40.旅の再開
――何やかんやあったものの、その後は特に目立ったトラブルも無くあっという間に二日間という時間が過ぎ去った。
ルナの目論見通りムツキはこの二日間の鍛錬――その密度や苛酷さは地獄のようだったが――を乗り越え第六の型をおおよそではあるが習得する事に成功。
本来であれば習得難度が高い第六の型を二日で覚えるのは容易ではない。
並の者であればあれば間違いなくそのような芸当は不可能と言ってもいいだろう。
しかし教えている者――つまりエクシアが非常に師として有能であった事。
さらにムツキが全ての基本である第一の型を習得している事。
そして彼が天性のセンスとでも言うべきものを持っていたため、成功したのだ。
そのセンスは凄まじく、鍛錬最中にエクシアがムツキに対して『故郷で数々の戦士を育て、見てきたがこれ程飲み込みが良い者は初めてかもしれない』と漏らす程であった。
結果としてムツキは魔力消費が非常に激しく、制御が困難な第六の型を習得し、この村に訪れた際に定めた目標――魔力の制御技術を向上させる事をクリアしたのだった。
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――ペコッ
「――本当にお世話になりました、エクシアさん」
「ふっ、気にするな、ムツキよ。頭を上げて胸を晴れ。主はこの槍王エクシア・ノーズに一撃を与え、第六の型をマスターしたのだから、な」
――模擬戦でムツキがエクシアへと与えた一撃。
これはムツキが後から聞いた事だが、あれは彼女が決着の直前、咄嗟に使った詠唱無視の使用による多大な魔力の消費により、技のキレや体を循環する魔力総量の減少により反応速度等が落ちたのが原因だったらしい。
「今回はありがとう、エクシア。このお礼はいつか返すわ」
「ルナのお礼、か。ふっ、あまり期待せず待つとしよう。次に会うのはいつになるか皆目検討も付かぬしな」
「ふふっ、確かにね」
――四人は今ディスアの村の出口に立っていた。
次なる目標である魔王都バレスに向かうためだ。
既にそのために必要な旅の必需品の買い足しや、装備――不運にもムツキが破ってしまった物――やらの購入は無事に完了。
目的であったムツキの魔力制御の制度も大幅に向上にも成功した。
ならば次はルナの目的である魔導外骨格の調査のためにもバレスに向かう他無い訳であった。
「――それじゃあそろそろバレスに向かうとするか」
それからしばしの談笑を交わした後にムツキが口を開いた。
「そうね。それじゃあエクシア、私たちはそろそろ行くとするわ。またいつか会いましょう」
それに同意するようにルナが頷く。
「あぁ。またな――と言いたい所だが……プリエラ」
不意にエクシアが背後に控えていたプリエラへと顔を向ける。
「は、はい」
すると彼女はそれに反応し、数歩程歩を進め、エクシアの前へと出た。
(一体何事だろう……?)
そんな事をムツキが考えていると――
「ルナ、ムツキ。お前達が良ければでいいのだが、私の顔に免じてこれからの旅の道程にプリエラを加えてもらえないか?」
――そこから発せられた言葉はあまりにも予想外なものだった。
「えぇ!?」
「べ、別に私たちはいいけど随分急だし……その、色々と、いいのかしら?」
チラッとルナがプリエラの様子を伺うように視線を向ける。
「構わん。昨晩の内に話は付けているのでな」
「…………」
(プリエラのやつ、なんかめっちゃ不安そうな表情してるけど大丈夫なのか……?)
――その後エクシアの口から語られた話の内容はこうだった。
まずプリエラは孤児としてエクシアに拾われてからこれまでの多くの時をこの村で過ごしているため、所謂世界という物を知らない。
故に一緒に旅をしてプリエラの見識や知識を深めてやって欲しいという事。
そしてプリエラを連れて行くメリットとして彼女はムツキがまだ習得していない対近接職特化の型、第二の型の会得している事。
それはきっと現在第一の型の型と第六の型を会得しているムツキの技の幅や経験を広げるのに役に発立つであろうという事。
その結果ムツキの実力のさらなる向上、そして貴重な同年代の実力者と切磋琢磨し合う事により様々な経験を積む事が出来る事。
無論それはプリエラもより型や技の幅が広がり、旅の上でも心強い味方になるはずである事。
――これらの事がエクシアの口から二人へと語られた。
「――そういう事ならこちらには断る理由はありませんね」
「そうね。私たちには断る理由はないわ。だけど――本当にいいのかしら、プリエラちゃん?」
不意にルナがプリエラの心情を見抜いたかのような言葉を投げかける。
「………………本音を言ってしまえば師匠と別れるのは不安と寂しさがあります。……だけど、師匠の言う通りずっとこの村に居ても私は成長出来ないと思うんです。……だから私は貴方達に共に冒険させていただきます」
数秒の静寂の後、プリエラは悲しげな顔を浮かべながらゆっくりと、だがはっきりと自分の意志を述べた。
それは転生を果たした関係で実際の年齢がプリエラの倍――といっても魔族が多く住まうこの大陸では子供同然なのだが――のムツキから見てもとても立派な姿だった。
「……そう。そういう事ならこれからよろしくね、プリエラちゃんっ」
――ニコッ
そう言ってルナは微笑むと一歩前に進み、右手をプリエラへと差し伸べた。
「は、はい! よろしくお願いします! ルナさんっ!」
元気よく返事をしたプリエラもその手を固く握り返す。
「この村は私が守っておく。たとえ先日の化物が来襲しようと、な。だからプリエラ、主はルナとムツキと共に存分に腕を振るい成長して来い。達者でな」
「はいっ、師匠っ……!」
次の瞬間、この数日で初めて見るエクシアの柔らかな笑顔をムツキは目撃した。
――ぽろぽろ
それを見たプリエラの両目からポロポロと大粒の涙が溢れ始める。
その表情は慈愛が満ち溢れており、まさに文字通り天使のような笑みだった。
(多分エクシアさんはプリエラの事を娘……或いは孫のように可愛がっていたんだろうな……。そして孤児のプリエラもまたエクシアさんを本当の親のように……)
「……プリエラ、これをやろう。免許代わりだ」
そう言ってエクシアは背負っていた一本の真紅の槍をプリエラへと投げた。
「こ、これは師匠の至宝『紅竜槍』……! そんな、これを私になんて――」
慌ててそれを受け止めたプリエラの顔が真っ青になっていく。
どうやら相当な業物のようであり、槍に関する知識がないムツキでもそれが一流の物である事がひと目でわかる程だった。
「なに、この村から出ない私は不要な産物だ。主が使え。拒否するようであれば……わかっておるな?」
「うっ……わかりました」
エクシアが凄みのある声と共にプリエラを睨んだかと思うと、すぐに引き下がった。
先程涙は何処へやら。ガクガクと顔を微かに青くしながら震えている辺り何らかのトラウマがあるのだろう。
「……では改めてこの不肖の弟子をよろしく頼む」
そう言い残すとエクシアはその場で踵を返し、家の方角へと歩いていった。
プリエラが徐々に小さくなっていくその背中を見つめる事十秒。不意に彼女はこちらに振り返ると残っていた涙を拭い、笑顔で――
「――槍王エクシア・ノアーズが弟子、プリエラ・ラウレール。これより貴方達と共に槍を振るいますっ! よろしくお願いしますっ!」
――元気な声でそう言った。
こうして二人の冒険に新たな仲間が加わったのだった。




