女神様になろう
「ククリヒメさん、地球人が一人欲しいのですが?」
「女神ミルナミルナ様、いらっしゃいませ~。どのような地球人をご希望でしょうか?」
「えっと、日本の高校生? 私の世界にも日本人を入れて、異世界転生ものにと思いまして」
私の名前はミルナミルナ、こう見えても異世界の一つを管理運営する女神です。
異世界の一つ、と言っても地球に比べれば狭っ苦しい小規模なヤツだけどね。
ちゃんと管理してる星は一つだけ。重力確保のためにそこそこの大きさはあるけれど、大半は海にしていて、大陸は一つしかない。
大陸、と言っても地球基準だと島扱いされるかもしれないレベルだ。
もっとも、地球は規模が凄すぎるのだから、地球と比べてもあまり意味はない。
およそ八百万柱もの神様が共同で管理しているだけあって、規模がありえないくらいデカい。
人間ばっかり60億人以上って、もう多すぎてわけがわからないよね。
「安易に自分の世界に地球人を入れると危険ですよ?」
「そ、それはまあ知ってはいるんですけどね・・・」
「良かったら、先にこちらの『異世界転生ガイドブック』はいかがでしょう?今なら50神力でお買い得ですよ!」
ククリヒメさんは地球の八百万の神の1柱だ。
地球販売神の1柱で、地球人の販売を担当しているはずなんだけど、ガイドブックなんて作って売ってるとは知らなかった。
地球の本や映像などの販売は、サラスヴァティー様の管轄だったはずだけど?
「地球人のセット販売をみて、最近始めたんですよー」
「ああ、ご一緒にポテトはいかがですかってやつですね」
「あ、地球を見たことあるんですね」
「そりゃ~見たことありますよ、地球視聴券は毎年買ってますとも」
「いつもご利用ありがとうございます~」
ちなみに地球視聴券で毎年1万2千神力の出費である。
私の世界で1年間に生み出される神力が3万くらいなので、実に4割だ。
というか視聴券以外にもいろいろと地球から買っているので、6割以上地球に使ってるか。
だからこそ、異世界転生ものを作りたいんだけどさ。
しかし商魂たくましいね~、地球神。
そしてまさか神様が人間に商売を習う日がくるとは。
「あ、でもガイドブックを作ったのは私達地球神ですよ。最近、地球人を買っていって自分の世界を滅ぼしちゃう神様が多いのですよ。責任を取れって文句言ってくる神まで出てきて困っちゃってまして~」
「それは、大変そうですね」
「そうなんですよ~。なのでセット販売のつもりで作ったんですけど、最近は危機管理のために初めての神には先にガイドブックだけ売るようになりました」
「な、なるほど」
地球人の転生は博打的な要素が強いとは聞いていたけれど、そこまで危険なの?
しかし50神力かぁ。結構高いけど・・・・・・必要経費?
「わかりました。とりあえずガイドブック、買わせてください」
「毎度ありがとうございます~。商品は読み終わってからの販売をおすすめしていますので、今日の所はカタログだけ渡しておきますね」
そう言うとククリヒメさんはカタログも袋に入れた。
それを受け取り、私はククリヒメさんと握手をする。
べつに挨拶しているわけではなく、そうやって神力の受け渡しをするのである。神力を地球のお金のように使っているけれど、流石にこれを紙幣や硬貨に変換することは不可能なのだ。
その点、お金でやり取りをうまくしている地球人は凄いよね。
私の世界の人間たちもお金は使ってるけど、金貨や銀貨なのでそのものに価値があるからね。
「またのご来店をお待ちしております~」
ククリヒメさんに見送られて、私は一度自宅に戻ることにした。
* * *
「に、20万もするの!?うわ高っ!」
家に着いた私はとりあえずガイドブック・・・ではなくカタログの方を開いていた。
その理由は、まあ、言われれば誰でもわかると思う。
ガイドブックで勉強するより、やっぱり商品を先に見たいよね。
私は別に説明書読まずにゲーム始めるタイプじゃないけどさ。
あ、ゲームは地球のテレビゲームの事で、ヘルメス便で配達してもらったやつだ。頼んでから配達までが凄く早かったが、そんな宅配サービスのノウハウも地球人のパクリらしい。
地球人すごいよね、だからこそ私の世界にも何人か放り込んでみたいと思ったのだけれど。
でもって地球人のお値段異常っぷりに驚いている所です。
カタログで一ページ目の地球人は20万神力という破格の値段だった。どんな地球人かと言えば、
・日本の男子高校生 (レプリカ)
総評価:優
適応力:非常に高い
性格 :優しい、フェミニスト
顔 :イケメン
体力 :やや高い
知力 :高い(理系に偏りあり)
会話力:高い(時々耳が遠くなる)
うん、異世界転生もので成功するタイプ・・・なのか?
正直よくわからないや。
転生主人公としては面白くない気もする。どちらかと言えばハーレムものの世界用だろうか?
