13.聖剣抜刀
「――ねぇムツキ、お風呂をあがらなくていいの……?」
具合が悪いと言ったにも関わらず、中々湯船からあがらないムツキに違和感を感じたらしく、ルナが不安げな表情をしながら問いかける。
(うっ……まさかルナさんを見てたらアレが勃っちゃって、立てなくなったとか言えねえし、どうしよう。)
「…………」
――じーっ
「……じ、実はあまりにも気分が悪くなりすぎて、立ち上がる事すら出来なくなっちゃいました……」
(立ち上がれねぇええぇぇぇ!! あんなガン見されてる状況下で立ち上がれるわけがねぇええええぇぇ!! いや、ある意味では勃ち上がってるけど立ち上がれねぇよッ!)
「た、大変じゃないっ! まさかそこまで体調を崩しているなんて、本当にごめんなさいっ……!」
「い、いえ。ダイジョウブデス……」
(やべぇ、めっちゃ申し訳なさそうな表情してる……。罪悪感がやべぇ……)
「こ、こういう時はどうすればいいんだったかしらっ? お風呂の暑さでのぼせてるなら体を冷やして……いっそ氷弾ってムツキを氷漬けに――」
(なんかサラッととんでもない事を言っているように聞こえるんだが……! 氷漬けなんかにされたら人間は死ぬからッ……!)
ルナは自身が無理にムツキをお風呂に連れてきたせいで、体調を崩したと思い込んでいるらしい。
そんな罪悪感からか、現在目をグルグルと回しながら盛大にあたふたしているため、放っておけば何をしでかすかわかったものでない。
「だ、大丈夫です。多分このまま湯船でしばらく休んでいれば治ま……収まると思うので。ご心配せずに……」
氷漬けになんかされたら普通に死ねるので、ムツキは遠回しにルナをなだめる。
「そ、そう。ならいいんだけど……」
(ふぅ……。引き下がってくれたか。とりあえずこのまま何事も無かったかのように時間が過ぎるのを待とう。上手く行けばこのまま何も話さずに済むかもしれない……)
上手く事が運べば部屋に戻った後も『まだ体調が優れません……』とか言って適当に誤魔化せばこの悪夢を乗りきれるかもしれない。
ようやく光明が見え始めたムツキの表情に徐々に希望が覗き始める。
「あっ、そうだわっ!」
だが、先程まで泣きそうな顔をしていたルナが、突如としてパンっと手を合わせ、満面の笑みを浮かべる。
(なーんか、嫌な予感がするぞ……)
「焦っていてすっかり失念していたけど、実は私って浄化風っていう魔法を使う事が出来るのよっ」
「……ほ、本当ですか?」
「ええっ! あれなら多分のぼせたムツキを元気な状態に戻す事が出来るはずよっ!」
(一箇所はある意味めっちゃ元気なんだよなぁ……)
――浄化風。それは第八位に属する一定のランクまでのデバフや状態異常を解除する事が出来る回復魔法だ。
だが浄化風は実は非常に便利で、それ以外にも馬車や、飛行軍馬、船の移動による乗り物酔いなんかにも効果がある。
そのため非常に使い勝手のいい魔法として、会得している魔法使いは重宝される事が多い。
どうやらルナはこれを会得しているようで、恐らく使用すればのぼせている人間にも効果はあるはずだ。
(使われたら誤魔化せなくなるけど、断れねぇ……)
「ワ、ワーイ。ウレシイナー」
「なんで棒読み……?まぁいいわ。――聖なる風よ、彼の者をその力にて癒やし給え……浄化風っ」
ルナは湯船から立ち上がるとムツキの正面に移動しながら詠唱を始める。
やがて詠唱が終わるとムツキの濡れた髪を払い、その白磁のように美しく細い手をおでこへと重ねる。
するとそこから淡い緑色の光の粒が漏れ始め、ムツキに吸い込まれるように浸透していく。
「っ……!」
(杖とかの触媒を使わず第八位魔法をっ!?)
通常魔法を発動するには杖や魔石を始めとした触媒が必要だ。だが全裸のルナは当然そんな物は何も持っていない。
つまり、ルナはそれを使う事なく魔法が発動できるような特殊な『何か』を持っている事になる。
「――どう? 良くなったかしら?」
「は、はい。良くなりましっ――――た……」
ルナの実力の片鱗を垣間見たムツキは一瞬思考の海に潜りかけていたが、呼びかけられた事で慌てて我に帰る。
とりあえず浄化風のおかげで、一箇所に集中していた血流は正常に戻ったようだ。
『聖剣は無事に鞘に戻った』その事に安堵しつつ、回復した事をルナに伝える。
だがその直後、ムツキは先程はルナの魔法に驚いたせいで気づかなかった、『とある事実』に気づいてしまった。
――彼女はムツキに魔法を使う時に、おでこに手を重ねるために湯船から立ち上がり、正面へ移動している。
つまり今ムツキの目と鼻の先には全裸のルナがおり、その身長差故に視界にはちょうどその一切の膨らみのない大平原が存在していた。
勿論この距離では湯気なんて役に立たないので、桃色の小粒な突起も丸見えだ。
(――やべぇ。魔法で鞘に治まりかけていた片手剣が再び聖剣にッ……!)
「そうっ! 良かったわっ!」
――ギュッ
「ふぉっ!?」
ムツキが回復した事に安心したルナは満面の笑みを浮かべながら、勢い良くその体へ抱きついてきた。
初対面に近い相手の体調を崩してしまった、という事に感じていた責任から開放された喜びもあったのだろう。
故に抱きつかれるという行為自体に問題はない。
何故ならムツキにはその心情もわかるし、彼女の体は見た目通りとても軽く、日頃鍛えている彼の肉体なら難なく受け止められるからだ。
――だが年頃の男の子が全裸の美少女に抱きつかれるというシチュエーションは余りにも刺激が強い。
そして、湯船の中で座っているムツキに上からルナが抱きつく形になっているという事は、二人の体は重なり合っている事になり――
(アレがッ! ルナさんの胸のアレとアレが俺のアレとアレにぶつかってるっ!?)
「……あら? なんかお尻の下に硬い感触が……?」
再びムツキの顔から血の気がサッと引いていくのに対して、聖剣にはさらに血が集中していく。
もう、色々と最悪だし、色々と手遅れとしか言えない。
「あ、あの、それは……」
「何かしらこれ……?」
――ギュッ
「はうっ!?」
その顔に疑問を浮かべたルナが、ムツキのソレをギュッと握りこんでくる。
その瞬間ムツキの背筋に電流が走り、思わずビクンッと湯船の中で震えてしまう。
「――えっ……ちょ、やだっ。これってまさか――」
「あははっ……」
ルナの顔が急速に真っ赤に染まっていく。
さらにその肩がプルプルと震え始め――
「あ、あの……ルナさんこれには色々と不運が重なった深い深い事情が――」
「い――イヤァァァアアアアァァァァァァッ!!」
――その日、精療亭の大浴場に一人の少女の悲鳴が木霊したのだった。
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