37.左手に剣を、右手に杖を
(こうなったらやるしかねぇ……!)
――ムツキは心の中で覚悟を決めると、自身のありったけの魔力を全身へ、そして片手剣――ヘクトールへと集中させる。
さらにそれと同時に空いた右手に魔法の袋から取り出した短杖を構えそちらにも同様に魔力を流し込んでいく。
それによりムツキは自身の体に力が満ちていく感覚と共に、両手の武器もまた彼の魔力に反応しゆっくりと蒼白の光を帯びていった。
――ゾクッ
「なっ……!?」
「っ……!」
「ふふっ……」
ムツキの体内に秘められた驚異的な魔力が一気に武器へと流し込まれていくのを察知したプリエラとエクシアの顔が僅かに強張る。
ちなみにルナだけはそんな二人と対照的に微かに、だが何処か自信を感じさせる笑みを浮かべているのだが。
「……プリエラとの戦いで魔力を消耗しているにも関わらずこれ程の……ふっ、そうでなくてはなッ……!」
そう言うとエクシアの槍もまた魔力に反応し、ムツキに対抗するかのようにしかし彼のものとは異なる魔力光である、緑白の光を帯びていった。
「……万能であり全ての基本である第一の型と私の攻撃特化の第六の型では相性上でも重ねてきた経験値上でもムツキの方が不利。常識的に考えれば私の勝ちは揺るがない」
「…………」
「だが……そんな劣勢な状況を君なら覆してくれるかもしれない――そんな期待をその力を目の前で感じる事で私は少しだけしている。失望させてくれるなよ、ムツキ?」
「……ご期待に添えるかはわかりませんが――俺の全力で行きますよ、エクシアさん」
「それで良い……では――行くぞッ!」
――ゴッ
爆風と共に再びエクシアの姿が掻き消える。
つい先刻。二人が出会った当初ではムツキが全く対応できなかった動きと速度――いや、それ以上のものが間違いなく発揮されていた。
これこそがエクシアの本気なのだろう。
もしムツキがあの時、そしてプリエラとの戦いを終える前から全く成長していなければこの瞬間、ムツキは目にも留まらぬ速度で眼前へと出現するエクシアの豪槍の一撃により戦闘不能に追い込まれていただろう。
しかし――
「氷蔓ッ!」
「くっ……!?」
――ムツキは成長していた。プリエラ、そしてエクシアという強敵との戦いの中で確実に。
故に彼はエクシアの動きに反応し、彼女が自身を仕留めるにあたって最も最短かつ有効的な経路――つまり二人を直線上で結ぶ地点に氷蔓――第八位の氷属性魔法であり、指定した地点に侵入した相手を蔓で絡めとり動きを止めるもの――を展開する。
彼女の性格であれば、そして突きという直線的な攻撃が最も強力な武器である槍を活用するのであれば必ず一直線に突っ込んでくる。
ムツキはそう判断したのだ。
それは結果的に功を奏し突撃してきたエクシアの足元から素早く十数本にも上る氷の蔓が展開され、右足を雁字搦めにする。
ちなみに通常の魔法使いであれば出現する蔓の数はニ本から三本だ。
しかしムツキの持つケタ違いの魔が注ぎ込まれた氷蔓はその蔓の数、そして一本一本の太さも通常の氷蔓とは比べ物にならない程の物であり、それがエクシアをしっかりと拘束していた。
「今だッ! これで決めてやるぜッ!」
当然そんな千載一遇の好機を逃すムツキではない。
魔法の発動とほぼ同時に素早く剣を振るう上でデッドウェイトでしか短杖を投げ捨てると、ヘクトールを両手で握りる。
――剣は片手で振るよりも両手で持ち、両手で振るった方がその威力もスピードも遥かに早い。
それ故の行動だった。
――もし相手が並の相手であれば次の瞬間にはムツキは勝利していたであろう。
何しろ相手は身動きが氷の蔓に右足を拘束された事で身動きが取れず、さらに極寒の蔓から発せられる弱体化効果により体温と同時に自身の魔力を奪い取られるのだから。
さらにその一本一本の蔓がムツキの魔力により規格外の力を発揮している事も相まって、並の相手なら一瞬で全ての魔力を奪い取られ枯渇していたはずだった。
――だが、残念ながらムツキの相手は並では無かった。
「――舐めるなッッッ!!」
エクシアはムツキの剣が自身に到達するよりも早く槍を足元に突き立てる。
「光の放出ッ!」
次の瞬間目を覆わんばかりの光が大地を切り裂き大気を揺るがす。
それは瞬く間にムツキの氷蔓を消滅させる。
(チャ、詠唱無視!? しかも光属性の第七位魔法をッ!?)
光の放出。それは第七位の光属性魔法であり、光の魔力により自身にかけられている弱体化魔法や、それに近しい効果を無効化する防御系の魔法だ。
そんな高位の魔法を詠唱無視で発動するという荒業は並大抵の魔法使いは勿論、恐らく光属性の魔法に長けた天使でも可能な者はそうは居ないだろう。
しかしムツキの目の前に居るエクシアはそれをやってのけたのだ。
「喰らえッ! 第六位の戦技――中位三連刺突ッ!!」
光を切り裂くようにエクシアが薄緑色の魔力光を帯びた穂先をムツキの胸元へと振るう。
「っ!――下位二連剣戟ッ!!」
それに対しほぼ本能レベルの反射でムツキもまた素早く剣を振るう。
そして次の瞬間互いの武器と武器が空中で激突し、夥しい魔力のぶつかり合いによる光が周囲を包み込んだのだった。




