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幕間3.魔王「折羅」



「――あいわかった。妾の支配する各都市にも警戒するように伝達しておくぞ」

「ありがとうございます。折羅様……いえ、それとも鬼姫様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

 折羅サラと呼ばれた女性が広げた扇子を口元へ当てる。


――彼女こそここにいるもう一人の魔王であり、魔大陸の東部を統括する存在だ。


 彼女の種族は額から伸びる一本の角が指し示す通り鬼人族オーガであり、長寿で知られる彼らの種族の中でも取り分けその年齢は高く、六百歳を超えている。

 だがその見た目は六百歳とは到底思えない程に美しく、誰が見ても二十代後半程度にしか見えないだろう。


――これは影で彼女が食事制限を始め、化粧の仕方や生活スタイルまで徹底的に気を遣っているからこそ保てている事なのだが、これを知る者は少ない。


 何しろこれに深入りした者や、年齢の事を口にした者は今頃大陸の東部の荒野で、穴を掘っては埋める作業を延々と繰り返しているか、彼女の腰に下がっている立派な装飾の施された刀の錆になっているのだから。


「ふん、バル坊が言うようになったわ」

「ふふっ、私がこうなったのも偉大なる魔王の先達である貴方のおかげですね」 

 折羅が親しげな様子で年下の魔王のあだ名を呼ぶ。


――一昔前であれば見られなかったであろう、二人魔王が同じ空間に居るという絵面。これもバルバトスが成し得た成果の一つだ。

 三百年前に初めて出会った時はギスギスした関係だった彼らは、今では一人の友人と呼べる関係になっている。

 

「さて、今日妾をここへ呼んだのは何も世間話をする訳ではないのであろう?」

 折羅の目がスッと細められる。

 その口元は広げられた扇子で覆い隠されたままだ。


「ええ。勿論護衛を信用できる者だけかつ最低限にし、王城ではなくここで話し合うのにも理由があります」

「ほう……」

「――実は最近私の周囲を飛び回る蝿が喧しくて敵わないのですよ。それで少々黙ってもらうために餌を与えたのですが、そこでどうやら飛び回っていたのは蝿ではなく、蜂だったとわかったのです」

「……間者、か?」

「その通りです」


「ならば叩けば良いじゃろう。そなたの力なら蜂を叩く事くらい造作も無かろうに」

「それがどうやら蜂は私の目を盗んでこの大陸の至る所に蜂の巣を作っているようでしてね。下手に叩くと色んな所から働き蜂を呼びかねないのです」


「ふむ……バル坊の目を盗んでそれ程の事をする、か……。敵は何者じゃ?」

「憶測はついていますが、まだ確証はありません。確かな情報が掴め次第すぐに報告します」

「憶測……か。まぁこのような行いをする奴のおおよその当てはつくがな」



「……それはそうと折羅様。二日前、我が領土内で二箇所ほぼ同時に襲撃事件が起こりました」

「っ……! バル坊の所もか」

 折羅の扇子を握る手に力が籠り、わなわなと震え始める。

「やはりそちらもですか。こちらは一つの中規模の村が壊滅。生存者は二名。もう一つの街は甚大な被害を出しつつも敵三体の内一体を撃破。二体の撃退に成功。そちらはどうですか?」


「……妾の所もニ箇所同時の襲撃じゃ。片方は魔物との最前線の一つ、城塞都市『玄武』。そこには多数の常駐戦力とたまたま最上位冒険者のチーム『清浄乃福音』が滞在していたため、敵三体の撃破に成功。被害も軽微じゃ」

「流石は千年以上魔物と戦い続けてきた最古の城塞都市玄武ですね」

 バルバトスが折羅へ賛美の言葉を送る。

 だが折羅の顔は晴れない。


「……じゃが、もう一方の奴らは妾の住まう城に直接仕掛けてきおった」

「――なんと……真ですか?」

 バルバトスが驚愕に歪む。常に冷静であり、ポーカーフェイスな彼がこんな表情をした所を見れば、彼の事をよく知る者は驚愕するだろう。


「奴らめ、上空から魔壁をまるで紙のように破って侵入してきおったわ。数は四。最終的に全ての撃破に成功するも、火の巫女と風の巫女。さらに鬼兵隊の三割が喰われた……!」

 折羅の目が憤怒に釣り上がり、彼女の纏うオーラが真紅に輝き、周囲の大気が僅かに震える。

 よく見れば足元の頑丈そうな石の床にもヒビが入り始めている。

「心中お察しします。ですが、今はどうか冷静になっていただければ」

「……すまぬ」

 スッと表情から怒りが消え、大気の震えも収まっていく。


「他の魔王にも伝言魔法メッセージで確認済みですが、北部の街ランコンや西部の『ファラル』でも同様の襲撃事件が起きているようです」

「……つまり何者かが、魔大陸の全域に同時に襲撃を行った、と?」

「その可能性は極めて高いかと。また、先の間者もこれらの事件と関係があると見て調査しております」


「なるほど。……妾は首謀者を見つけたら徹底的に痛めつけてから殺すつもりじゃ。巫女や部下の仇、討ってみせる」

「私もそうするつもりです」

 二人が互いに凶悪な笑みを浮かべる。それは魔王に相応しい物だった。 


「さて、あのような話の後に申し訳ないのですが、一ヶ月後に実行予定の対魔物の大規模間引き作戦、予定通り折羅様も参加でよろしいでしょうか?」

「構わん。如何ような理由があろうとも間引きを行わなくては――『繊月の日の悪夢』の再来となりかねないから、な。作戦の際には再編した兵や巫女の半数と共に妾も来るつもりじゃ」

「ありがとうございます。現在今回の合同間引き作戦に備え、各地から優秀な冒険者を集めておりますので、成果を期待してくださって結構です。中でも伝言魔法メッセージによれば、ランコンの街に面白い冒険者の少女が二人現れたとか」

「ほう。それは楽しみじゃな。名前はわかっておるのか?」

「『暴風』のモルガンの報告では、ムツキとルナという名の人間とモケノーの少女だと聞いています」

――何故か最初ムツキという冒険者を少年と言い間違えていましたが、面白そうに笑いながら少女と訂正していました、とバルバトスは付け加えた。

 


「ムツキとルナ、か。……後者のモケノーは昔何処かで名前を聞いた事がある気がするぞ。フルネームはわかるのかぇ?」

「いえ、ルナとしか聞いていませんね」

「……そうか。まぁ珍しい名前ではないし偶然じゃろうな」


「では一通りの重要な話は終わりましたし、残りの話は上で食事でもしながら話しましょう。蜂に蜜を与えないといけませんしね」

「ぬしも人が悪い。蜜は蜜でも毒入りの蜜、じゃろう?」

「ふっ……」

 二人はほくそ笑むと、部下と共にゆっくりと城内へ続く階段へと歩き始めたのだった。




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