30.槍王エクシア・ノアーズ
――ギィッ
「毎度ありっ!」
――バタンッ
「…………っ」
店から退出したムツキの顔はまるで林檎のように真っ赤だった。
その理由は至って簡単だ。
「――ぷぷっ、とてもよくお似合いでしてよ、お嬢さん」
「う、うううるさいっ!」
そう、何故なら今の彼は店主の好意で貸し出してくれた、可愛らしいふりふりなピンク色のワンピースを身に着けているからだ。
悲しいかな。本人の感情とは別に非常に似合っている。
――あの後、『剣の訓練をするかもしれない』という事を完全にいたずらっ子な笑みを浮かべたルナが伝えた所、昔冒険者をしていたらしい店主の妻が着ていた服を『低位だけどこの服は魔法により強化されているし、汚してもいいから持っていけ』
という事で好意で――ムツキにとっては不運だが――これを貸し出してくれたのだ。
人生の経験でとてつもなく嫌な予感がしたムツキは、慌ててそれを断ろうとしたが、完全にノリノリなルナがそれを心よく受け取った挙句、店の奥から出てきた奥さんに『誰にも使われないより、使われたほうがその服も幸せさねっ! お嬢ちゃんなら似合うよっ!』
――と、元気よく言われたため断れなくなり、何やかんやあって結局これに着替えるはめになったのだった。
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「――絶対貴方には男物よりも女物の方が似合うって思ってたけど、ホントに似合うわねっ」
「んな事言われても全く嬉しくねぇ……。つーか絶対これ将来にトラウマになってるぞこれ……」
男なのに女の服装で街を歩くとか、ちょっとした特殊な性癖をお持ちの方じゃないと有り得ないはずだ。
「大丈夫大丈夫っ。本当によく似合っているからっ」
「全然大丈夫じゃねぇよ……」
そう言って満面の笑を浮かべるルナに対して、ムツキはこの世の終わりのような表情を返す。
実際とても似合っているのだが、彼には特殊なプレイの一つにしか思えない。
「さっ、とりあえずあのおじさんが教えてくれたエクシアの家に向かいましょうか、お嬢さんっ」
「お、お嬢さんって言うなっ! 男なのにこんな格好をしているのがそのエクシアさんって人にバレたら完全に俺は変態じゃねえかッ!」
――ちなみに二人が剣の訓練をするかもしれない、という旨を伝えた後にルナがエクシアの旧知の仲だという事を知ると、店主とそも奥さんは快く彼女の住んでいる家の場所を教えてくれた。
どうやらエクシアは付近の魔物を狩ったりする等して、村ではちょっとした有名人らしい。
「ああ……やべぇ、超行きたくねぇ……」
「あらあら、体調でも悪いの?」
「だ、誰のせいでこんな気持ちになっていると思って……!」
「うふふっ、冗談よっ♪」
――その後二人は互いに言い合いを繰り広げながら――正確にはルナがムツキを一方的に誂い続けただけだが――エクシアの家へと向かったのだった。
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「多分ここだな」
「ん、そうね」
15分程村を歩いた後、二人は村の外れにある木造の家屋の前に立っていた。
一見するとその外観は何処にでもありそうな家であり、とても天使が住んでいるようには見えない、が。
「なぁ……本当にこの格好で会わなくちゃいけないのか?」
ムツキが心底嫌そうな顔をしながらルナへ問いかける。
「いいじゃない。というかもういっそ女の子って事で通しちゃえば?」
「嫌だよっ! 何さらっととんでもない事を言ってるんだよっ!? つーかまずいだろ、色々と!」
「あら、そうかしら?」
ルナが眩しいばかりの笑顔をムツキへと向ける。
「お、お前なぁ……!」
――プルプル
(元々そういう雰囲気はあったとはいえ、一緒に死線を乗り越えてからルナが表面を取り繕わなくなったから、色々とコイツの性格が明らかになってきたぞ……)
――ガチャッ
「騒がしいわねっ。エクシア師匠に何か用――ってあら、貴方達はさっき服屋に居た……」
そんなやり取りを扉の前でルナと交わしていると不意に扉が開く。
すると中から服屋の入り口で出会った赤髪の少女が出てきた。
「君はあの時の女の子……」
ムツキと少女の視線が交錯する。
「――どうした、プリエラ。客人か?」
そんなやり取りをしていると奥から瑠璃色の金属鎧を纏った、美しい金髪の女性が出てくる。
「久しぶりね、エクシア。いえ、槍王『エクシア・ノアーズ』って呼んだ方がいいかしら?」
「ルナ、ルナ・ノワールか……!?」
ムツキの背後に居たルナがぴょこんっと顔を覗かせる。
その動きや、豊かな狐の尻尾がふりふりと振られている事から嬉しそうだ。
対する女性――エクシア・ノアーズの表情も、ルナを確認するとみるみるうちに喜色に染まっていったのだった。




