29.スカートが似合う少年
「……着いたな」
「着いたわね」
――二人は魔王都バレスの道中に存在する村『ディスア』に到着していた。
ランコンの街と比べればその規模は小さく、人口はおよそ千人程度しかいない。
「と、とりあえずエクシアに会いに行く前に服屋に行きましょうか」
「お願いします……」
――片手でお尻を抑えながらムツキが言った。
破れた箇所は、歩き続けた事で当初よりかなり広がっている。
つまりほぼパンツ丸出しである。
「――おお。その首元の証、君たちは冒険者だね。この村に冒険者来るなんて珍しい。ここには特にこれといった名産や任務もないはずのにどうして村に来たんだい?」
そんな会話をしている二人の所にいかにも村人、といった感じの獣人が声をかけてきた。
どうやら首元の冒険者証を見て、二人を冒険者と見抜いたようだ。
「…………ました」
――ボソッ
それに対しムツキが、顔を俯かせながら何かを呟く。
「え? ごめん、聞こえなかったからもう一回言ってもらっていいかい?」
「ず……ズボンを買いに来ました……」
顔をあげたムツキの顔は絶望と羞恥に染まっていた。
「そ、そうなんだ。この村にわざわざズボンを……? か、変わってるね、君……。ああ、服屋を探しているならそこの角を曲がって三軒目だよ」
「あ、ありがとうございます……」
羞恥心やら何やらで半分涙目になりながらムツキはお尻を抑えながらそそくさと歩き始める。
その背中をクエスチョンマークを浮かべた村人が見送っていった。
「ここか……!」
「そうみたいね。看板に服の絵が描いてるあるし」
(ようやく新しいズボンが買える……!)
内心で歓喜しつつもムツキが服屋の扉に手をかける。
不運にも突如として破れたズボンをようやく買えるであろう事に歓喜しながら。
――ギィッ
「毎度っ!」
「おじちゃん、また来るよっ!」
「おっとっと」
するとそれと同時に赤髪の少女(?)が元気よく扉から飛び出してきた。
疑問形なのは長い髪や顔立ちは少女らしいのだが、服装が男物のためだ。
(常連、って感じだしこの村の子かな?)
二人の身長がほぼ同じ――厳密にはムツキの方が僅かに高いのだが――で、見た目的にもムツキと同年代の少女だと思われるが、この魔大陸ではルナのように見た目と年齢が一致しない者が多いため何とも言えない。
少女は一瞬だけ見慣れない存在である二人が珍しかったのか、視線を向けてきた後にその勢いのまま村の奥へと走り去ってしまった。
(元気そうな子だったな。まぁいいや。とりあえず今はズボンを買わなくちゃ……!)
ムツキは最優先事項である、新たなズボンの購入を果たすべく、再び扉に手をかけた。
――ギィッ
――扉を潜ると衣服店独特の香りが二人の鼻腔をくすぐる。
中はそこまで広くはないが、男物や女物の布や皮、そして少数の金属系の様々な服や防具が所狭しと置いてある。
金属の物がほとんどないのは、冒険者向けではなく村の住人向けの服が多いからだろう。
「お、いらっしゃい。見慣れない顔だね。旅の方それとも、冒険者かい?」
「はい。お察しの通り冒険者ですね」
中に入ると愛想良く声をかけてきた店主へ、首元の冒険者証を持ち上げながら声を返す。
「この村に古い友人が住んでいるから会いに来たのよ」
「なるほどな。大した物のない村だが、くつろいでいってくれ。ちなみにうちには冒険者が欲しがるような魔法を付与したような服はないけどいいのか?」
「大丈夫です。ただちょっとズボンがこんな感じになっちゃったので、新しい物が欲しいだけなので」
ムツキがその場でクルっと一回転をし、破れたズボンを店主へと見せる。
「おう……こりゃ酷いな」
「そうなんですよ。なので魔法とかは別にかかってなくていいので、なるべく物持ちが良いズボンを頂ければ」
店主の居るカウンターへと近づきながら希望の品を伝える。
「なるほど。これなんてどうだ?」
店主が背後の扉から取り出したのは、茶色の一般的な冒険者が身に着けるような布の装備だった。
――だが、一つの問題があった。
それは、これがズボンではなくひらひらのスカートだという事だ。
「あ、あの……出来れば女物ではなく、男物のズボンが良いんですが……」
ムツキが恐る恐るといった感じで店主へと告げる。
「む、これならサイズ的にも見た目的にも嬢ちゃんに似合うと思ったんだけどな」
「……あの、俺は男です」
「……マジかよ。てっきり女だと思ったぜ」
「……ぶっ」
どうやら店主はムツキの事を女だと勘違いしていたらしい。
そのため、正しい性別を店主へ告げるとムツキの背後に居るルナが耐え切れなかったかのように吹き出した。
「……今笑ったよな」
「ご、ごめんなさい。貴方がスカートを穿いている所を想像したら思わず……ぷぷっ」
「ぐぬぬ……!」
彼女に視線を向けると、全く謝罪をする気がなさそうな、心底楽しげな顔で肩をプルプルと震わせていた。
「悪いな嬢ちゃ……兄ちゃん。兄ちゃんに合いそうなサイズのズボンはさっき出て行った子が買っていったせいで、ちょうど品切れなんだよ」
「……え゛?」
ムツキの表情が硬直する。
「何というか、その運が無かったな。この村には兄ちゃんぐらいの子供はほとんど居なくてなぁ。基本的に在庫をあまり持ってないんだよ」
ムツキの脳裏に自身と同じくらいの身長の少女の姿が蘇る。
確かに彼女なら同じサイズの服を着るだろう。
「な、なるほど……」
ムツキの目から光が消え――所謂レイプ目のような状態になる。
「……流石は運Gね」
――ボソッ
ルナが背後から囁くようにムツキを誂う。
咄嗟に何か反論をしようとしするが、実際不運なのは事実なため何も言い返せない。
「ぐぬぬ……!」
「一応二日もあれば新しいズボンを作れるがどうする?」
「じゃ、じゃあそれでお願いします……」
「あいよ。毎度ありっ。謝罪の意味も込めて値段は少しだけまけておくぜ」
「ありがとうございます。おいくらですか?」
「大銅貨四枚でいいぞ」
(新品の布のズボンがそれなら確かに安いな)
「わかりました。前払いで渡しておきますね」
「あいよ」
値段に納得したムツキは魔法の袋から取り出した大銅貨を店主へと渡す。
「ねぇ、ムツキ」
「ん、なんだ?」
その直後不意に背後のルナから声がかかる。
「二日間そのズボンで過ごす?」
「……あ」
――ムツキの表情が硬直した。




