38.戦いが終わっても、新たな戦いが始まる
「――がああぁぁぁッ!?」
――二人の激突による衝撃と光がルナとプリエラの視界を覆った直後、勢い良くムツキの体は弾き飛ばされた。
それは旗から見てもかなり勢いであり、ムツキはそのままに背後の木へと激突をし、メキメキと音を立てて倒れていく。
――スタスタ
「大丈夫、ムツキ?」
「ぐぁっ……これが……大丈夫に……見えるか?」
「んー、喋れるみたいだし大丈夫なのじゃないかしら?」
「お前な……っぁ……いてぇぇ……」
吹き飛んだ衝撃で何処かを切ったのだろう。
頭部から垂れる鮮血で顔の一部を染めながら呻くムツキの下へと、ルナが微かな笑みを浮かべゆっくりと歩いて行った。
「これ絶対骨が何本か逝ってるぞ……」
「ふふっ、安心しなさい。腕が千切れたりでもしているならともかく、骨折くらいなら私が治してあげるから」
「そりゃありがたい事で……。もう魔力も体力も使い切ったしヘトヘトだぜ……。――つーかルナ、勝敗は聞かなくていいのか?」
「平気よ。だって貴方の顔を見れば勝敗は聞かなくてもわかるものっ♪」
そう言うとルナは機嫌よさ気にぴょこぴょこと揺れ動く尻尾を翻しながら体を先程ムツキとエクシアが激突した地点へと向ける。
するとちょうどそこには煙やら何やらが晴れ――間違いなく激突の衝撃による物だろう――ちょっとしたクレーターのように大地が抉れた光景が徐々に顕になっていく。
「…………」
煙が晴れた地点に広がっていたのは何処か晴れやかな笑顔を浮かべているエクシアの姿だった。
その表情だけを見れば誰もが彼女の勝利を信じて疑わないだろう。
しかしその肩には晴れやかな表情とは裏腹に、ムツキの所持していた片手剣、ヘクトールが深々と突き刺さっており、深蒼色の鎧に彼女の鮮血が伝っていた。
「まさか……この私が、な。ふはははっ! ムツキ、私は主を認めよう。約束通り主らがここを発つまでの二日間、全力で鍛えてやろうぞっ!」
直後、エクシアが陽気な笑顔と共に盛大な笑い声をあげる。
「し、師匠っ! そんな事より早く傷の手当をっ!」
そんなエクシアの下に真っ青な顔をしたプリエラが予め用意していたと思われる救急箱のような物を片手に駆け寄る。
「む、この程度唾でも付けておけば治る。天使の治癒力を舐めるな、プリエラ」
「もうっ、師匠はまたそんな事を言ってっ! そんなんだからこの間も――」
――ワーワーギャーギャー
「なんだか……微笑ましいな」
「ふふっ、そうね。あの子は昔から自分の事に無頓着だから」
二人はそんな弟子と師のやり取りを遠くから微笑ましげに眺めていた。
「まぁとりあえずエクシアの治療はあの子に任せるとして、貴方の治療はさっき言った通り私が行うわ」
「頼む」
「この私に任せなさい。それじゃあ貴方は疲れてるでしょうし、治療が終わるまで少し寝ていなさいな。睡眠魔法をかけてあげるわ」
「へっ、それは……有難い……な」
「――ゆっくり休みなさい。明日からまた訓練やら何やらで大変なんだから」
「そうさせて……貰うよ」
「ん。――穏やかなる風よ。彼の者に安らかなる眠りを――」
ムツキがゆっくりと瞳を閉じると、何処か優しげなルナの詠唱が耳に届く。
それと共に意識が沈んでいき、気づけばムツキは意識を手放していたのだった。
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――キュオ、キュオ!
「……う、うーん……朝、か……?」
相変わらず元の世界での定番と言える雀の泣き声とは程遠い何かの声によりムツキは目を覚ました。
窓からは朝日が差し込んでいる。
どうやらあの後エクシアの家に運ばれたらしく、見知らぬ天井と慣れない感覚の布団の上にムツキは横になっていた。
「あら、おはよう。ムツキ」
ゆっくりと身を起こすと不意に右側から聞き慣れた声がしたのでそちらに顔を向ける。
「ルナか。……昨日はありがとうな。体の痛みがほとんどないぜ」
そこには案の定、とでも言うべきか。長杖や魔石、回復薬を床に広げ点検やら何やらを行っているルナの姿があった。
「ん、気にしないで。それより目が覚めたなら裏にエクシアの光属性の浄化魔法の応用で作った、簡易的なお風呂があるから浴びてきなさい。昨日の戦いで付いた汗やら泥やら汚やらを流したほうがいいわよ」
「そんなのがあるのか……。天使族の魔法ってすげぇな。まぁそういう事ならお言葉に甘えさせてもらうよ」
「そうしなさい。ああ、それとその後に朝食を食べたら早速訓練をするらしいから覚悟を決めておきなさいな。二日間で第六の型を習得する以上、かなり厳しいし夜までやるはずだから、ね」
「わかってるよ。それじゃあな」
――ガララッ
「おぉ……思ったより広いな」
エクシアの家が村の外れにあるためだろう。
四方を柵で囲い、家の裏庭のようなスペースに作られた風呂場の面積はムツキが想像していたより遥かに広かった。
恐らく湯船には数人が入っても尚快適な時間を過ごす事が出来るだろう。
――ざぶーん
「……ふぅ……やっぱり風呂は最高だぜ」
軽く体を清めてから湯船に入ると心地よい温度のお湯が戦いの疲労が残るムツキの体を包み込む。
ふと仕組みが気になりお湯がとくとくと湧き出ている地点に目を向けると、そこには光り輝く手のひらサイズの魔石が設置されており、どうやらそこからいい感じの温度のお湯が出ているようだった。
魔石とは何と便利な代物なのか、ムツキは内心でひっそりと魔石への感謝の念を送っておく事にした。
「あー……幸せだ……。ここなら前のランコンの街のようなトラブルも起きないだろうしずっと浸かっていたいぜ……」
以前こういった風呂に入った際は自身にも被があったとはいえ、ルナとの間に思い出したくもないトラブルがあった事をムツキは未だに心の傷として覚えていた。
しかしここならばその心配はない。
心置きなく何の心配もする事なく風呂に浸かっていられる。
そんな平和な状況が今のムツキには幸せだった。
――そんな時だった。
――ガララッ
「…………え?」
「あら、ムツキちゃん。貴方も来ていたのねっ」
ギギギと、まるで壊れる寸前のロボットのような動きで扉の方へと顔を向けるとそこには一糸纏わぬ姿のプリエラが居た。
――平和は長くは続かないのであった。




