26.夜明けの語らい
「――よっしゃ、これでこの街の冒険者はほとんど揃ったなッ! 野郎共、今日の酒は俺の奢りだ! 英雄様と共に好きなだけ飲めッ!」
「「「「ウォォオオオオォォォ!!!!」」」」
モルガンが店の蔵からでも持ってきたのだろう。無数の巨大な樽を見せつけながら叫ぶ。
すると『コノシュンカンヲマッテイタンダー!』と言わんばかりに冒険者達が街中に聞こえる程の声量で雄叫びをあげる。
「――先に逝った奴らが羨むぐらい飲んで飲んで、楽しみまくれやッ!」
「「「イエッサァァァアアアァァァ!!!!」」」
――木製のグラスに各々の酒を注いだ、様々な魔族の冒険者が群がるようにムツキの周囲に押しかけて来る。
その騒ぎの中で隣に居た淫魔族の少女達は『ちょっと! ムツキ君は私のおやつだから!――』といった感じの不満の声をあげながら、何処かへ流されていった。
横を伺えばルナもムツキ程では無いにしろ、人々に囲まれお酒が溢れるのも構わずどんどん酒を注がれている。
ルナは好意でやってくれている彼らを無碍に扱えないらしく、必死にそれらを飲もうとしているが、一つの口と複数の注ぎ手ではその決定的な戦力差は明らかだ。
おまけに全員が違う種類の酒を注ぐせいで、中身や味はかなり悲惨な事になっている事だろう。
『街を救ってくれてありがとよ、坊主っ!』
『ガッハッハ! 新たな英雄と一緒に酒を飲めるなんざ最高だなッ!』
『礼を言うぜムツキッ! お前がもし奴らを倒してなかったら息子は死んでたッ! 感謝しても感謝しきれねえ!』
『近頃の大陸の噂で人間はいけ好かねぇって思ってたがお前は違うなッ! 最高だぜ!』
『お前うちの奥さんより可愛いし嫁に来い! 安心しろ俺は男でもイケる口だッ!』
『悪いことは言わん。ムツキよ、我ら鬼族の冒険者パーティー『鬼神乱舞』に婿とて来るのじゃっ! 一族総出で歓迎するぞっ!』
『ほれほれ、主役はそんなジュースじゃなくて酒を飲め、酒を!』
周囲から無数の感謝の言葉と共に、不穏な言葉――主に求婚の言葉、特に男からの物――が聞こえてくる。
さらに元々ジュースを入れていたグラスへ次々とお酒が注がれ、無理やり飲まされてしまう。
(一応中身はとっくに成人しているし、オークの村では十六歳で成人を迎えるから、お酒は特に問題ないけど、こんなに飲まされて俺は果たして耐えられるのか……!?)
───────────────────────────────────────────────────────────
――結局それから夜が明けるまでムツキとルナはもみくちゃにされ続けた。
(ああ……夜明けだ……。つーかこいつら散々酒を飲ませて、絡んだ挙句寝やがった……)
ムツキの周囲には無数の冒険者や、途中参戦してきた魔族の一般の人々が大きなイビキをかきながら寝ていた。
ちなみに少し離れた所では元気な者が僅かだが、引き続き酒盛りをしている。
流石のバイタリティである。
「うっぷ……ひどいめにあったわね……」
隣に居るルナが普段は綺麗に整った銀髪のロングヘアーや、尻尾をぼさぼさにした状態で呟いた。
その頬は真っ赤に染まっており、彼女が呼吸する度に強い酒の匂いが漂ってくる。
恐らく相当飲まされたのだろう、とムツキは考察する。
――結局夜明けまで誰かが満足して立ち去ったり、寝落ちした瞬間次の誰かが主役である彼らと話すために訪れ続けたため、その渦中に居た二人は寝る事を許されなかった。
そのため死屍累々のど真ん中に居て尚、二人は起きていた。
「ええ。でも……感謝されるのは悪い気分じゃありませんでしたね」
「……そうね。ふふっ、こんなに楽しい気分だったのは何十年振りかしら……」
二人の表情は疲れきっていたが、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。
(こうやってたくさんの人にお礼を言われて改めて実感出来たけど、俺は人の命を救えたんだ……。奪われしまうかもしれなかった命を――)
ムツキは眠い目を必死に抉じ開けながら、徐々に昇ってくる太陽を一瞥する。
(――本来ならあの時死んでいた俺にせっかく与えられたこの力と命……。全員なんて高慢な事は言わない。冒険をしながらこの手の届く範囲、そして出来る範囲で良い。誰かを守るために、使ってみるのも悪く無いかもな……)
「――いい表情じゃない」
「え?」
そんな事を考えていると、不意に横に居るルナが声をかけてきた。
「今の貴方、とてもいい顔をしているわよ」
「ふふっ、ありがとうございます、ルナさん」
「――ルナでいいわ。それと敬語も禁止、いいわね?」
「わかりました、ルナさ――ルナ」
「んー……及第点としましょうか」
――クスッ
気づけばどちらからとでもなく、二人は互いに笑みを浮かべていた。
「――そうそう。さっき言い損ねていた事なんだけどね」
「あ、ああ……。あの時の――」
ムツキの脳裏に、上気した頬と共に上目遣いの視線を向けてきたルナの顔が蘇る。
ドクン、とムツキの心臓が高鳴る。
――その理由と意味さえ、本人は気づかないままに。
「――ムツキ、貴方さえ良ければ、一緒に冒険に行かないかしら?」
そう言ってルナが左手を差し伸ばしてきた。
「貴方が向かうっていう魔王都には人がたくさん居るでしょうし、実は魔導外骨格の情報収集のために私もちょうど向かおうと思ってたのよ」
「なるほど。そういう事なら喜んで、お供しま……するよ。ルナ」
「うん、よろしい」
「まぁ、俺達ならちょうど前衛と後衛でバランスも良いです……良いしな」
――ギュッ
――ルナの左手を、少しだけ照れくさい想いを抱きながらもムツキは固く握り返す。
「ふふっ、ありがとう。お互い実力と連携はあの戦いで実証済み。頼りにしているわよ、ムツキ」
「こちらこそ。頼りさせてもらうぜ、ルナ」
――互いに顔を見詰めながら手を絡ませあった二人を、昇り始めた朝日が静かに照らしていた。
幕間を挿入した後に、次回から新章突入になります。キャラが増えたり舞台が広がったりします。
よろしくお願いします。




