31.嫌な予感は大体当たる
――カチャッ
「――それで来てくれたのは嬉しいが、わざわざお前がなんでこんな辺鄙な所に来た?」
ルナとエクシアは互いに椅子に腰掛け、ちょっとした世間話を終える。
それからカップに注がれたカーフォと呼ばれる、元の世界でのコーヒーに近い飲み物に口を付けながらエクシアが問いかけた。
その物腰には何処と無く気品が感じられる。
武力を磨く旅に出るような変わり者とはいえ、流石は天使といった所だろう。
(なんとなーくだけど俺をこの世界に送ってくれた神様と顔立ちとか雰囲気が似ている気がするな。というか天使特有の羽がないけど、なんでだ?)
「実はこの子に魔力の使い方や、型を仕込んで欲しいのよ」
ムツキがそんな事をぼんやりと考えていると、ルナが本題を語り始めた。
「……なるほど。お前の頼みなら断れないな。期間はどれくらいだ? 一年か、それとも二年か?」
「――二日よ」
「…………は?」
カップを持ったままエクシアがピタッと停止する。
(まぁ当然そうなるよなぁ……)
――型の習得には種類によるが通常短い者でも三年、長いものでは十年かかる。
だがそれは一つ目の型を覚える場合の話であり、二つ目の型を覚えるとなると、その期間はさらに跳ね上がるはずだ。
それを二日でどうにかしろと言うのだから、エクシアの反応は当然と言えた。
「……お前の冗談は相変わらずつまらないな」
「あらっ、冗談じゃないわよ。私は本気よ?」
「……二日で何が出来ると思っているんだ? そこに居る弟子のプリエラでさえ第二の型を覚えるのに半年かかったんだ。ああ、言っておくがコイツは優秀だ」
エクシアが自身の隣に座っている弟子――プリエラへと視線を向ける。
「第二の型……確か対人特化の型だったかしら?」
「そうだ。私が覚えている型の一つの第六と比べれば難度は低いが、それでも半年は破格だ。コイツの前であまり褒めたくないが、優秀だよ。コイツは間違いなくな」
「ありがとうございます、師匠」
プリエラと呼ばれた赤髪の少女が嬉しそうに顔を綻ばせる。
(エクシアさんの言う事は正しい。俺が第一の型を覚えるのに時間がかからなかったのは、あくまで長い間ボレズンおじさんの剣技を間近見ながら型や構えを盗んでいたからに過ぎない)
ムツキは冷静に自身を分析していた。
もし子供の頃から稽古をつけてくれていたボレズンの動きや構えを日々盗み、鍛錬をしてなければたった数日で及第点程度とはいえ、物にする事なんて不可能だったはずだ、と。
「あら、それを言うなら私のムツキも優秀よ?」
「ちょ、ルナっ!?」
その直後、何故かルナがエクシアを挑発するかのような笑みを浮かべる。
(というか私の、ってなんだよ!?)
「……ほぅ」
それに対しエクシアもニヤリと笑みを浮かべる。
「ムツキはなんと十六歳という若さで、街を襲った中位冒険者のパーティーを十秒で壊滅させる化物を二体倒す程の実力よ。しかも位階は第八位まで使えるわっ」
「ふん。それを言うなら私のプリエラも、ジャイアントバジリスクを単身で仕留める程の実力で七位までの技を使える。しかも年齢は十五歳だ」
(まるで子供を自慢する親同士の会話になってるぞ……)
「ぐぬぬ……十五歳で第七位まで使える上にあのジャイアントバジリスクを?」
ルナが少しだけ悔しそうにとある魔物の名前を呟く。
――ジャイアントバジリスク。
それは大陸の南部の砂漠地帯に稀に出現する巨大な魔物だ。
その力は凄まじく、また討伐後に回収できる鱗や牙の価値の高さから中位から上位冒険者のパーティー10個程度で挑むのが定石な程である。
「それに下手に短期間で型を教えれば中途半端な習得により、彼の持つバランスや感覚が歪み、いざという時に危険に陥る可能性があるぞ」
「ムツキなら大丈夫よ。あと確かにジャイアントバジリスクは強いけど――ムツキがその時に倒した化物――魔導外骨格の方が絶対に強いわ」
「……私はその魔導外骨格という敵を知らないが、何を根拠に。というかお前は相変わらず無茶を――」
「――根拠は私よ。かつて貴方やあの子達を始め、大陸で数々の戦士を見てきたこの私の目と経験がそう告げているのよ」
「ちょ、ルナ……流石に無理を言い過ぎなんじゃ……」
自身を持ち上げてくれるのは嬉しいが、いくらなんでもやりすぎな気がした。
何故かムツキには彼女が焦っているようにすら見えたのだ。
「……敢えて言わなかったが……やはり、か。――それはつまり、彼女達以上の才覚と実力を彼は持っていると見ていいのか?」
「構わないわ。ムツキに足りないのは経験と、手数や魔力の制御。それ以外は間違いなくトップクラスよ」
(なんか話がよくわからない方向に……。あの子や彼女達って何の事だ……?)
「……ムツキ、とか言ったな」
「は、はいっ!」
エクシアの視線がこちらに向けられる。
その瞬間彼女から、感じたこともない程の強いプレッシャーを感じる。それこそ思わずその場から後ずさってしまいそうな程に。
(――まぁ、魔導外骨格と対峙した時に比べればマシだけどな)
それでもムツキが後ずさる事無く済んだのは間違いなくクリスタルボアや、魔導外骨格との戦闘で幾度と無く死線を超えたからだろう。
「ふむ、私の『神気』を受けても平気か。――面白い。プリエラっ!」
――どうやらそれは神気とかいう何らかの技だったらしい。
彼女が視線を緩め、弟子の名前を呼ぶのと同時にムツキを襲っていたプレッシャーもフッと収まるのがわかった。
だがその表情にはとても楽しげなものが浮かんでおり――
(――なんかめちゃくちゃ嫌な予感がするぞ……)




