12.最大の危機
――ざぶーん
「あぁ~~~……生き返るぅ……」
ルナとの一件で悩みすぎて精神的に死にかけていたムツキは、全身を包み込む暖かなお湯の感覚に文字通り生き返る想いを抱いていた。
「あら、随分とお疲れのようね」
「……まぁ色々と、な」
『疲れている原因のほとんどは貴方ですよ』と言いたいのを必死に堪えつつ、再び横目でルナの方を伺う。
先程までは距離や湯気があってわからなかったが、今の彼女は狐耳の間にタオルを頭にちょこんと乗せ、豊かな銀色の髪を縛ってポニーテールにしている。どうやらお風呂に入るときは髪を縛るタイプのようだ。
これはこれでとてもよく似あっており、非常に可愛らしい。
「というか貴方、剣士にしては綺麗な体をしてるわね。それでいて筋肉が付くべき所には付いてるし。それに若さもあるんでしょうけど、真っ白ですべすべで羨ましいわっ♪」
「あ、ありがとうございます……」
ルナがイタズラっぽい笑みを浮かべながら、ムツキの二の腕をぷにぷにと触ってくる。
その様子は傍から見れば兄にじゃれつく妹、といった所だろう。
もっとも、いつ性別がバレるかわからないムツキは気が気でないのだが。
「まぁ女の子にしては胸が無い、というか皆無だけど……それは私達の種族も同じだから言えないわねっ」
「あはは……」
(そりゃ男だからある訳ねーだろ……!)
「そうそう、良かったら私の体も見ていいわ――」
「――え、遠慮しておきますっ!」
さらっと爆弾発言をしてきたので、慌てて断る。
「なーに照れてるのよっ。同性なんだからそんな恥ずかしがらずに堂々と見なさい」
「は、はい……」
(思いっきり異性なんだよなぁ……)
だがここで下手に断れば不審がられる危険があるので、顔を僅かに傾け横目で様子を伺う。
当然直視はしない。というか出来ない。
間違いなくルナは美少女だ。それこそ元の世界であればモデルや芸能人をやっていてもおかしくない程に。
だがそんな彼女がほとんど密着しているような距離で、全裸という無防備な姿で居るのだ。
年頃の少年には非常によろしくない環境としか言えない。
「る、ルナさんも綺麗な体だと思います……」
「ふふっ、ありがとう♪」
(ロリコンではないはずだけど……流石にきつい……)
ムツキはどちらかと言えばギルドにいた半鳥人や睡魔族の女性のようなグラマラスな人の方が好みだ。
だがそれとこれは話が別で、ケモミミの美少女(年齢不詳)が全裸で隣に居るのはこう、色々と男として込み上げてくるものがある。
(村に居た女の子って全部オークだったし、元の世界では恋愛なんかする前に死んじゃったし、よくよく考えたらあんまり免疫ないんじゃね俺……)
そう、村に居た女性は全員がオークだった。
彼女たちは皆ムツキによくしてくれていたのだが、如何せん年齢差や見た目から恋愛対象として見る事は出来なかった。
(やべぇ。なんか隣に全裸のケモミミ美少女が居るって考えたら俺の片手剣が長剣になってきた……。これがばれたら流石に色々とまずいぞ……)
ムツキは自身にぶら下がっている、もう一人の自分自身が腰に巻かれたタオルの下でムクムクと成長しているのがわかった。
だが悲しいかな。顔面からは血の気が引いていくのに対し、自分自身にはどんどん血が集まっていく。実に男の子だ。
「――るの――きい――ねぇ、ちょっとムツキ、私の話を聞いてるっ?」
「わわっ。 す、すいません。少しボーッとしていました……」
そんな考えがグルグルと頭の中を巡っていたが、どうやらずっと話しかけていたらしいルナの呼びかけで我に返る。
ルナがぷくーっと頬を膨らませながら眉を釣り上げている。どうやら少し怒らせてしまったようだ。
「――って、なんだか顔色が悪いけど大丈夫……?」
どうやら不安が顔色にも出ていたらしく。逆に心配されてしまう。
――キュピーン
(……これはもしかしてチャンスか?)
ムツキの脳内で、某ロボットアニメの新しい人類な方々が何かを感じ取った時の効果音が流れる。
「あー……もしかしたらのぼせてしまったのかもしれません……」
「あらやだ……大丈夫っ……?」
実際は全くのぼせてなんていないのだが、いかにも具合が悪いです、といった感じでよろけてみせる。
元の世界では文字通り死ぬほど病弱だったため、具合が悪い時に人間が行う動作や表情は身に沁みついている。
そのためそれらを再現するのは簡単だった。
「うぅ……ちょっときついので、先に部屋に戻って休んでます……」
「そう……。ごめんなさい、私が無理を言ってお風呂に連れて来ちゃったばっかりに……」
「いえ……お気になさらず……」
(よし、騙す感じになるのは少し心苦しいが、長剣がいよいよもって聖剣になったのがバレるより百倍マシなはずだ……。とりあえずタオルを巻いたまま浴槽からあがって――)
――このチャンスを逃すわけにはいかない。
そう考えたムツキは素早く浴槽からあがろうとする。
だが、そこで一つの重大なミスに気がついてしまった。
(――やべぇ。立ち上がったらタオルが盛り上がってるのがバレる……)
――今立ち上がれば確実にタオルの一箇所が不自然に盛り上がっているだろう。
ルナは責任を感じているのだろう。不安そうな眼差しでムツキをガン見している。
つまり立ち上がれば確実に彼女は不自然に盛り上がったタオルを目撃する事になる。
(う、動けない……)
――ムツキが旅に出てから最初かつ最大の危機が襲っていた。




