2.異世界への転生
「――――う、うーん……?」
――夢月が目を覚ますと、そこは病院の一室ではなかった。
一言で言えば、そこは不思議な空間だった。
「あ、あれ……俺って死んだはずじゃ……」
空を見上げると雲の隙間からは様々な色の綺麗な光が差し込んでいる。
そして足元を見れば、ふわふわとした雲のようなものに覆われている。
そんな幻想的な光景が何処までも広がっていた。
「もしかして……ここは……天国……?」
――到底現実の世界の話では有り得ない光景だった。
そして彼にはあの時病院で自分が死んだという認識があった。
故に夢月がここを天国だと思うのは当然と言えた。
『――あら、目が覚めましたか。雨宮夢月よ』
「っ!?」
そんな時、背後から不意に何処かエコーがかかったような女性の声が響き渡る。
慌てて夢月がその声のした方へと振り返ると――
「か、神……様……?」
――そこには夢月がこれまで見た事がないような一人の美しい女性が居た。
その目鼻はとても整い、まるで絹のように艶やかな金髪が腰まで伸びていた。
恐らく彼女のような存在が街を歩いていれば男女問わず全員がその美しさに釘付けになるだろう。
完成された芸術品。そんな言葉が似合う存在がそこに居たのだ。
『ふふっ。神様、ですか。正確には違うのですけど、まぁそんな所だと考えてくれて構いません』
神様がくすっと微笑みかける。
その微笑みは夢月にとって地球上にあるどのような絵画に描かれた神々よりも魅力的に感じた。
まだ初心な少年にそれは少々破壊力が高すぎたようで、夢月は照れ故に思わず少しだけ視線を逸らしてしまう。
「えっと……貴方が俺を天国へ連れて行ってくれるんですか……?」
目を逸らしたまま、話題の転換も兼ねて夢月は疑問に感じた事を神様へと問いかける。
『その通りです。――と言いたい所なんですけどね』
神様が先程の慈愛の篭った笑みから、クスッとまるで子供のようなイタズラっぽい笑みへと表情を変える。
「え?」
『夢月は先程元の世界で死んでしまう直前に、『死にたくない』と願いましたね?』
「は、はい。…………俺はその、元々短命だっていうのは覚悟していたので、後悔が無いように生きてきたつもりでした。だけど――」
『――もっと生きてみたかった。そして一度でいいから元気な体で大地を自由に走り回ってみたかった、ですね?』
「そ、その通りです」
自分の心を読まれていた事を内心で驚きつつも、静かに頷く。
『ふふっ、もし私が――健康な体と強い力、そしてこれまでの知識や記憶を持った上で、新たな世界で生まれなおしてみませんか? ――なんて事を言ったらどうします?』
スッと口元へと人差し指を立てながら神様が言った。
彼女の視線は真っ直ぐに夢月を射抜いている。
「っ……生まれ直したいですっ……! 俺はもう一度生まれ直したいですっ!」
即答だった。
――これは夢月自身も気づいていないのだが、彼は常に死を意識してこれまでの人生を生きてきた分、生への渇望は人一倍強い。
その生への渇望が彼に迷う事なく返答をさせる意志を与えていた。
『……そう。私は今言った通り、貴方が願えば夢月をこれまでと異なる世界――『エスペラント』と呼べれる世界へと転生させる事が出来ます。――ただし一度その世界で転生すると天寿を全うするか、何らかの外的要因で死なない限り、後戻りする事は出来なくなります。それを聞いた上でもう一度聞きます。夢月は新たな世界で転生したいですか?』
「はいッ……!」
今度も即答だった。
夢月は瞳に強い意志を滲ませながら、真っ直ぐに神様を見詰めている。
神様もまるでその意志を確かめるように数秒間、彼を真っ直ぐに見詰め、やがてゆっくりと口を開いた。
『――わかりました。それではこれより雨宮夢月を異世界エスペラントへと転生させる準備を整えます』
そう言って女神がまるで祈りを込めるように手を重ねると、夢月の足元に強い光を放つ複雑かつ巨大な魔法陣が出現する。
「こ、これはっ……?」
『夢月をエスペラントへと送り出すための魔法陣です。これより夢月は私と異なるとある女神が見守っている大陸に存在する『エルピディア王国』の王都『エルダ』へと王子として転生してもらいます』
「お、王子としてですか? 俺そんな王子としての教育みたいなものを受けた事がありませんよ?」
まさか王子として転生するとは思っていなかった夢月は胸に抱いた一抹の不安を神様へと問いかける。
『うふふっ、大丈夫です。そこで貴方は赤子として生まれますので、一からその辺は覚えていけば問題ありません。それに貴方には私が持つ力の一部を授けますので、二つの世界の情報量等により脳にかかる負荷とかも考えなくて結構です。つまり貴方はその世界で間違いなく歴代最高の王子として、そして何不自由なく生きていけるはずです』
「なるほど。何というかその……俺なんかのためにありがとうございます」
『ふふっ、気にしないで下さい。――さぁ、間もなく魔法が発動します。そこではどうか、幸せに一生を過ごして下さいね』
――ニコッ
女神が夢月を安心させるかのように微笑みを浮かべる。
「本当にありがとうございます。だけど、どうして俺にこんな色んな事をしてくれるんですか?」
『……しいて言うならこれまで不運続きだった夢月が可哀想だったから、ですかね。それと後は……そうね。神様の気まぐれのようなものだとでも思って下さい』
「なるほど。わかりました」
そう言って夢月が頷くと、足元の魔法陣の光が一際強く真っ白に光り輝く。
それと同時に自身の体が何処かへ引っ張られていく感覚を覚える。
――恐らくこれが転生する感覚なのだろう。なんて事を考えていると不意に魔法陣の光が白から黒へと変化する。
『なっ!?』
それを見ていた神様の顔が驚愕に歪む。
「えっ」
夢月は何だかとても嫌な予感がしていた。
『こ、これは夢月の不運の能力が私の力の限界を超えてっ……!? ダメ、抑えきれないっ!』
――どうやら嫌な予感が的中したようだった。
(あはは……。まぁ、元々運の良い方ではないとは思っていたし、こんなもんだよな……)
『ごめんなさい、夢月っ! 貴方は多分本来生まれるはずの大陸ではなく、別の大陸に生まれてしまいますっ!』
――気にしないでください。もう一度生まれ直させてくれるだけでも神様には感謝していますよ。と夢月は伝えようとするが、既に口はおろか既に指先一本も動かす事が出来なかった。
『いつか必ず――迎えに――ますっ! だか――か――で――』
やがて神様の声が途切れ途切れになると、視界が急速に真っ黒に染まっていく。
それから程なくして夢月は意識を手放したのだった。