。厄介事に巻き込まれるのはごめんだし、な」
「そうと決まればまずは冒険者ギルドに向かいましょう」
「冒険者ギルド……なるほど。冒険者ギルドは街で最も情報と人が集う場所。ならば情報収集には最適ですもんねっ!」
「その通りよ。あ、そういえばムツキはモルガンから封書を預かってるわよね?」
「封書?」
「ああ、そういえばあの場所にプリエラは居なかったもんな。バレスの冒険者ギルドに居る女の人にこれを見せれば良いって。なんでも見せるだけで高報酬の任務が受けられるって話だ」
ムツキは魔法の袋から一枚の魔力による封が施された封筒を取り出しつつ、あの時ランコンの街でモルガンから受けた説明をプリエラにも行う。
「へぇ、このご時世に随分と気前のいい話もあるのね」
「ふふっ、こう見えてあの街じゃムツキは英雄だったり色々と凄い能力を持っていたりするのよ。だからこういう話が転がり込んできたわけね」
「むぅ……私にはムツキが英雄になんて全く見えませんけどね」
プリエラが疑いの眼をムツキへと向ける。
「こ、こいつ……!」
「……ムツキに実力があるのは認めますけど、英雄ってより変態にしか思えませんね」
「だから俺は変態じゃねぇ!」
「こらこら、二人共イチャイチャしない」
「「イチャイチャなんか」」「してない!」「してません!」
実に息がピッタリである。
「とりあえず冒険者ギルドに向かうわよ。情報収集と共に、任務で今後の旅のためのお金も稼いでおきたいし。いいわね、二人共?」
「……ああ」
「……はい」
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――ワイワイガヤガヤ
「やっぱりここも凄い人だ……」
ギルド内部に入ったムツキはバレスに到着した時と同様に人の多さに衝撃を受けていた。
板金鎧を付けた小鬼族の者や、ローブを身に着けた長耳族の者、さらに双剣を携えたモケノーや長杖を持った半蛇人など――――とにかく挙げればキリがない程の様々な種の魔族が所狭しと動き回っていた。
中には首から数多く居る冒険者の中でも数少ない存在である最上位冒険者の証を下げている者――どうやら弓使いのようだ――も居た。
――バレスのギルドはその外見から既にランコンとは比べ物にならない程の巨大さを誇っている。
その中には様々な部署や目的に分けられた施設がひしめき合っており、その高さは六階層にも及ぶ。
またその広さもギルドだけでムツキが生まれ育った村と同程度はあろうかという規模であった。
それに如何にも強固そうな石造りの外見が合わさり、まるで一つの要塞のような風格すらある。
それが魔王都バレスの冒険者ギルドだった。
「……そうね。しかも街中と違って冒険者ばかりだから空気もよりピリピリしてる気がするわっ……!」
プリエラが少しだけ挙動不審に周囲を見回す。
「大丈夫よ。別のとって喰われる訳じゃないしね。それよりあそこが任務の受付みたいだし行きましょう」
「ようこそ、王都バレスの冒険者ギルドへっ! どのようなご用件でしょうか?」
三人で受付に向かうと人懐っこい笑みを浮かべた青髪の長耳族の少女が手元の書類を纏めつつこちらに向き直る。
「えっと、任務を受けたいのだけど。それと……ムツキ」
「あとこれを渡して欲しいんです。ランコンの街のモルガンから、と受付に言えばわかるって聞いています」
そう言ってムツキが封書を少女に手渡す。
「……ランコンのモルガンさん、からですね。わかりました、少々お待ち下さい」
その直後、笑みを浮かべていいた少女の顔が引き締められる。
直ぐに少女はその場で立ち上がると優雅に一礼し奥の部屋へと下がっていった。
「……なぁ、ルナ」
「皆まで言わなくてもいいわ。……これは厄介事、避けられないかもしれないわね」
「「はぁ……」」
「え? どういう事っ?」
二人で顔を見合わせて溜息をつく。
するとそれを見計らったかのように奥の部屋から先程の少女と共に下半身が蛇のようになっている一人の紫色の髪の女性――つまり半蛇人が現れた。
「貴方達がモルガンからの客人ね。私の名前はアルディア・サントル。話は聞いているわ、奥にいらっしゃい」
半蛇人の女性――アルディアはそう言って妖艶に微笑むと三人を自身が出てきた部屋へと手招きしたのだった。




