17.雷が人に落ちる確率は1/10,000,000
「――あらっ、これはっ、すごいわねぇっ」
身長差のため、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら冒険者カードを覗き込んできたルナが感嘆の声をあげる。
その動きはまるで兎のようだ。いや、狐耳だから狐なのだが。
(なんだこのとんでもない能力は……! ――そしてなんだこの酷すぎる運は……!?)
運Gなんて今まで聞いた事がない。
(もしかして、これまでこっちの世界で生きてきて雷に三回くらい打たれたのはこの運Gとかいう能力が原因か……?)
ムツキはもやもやと自身の過去を想起する。
――もしそうだとすれば雷に打たれても耐えられたのは、この世界の人間が頑丈だからではなく、自身の体がこの能力通りの規格外という可能性がある。とムツキは考えた。
今まで自身以外の人間の種族と出会った事がないため、確証はないのだが。
「どれ、ムツキ。見せて貰ってもいいか?」
「は、はいっ」
また気づけば思考の海へ潜ってしまっていた意識を慌てて呼び起こし、モルガンに促されるがままに冒険者カードを手渡す。
するとみるみるうちにモルガンの厳つい眉が、より厳つくなっていく。
「こ……こりゃすげぇな。しかも魔力はSSって魔王様以上じゃねぇか……」
――ザワザワ、ザワザワ
『魔王様以上だって……!?』『へっ、未来の英雄様かっ?』『男の娘で強いとか最高かよ……』『よっしゃ、俺達のパーティーに入れようぜっ!』『いやいや、彼は私達淫魔族のパーティーで可愛がるからっ! 色んな意味でっ!』『下がれビッチッ! あの子は同じ黒髪を持ちし、我らが鬼人族が仲間にするのじゃっ!』
恐らくルナの一件から聞き耳を立てていたのだろう。
マスターの声を聞いたらしい周囲の冒険者から口々に驚愕や感嘆の声があがる。
(なんかいくつかとんでもない内容の声が聞こえた気がするが、気のせいって事にしておこう……)
「む、ムツキ。もしかしてお前両親がどっかの人間の国の王だったり、魔王様なんて事は無いよな?」
モルガンが恐る恐る、といった感じで質問してくる。
「それはないのでご安心を。もし運良く優しい両親に拾われなければ野垂れ死んているような孤児でしたよ」
「むむむ、そうか……」
(この異常の心当たりがあるとすれば……神様だよなぁ……)
ムツキの脳内に自身をこの世界に転生させてくれた美しい女神の姿が思い浮かぶ。
このとんでもない能力――特に有り得ない魔力量――の原因はほぼ間違いなくあの神様が与えてくれた力だろう。
「そうだ、いい事を思い出した。ムツキ、この後の予定は決まっているか?」
「えっと、とりあえず故郷の家族のために、魔石の採集や魔物を討伐してお金を稼いだりしながら、気ままに旅をしようかなー、って思ってます」
「よし、金稼ぎが目的ならちょうどいい。俺がとある人への紹介状を書いてやる。お前は準備が整ったら四代魔王都の一つ、南部の魔王都『バレス』に向かうといい」
「魔王都バレスですか?」
「ああ。そこならここじゃ比較にならないような報酬の任務や、高価な素材や魔石の採集が出来るはずだからな」
そう言うとモルガンは近くにあった紙へスラスラと文字を綴っていき、それを魔力による封が施された封筒へと入れた。
「これをバレスのギルドに居るアホ女に見せろ。そうすれば自然と話が進んでお前は高い報酬の任務を受けたり出来るようになるはずだ」
「あ、ありがとうございます。有り難いのは間違いないんですが、なんでここまでの事をいきなり俺に……?」
「……ちょうど南部から優秀な冒険者が欲しいって話を聞いてたんでな。まぁ大陸北部のこの街からバレスまではかなりの距離があるし、途中にいくつも町や村がある。そこで休息しながらゆっくり実力を磨いていけばちょうどいい感じに旅にもなるだろうよ」
「なるほど。確かにそうですね」
(魔大陸に存在する四人の魔王様の内の一人『バルバトス』様が治める都の一つ、魔王都バレス……。いつかは行ってみたいと思ってたし、ちょうどいいかもな)
「さて、そんな長旅をするのに一人じゃ危険が付き纏う訳だ。だからここで一緒に旅をするパーティーメンバーを決めていく事を薦めるぜ。幸いここにはちょうど暇そうな冒険者が居るし、な」
モルガンがそう言った直後、周囲に居る冒険者が一斉にムツキの方へと視線を向ける。
恐らくムツキとパーティーを組めば、北部と比べれば危険な代わりに高額な南部の報酬を得られる可能性があるからだろう。
おまけにムツキの驚異的な能力を知ったため、自分達だけで危険な南部に行くより遥かに安全、だと考えている者も居るはずだ。
だが、中には――
『むふふっ、あの子のSSクラスの魔力の種を私の中に注いでもらったらどれだけキモチイイのかにゃぁ……?』
――などという、どう考えても目的が違う発言を、股を擦り目を潤ませながら言っている淫魔族の冒険者も居るが、ムツキは見ないふりをする。
関わったらろくでもない事になる――長年の不運で培われた彼の直感がそう告げていた。
「と、とりあえず――」
――今日一日ゆっくりと考えさせて下さい。
異常な能力を始め予想外の事態について行けなくなっていたムツキは一日返事を保留し、ゆっくりと今後の行動を考えようとしたが――
――ドォォォオオオン!!
「な、なんだッ!?」
「爆音っ!?」
だがその直後、街全体が震える程の爆音と、次いで至る所で悲鳴があがる。
「まさかっ……!」
周囲の冒険者やムツキが混乱している中、ルナとモルガンの二人は素早く出口に向かっていった。
そしてそれを見たムツキも遅れる事数秒、二人の後を着いて行く。
「こ、これは……!」
「……っ」
「一体何……がっ!?」
出口で二人が驚愕の表情を浮かべたまま停止する。
そんな二人が顔を向けている先をムツキも見ると、そこには――
「街が、燃えている……?」
街の南部で至る所から炎や爆煙が上がっているのが見えたのだった。