ちなみに現在売っているのは大半が地球人のレプリカで、実在の地球人をガンガン拉致しているわけではない。
昔は実際に拉致して販売していたそうだが、地球内の情報操作や記憶操作で『いなかった事にする』のが大変だったそうだ。それに比べてレプリカなら作成時には神力をそこそこ使うが、地球には何も混乱が起きないので管理上こっちの方が好ましいとなったらしい。
あとは死ぬ直前の人間を拉致して販売もしている。この場合は情報操作には偽造した死体を一つ作るだけで済む。死体製造だけなら神力も大して使わないので安あがりだが、どんな人間かは買ってみないとわからない。当たり外れが大きく、さらに品数も少なかった。
レプリカなら色々と加工できるメリットもある。
この一番人気は販売実績が1000人を超えているので、このレプリカを少し加工したような主人公達がいろんな神々の管理する世界で活躍しているのだろう。
ちなみにレプリカで一番安いのはデータ量の少ない、生まれたての赤ん坊だった。
地球人の知識ないし、連れてきてもなんの意味もないよね、それ。
あと、レプリカなら大統領など有名人も売っているが、大統領やお姫様のレプリカはさらに値段が高い。
どっかの地球のお姫様に建国とかさせたら面白いかな~?と漠然と思っていたけど、手が出ないねこれ。
有名人の一番人気は『織田信長』という日本人で、50万神力もするのに、販売実績は200人を超えている。適応力がダントツに高く、女体化などの加工を施しても万能に活躍してくれるらしい。主人公だけじゃなくて、ラスボスや魔王としてもオススメ!だそうだ。
・・・・・・・・・迷うね、どれ買おうか?
* * *
「えっと~、本当にそれ買うんですか?」
「ははは・・・まあ、今回はお試しという事で」
結局私が買ったのは、『日本の凍死予定だった浮浪者』だ。日本の高校生は高かったのであきらめた。
レプリカではなくオリジナルで、人気もなくコストも死体偽造だけで少ないため、激安だった。
それでも3980神力したんだけどね。
「お試し、ですか?まあ彼らはやる気がなかったり適応力が低かったりするので、いきなりミルナミルナ様の世界を滅ぼしたりはしないとは思いますけど、何もしないまま死んじゃうかもしれませんよ?」
「もちろんガイドブックは読んだのでその辺は知ってるんですけど、でもいいんです」
その後ちゃんと読んだガイドブックには、転生者の選び方、扱い方やコスト管理方法などが詳しく書いてあった。チート能力を与える際のメリットやリスクなども詳しく説明されていて、50神力だす価値はあったと思う。
カタログやガイドブックでは、浮浪者などは本来勇者ではなく当て馬などの脇役用の商品として紹介されていたのだが。
「まあ、私が運営している世界には勇者も魔王も居ませんから」
別に転生者を勇者にして戦わせるつもりではない。
少し私の世界の科学の発展とかに貢献してくれたら儲けもの位だったので、やる気がありすぎて世界の管理が難しくなるよりはいいのだ。
それこそ発展しすぎて地球規模になってしまったら、そんな世界を私一人で管理するのは不可能になる。
「まあ、ミルナミルナ様が理解してお買い上げになるならいいのですけどね」
ククリヒメさんはたぶん、安物買いの銭失いになるのではと心配してくれているのだろう。
私は宝くじを買うくらいの気分での購入なのでその心配は間違いではないが、特に問題でもなかった。
「またのご来店をお待ちしております~」
ククリヒメ様に神力を支払い、私は販売店を後にした。
* * *
その後私は買ってきた浮浪者の山田次郎に、『生涯重い病気にはかからない』というささやかなチート能力を渡して自分の世界に転生させた。
それは彼が地球では、『真面目に働いていたが体を壊して職をうしなって浮浪者になった』という経緯の持ち主だったための配慮だ。
それでもそのささやかなチートに200神力を消費したのだけど。
その後田舎村に転生させた山田次郎は、健康な肉体を得てやる気をだし、思ったよりも真面目に働いて活躍してくれた。おそらく健康でさえあれば公園で凍死などするはずのない、まっとうな人間だったのだろう。どうやらそこそこの当たりを引いたらしい。
もっとも、活躍したとはいえ適応力は低かった為、貴族や王様にまでなったわけではない。
15年後に村を発展させた功労者として若くして村長となり、その後5年くらいかけて農業や工業をちょこっと発展させて、私の世界の人口増加に寄与してくれた。
全てが彼のおかげではないが、3万くらいだった私の年間獲得神力が20年後には3万5000位にまで増加したので、初期投資分は十分に回収できたと思う。
山田次郎には謝礼として『ちょっと幸運になる』というチートを450神力消費してこっそりと与えてやった。その後は監視するのをやめたのでそれ以上の事は知らないが、私の世界が平和な以上、別に世界征服とか企む事もなく平和に暮らしているのだろう。
* * *
「ふはははは!買っちゃったぜよ勇者様!20万!」
「あっはっは、馬鹿だ、マジで買いやがった」
私がどうしていまさら山田次郎を買った時の事を思い出したかと言えば、さっきから地球型喫茶店でばか騒ぎしている2柱の女神達に辟易して意識をそらしていたからである。
周りのお客やウェイトレスも嫌そうに目線を向けているのに、本人達は気づいていない様だ。
勇者様20万、というとたぶんあのカタログに載っていた一番人気のアレの事だろう。
私がとうてい買えないと思ったものをあの馬鹿っぽい女神が買うことができたという事実が、私の不快感をひと際強いものにしていた。
「それでどうするのよ、その勇者くん」
「ん~?とりあえず死なないようにチート能力つけて、私の世界に放り込んで放置?」
放置て。
「で、青年になったらこの女神様が神託で『お前今日から勇者な、がんばれよ!』って感じ?」
ああ、たぶんこいつガイドブック読んでないんだろうな。
それ転生者である必要なくない?
その後も頭の悪そうな女神たちが騒いでいたので、私はさっさとお勘定して席を後にした。
あの女神がどんなアホな世界を作るのかちょっと見てみたい気がしたが、その為にはあの女神の世界の視聴券を買わなければならない。
もちろん地球視聴券みたいな高級品ではないだろう。アレに神力を払うのもちょっと気が引けるが、年間視聴で10神力くらいなら、払ってやってもいいだろうか。
まあ、気が向いたら、ね。
菊理媛は古事記に出てくる日本の女神様です。