幕間1.蠢く影
――ランコンの街から数十キロ離れた地点に存在する丘の上に、漆黒のドレスを身に着けた一人の少女が居た。
その手には単眼鏡が握られており、つい先刻までランコンの街の様子を覗いていたであろう事が伺える。
そんな少女年齢は十代後半といった所だろうか。髪の色はドレスと同じ漆黒で、緩くウェーブを描きながら背中まで伸びている。
そして左右で紅蒼とそれぞれ違った色の――所謂オッドアイの瞳と、非常に整った顔立ちを持っているが、その表情にはまるで感情が無く、まるで人形が突っ立っているような不釣合いな雰囲気を身に纏っていた。
「所詮は旧時代の劣化品の試作型とはいえ、まさか全滅させるとは、な。……ふん、この田舎にはモルガンとその部下の風精以外に碌な戦力は居ないって報告だったが、どうやら情報部は性格だけじゃなくて鼻も腐っているらしいな。実験台として敵を殲滅するどころか、こちらが全滅させられるなんて……」
先程まで人形のようだった少女の顔が憎々しげに歪む。
「――隊長、試作型の戦闘データの回収が完了しました。街に潜ませていた斥候との合流も無事に――」
「――ここでは魔大陸の言語以外は喋るな、と教えたはずだが……?」
そんな少女の背後から軍馬に跨った十代前半ぐらいの金髪の少女が声をかける。
しかしその言語は先程まで黒髪の少女が話していたものと、異なる言語だった。
だが金髪の少女は、すぐに隊長と呼ばれた黒髪の少女の殺気の篭った視線を受け、息を呑むと同時に全身を強張らせる。
――ミスを犯せば仲間でも、そしてどんな立場の人間でも殺す。
彼女はそんな人間だというのを再認識したのだ。
「し、失礼しました。今の我々は魔大陸に住む人間、という設定でしたね……」
「そうだ。……今回は見逃してやる。データの回収が終わったのなら引き上げだ。伝言魔法で竜騎兵に連絡を入れろ」
「はっ! 隊長、それともう一つの報告が」
「……なんだ?」
「……例の魔王都バレスとポラリスの二都合同による、対魔物大規模間引き作戦……それと同時に行う例のアレを魔王は予定通り実行に移すと、間者からの報告がありました」
「ふむ……。場合によっては仕掛ける必要があるな。竜騎兵共について伝えておけ」
「了解ですっ!」
「……穢らわしい魔族が」
少女はそう言い残すとその場で踵を返し、丘から立ち去ったのだった。




