1.プロローグ
――声が聞こえた。
「…………」
それに反応するように少年――雨宮夢月は、やたらと重い瞼をゆっくりと開いていく。
すると、病院のベッドに横になっているを彼を数人の人々が囲んでいるのがわかった。
『どうし……こんな優し……が……!』
『先生っ! ど……かなら……ですかっ!?』
『もうし……ありま…………。打つ手が……』
『可哀想に……』
――彼らは泣きながら夢月へと口々に何かを言っていた。
その言葉は耳には届く。しかしまるで思考に靄がかかったかのようにそれを意味のある言葉と認識する事が出来ない。
そして最初は途切れ途切れに聞こえていた声もやがて徐々に遠のいていく。
「…………」
そんな中でもムツキは体を動かそうとするが、まるで全身が石膏像にでもなったかのように指先一本動かす事が出来なかった。
さらに意識がどんどん遠くなっていき、そこで夢月は一つの結果に思い至った。
(ああ――俺は死ぬんだな……)
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――夢月は生まれながらにして重い心臓の病を患っていた。
それにより医者には長く生きられても二十歳がいい所だろうと言われていた。
親や親戚は皆彼のことを不運だと言った。
だが、彼はそんな不運を恨まずに生きていた。
それは両親が彼に精一杯の愛情を注いでくれていたからだった。
彼はそれを幸福に思っていたのだ。
――しかしその幸せは長くは続かなかった。
何故なら彼が十歳の時に、不運にも両親が事故死してしまったからだ。
普通ならそこで心が折れてもおかしくないだろう。
『何故自分がこんな目に遭うのだ』と。
しかし彼は両親に『ムツキ、貴方は体が弱いからこそ真っ直ぐ、そして悔いの無いように精一杯生きて心優しい人間になりなさい』と、よく言われていた事を思い出し、どん底と言えるような状況から驚異的な精神力で立ち直った。
その後、彼はその心優しい性格から新たに親代わりになった親戚の叔母夫婦に好かれ、学校でも多くの友達を作った。
そして体が弱い分、勉強を頑張り優秀な成績も残した。
それは夢月が再びその手に掴んだ幸せな日々だった。
――だが、そんな彼を不運が再び襲った。
それは持病の急激な悪化だった。学校で意識を失い倒れた彼は程なくして入院したのだった。
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薄れゆく意識の中で夢月の脳内を、今までの人生が走馬灯のように駆け巡っていた。
両親の言葉を守り、悔いがないように精一杯生きたつもりだ。
だが、気づけばその両目には涙が滲んでいた。
(死にたくない……。まだ、死にたくない……)
悔いの無いように精一杯生きたつもりだった。
だけどいざ命の灯火が消えかけると、後悔がまるで海のようにどんどん際限なく湧き出てくる。
それも当然だろう。まだ普通の子供であれば元気に外を走り回っているような年齢なのだから。
死にたくない。まだ生きたい。そう思うのは至極当然だ。
だが彼には外を走り回る事はおろか、最早目尻に溜まった涙を零す力すらなかった。
(死にたくない、なぁ……)
彼は最期にそんな事を考えながら息を引き取った。
享年十六歳。余りにも早い死だった。