今日の一面は。
「忘れてくれ。俺も忘れる」
私室を出てすぐに、私が驚く隙もなく燈真くんが頭を下げました。
「…………レディーの寝室の前に待機するなんて最低ですね」
「……うっ」
私の宿舎での私室は、執務室の奥。
執務室と同じようにとても殺風景ですが、眠るためだけならばなんの支障もありません。
燈真くんは勝手に執務室に入り、私の私室への扉の前で待っていたのです。
別に執務室に入るのは構いませんが、私室の前に立ってるというのは男性としてどうなんです?
嫁入り前なのに。
「大丈夫です。燈真くんの醜態を見るのははじめてではありませんからね」
そういっていまだに頭を下げている燈真くんの横を通りすぎて、執務室のドアへ向かいます。
「そうか。それも問題なんだが、そういってくれて助かる。でも、その…」
「珍しく女々しいですね。ちょっと気持ち悪いくらい。……私がいいと言ってるんです。気にしないでください。それよりほら!!行きましょうよ」
珍しく情けない声をしていた燈真くんに明るく告げます。
すると、ようやく顔をあげました。
「……どこにいくんだ?」
「なにを言ってるんです?燈真くんが言ったんじゃないですか。相手になれと」
「ああ、そうだったな。忘れていた」
自分から言っておいて!!と抗議しようとしましたが、燈真くんの目の下の隈を見てやめました。………私も人のこと、言えないですから。
練習用の木刀を持ってくるといって燈真くんは倉庫に向かってしまったので先に鍛練場へ向かいました。
朝が早いというのもあり、いつも賑やかな宿舎の廊下には私の歩く音だけが響きます。
……となると考えてしまうのは昨日のこと。
忘れようと思いましたよ。そりゃもう!でも、無理に決まってるじゃないですか!!!やっと寝たと思ったら、夢の中にまで出てくる始末。起きたら起きたで頭の中をぐるぐる回ります。
そのままほとんど一睡もできずに朝を迎えたのです。
「ふぁぁ…ふ」
歩きながら大きなあくび。
会議で寝るのは目に見えてるので…バレないような眠り方でも考えておきますか。
目尻にたまった涙を拭うと、向こうから誰かが歩いてくるのが見えました。
「おはようございます、フランディー団長。大きなあくびですね。眠れなかったのですか?」
練習着をきたリュークが朝日に髪を輝かせながら話しかけてきます。ま、まぶしいっ!!
おそらく、朝の日課であるランニングにむかうところなのでしょう。
「ん、あぁ…おはようございますリューク。…眠れなかったですねぇ。だから今から燈真くんと打ち合いして目を覚ますことにします」
「え!?ランデルク様と!?そ、そ、それはいつから」
「ん?今から」
……なんで驚いてるんです?そんなに変なこと言いましたかね?
多少身を乗り出し、目をキラキラさせています。
まぶしすぎて目が焼けますっ!!
「見学しても!?」
「別にいいですよ。見ていて面白いものではないと思いますけどね?」
そういうとリュークは小さくガッツポーズをして、そして、
「みんなに伝えてきます」
そういって団員達の寮に走っていってしまいました。
「………なんで?」
まだ起床時間には余裕があるのだから寝かせておいてあげればいいのに。まぁ、リュークにはリュークの考えがあるのでしょう。
そう思いなおして、鍛練場にむかいました。
鍛練場にはまだ燈真くんは来ておらず、団員もいません。
「清々しい朝ですねぇ」
と大きく空気を吸ったところでようやく燈真くんがやって来ました。
「なんか、寮の方が騒がしいな」
「うーん、リュークが走って行ったのでなにかあるんでしょうね」
「そうか。……じゃあ始めるか」
燈真くんから木刀を受けとると、鍛練場の中心へむかいます。
鍛練場の真ん中に立って、互いに礼をします。そして、ゆっくりと目線を逸らすことなくお互いに後退します。
本来ならば二人の手が腰にある剣に触れたら試合スタートです。が、木刀を持っている今はお互いが構えたらスタートという暗黙のルールがあるのです。
「…お手柔らかにお願いします」
「手を抜いたらお前は怒るだろう」
燈真くんが構えました。正統派の、構えだけでも美しいとされる王宮剣術の流派。
「もちろん。騎士の戦いに情けなどいりませんから!!」
一度深呼吸してそういったと同時に構えました。
私は自己流の構え。……いつ構えられたのかわからない!!!とよく言われる曰く付きの構えです。で、でも、仕方ないじゃないですか!これが一番戦いやすいんですもん‼
そのままどちらからともなく走り出し、剣を合わせます。
ガンッという木刀同士がぶつかり合う音。
鍛練場の真ん中辺りで拮抗状態に。
目の前には燈真くんの澄ました顔。
「やはりお前には力が足りない。筋トレ、やっていないだろう?」
と呑気に聞いてくる始末。よ、余計なお世話です!!私は基本的に力勝負になる前に決着をつけるタイプなんです!!と、口の中で言い訳をします。
「…くっ、こっちはギリギリだというのに」
私は女で、燈真くんは男。
力勝負になると燈真くんに軍配があがります。
今は剣だけの勝負なので、銃は使えません。
となると、私に残された道はひとつ。
素早く後退して燈真くんと距離を取ります。燈真くんは追うことなく、同じように後退しました。
――砂ぼこりが舞って、視界が悪くなります。
ならばこれを使わない手はないでしょう!!
強く地面を蹴って燈真くんの気配がする方へ向かいます。
そして、燈真くんのシルエットが見えて――
「はっ、来ると思った」
「思っただけではダメですよ?」
不敵な笑みを浮かべる燈真くんがいました。
ですが、関係ない。手の内がバレているのは承知の上です。
単純な剣だけの腕ならば私の方が上。だったら押していくしかない!!
私の剣戟に燈真くんは守り一徹。
隙あらば反撃をと考えているようですが、そんな隙など与えるはずないじゃないですか。
土ぼこりは私達の剣が起こす風によって晴れてしまいました。
昨日のことを考える暇もなく。ただひたすらに剣を合わせました。
カンッ…
「っ!」
「やりすぎたか」
「ううっ、ま、まだ負けてません!!剣がなくても戦えます!」
「むりだろ。…銃はなしだからな?」
「うううっ」
勝負はいつの間にか白熱していたようで。
軽く手合わせをするはずだったのに周りも見えなくなるほど集中していたようです。
勝敗は、私の負け。
少し疲れてしまい剣を握る力が弱まったところを燈真くんに払われたのです。
鍛練場の端のほうに私の木刀が落ちています。
「でも、いい目覚ましになった」
「そうですね。そろそろご飯の時間ですかね?行きますか」
そこではじめて周囲の様子が目に入りました。
「気づかなかった」
燈真くんが苦笑しながら呟きます。
団員が鍛練場が見える宿舎の廊下の窓から身を乗り出してこちらを見ていました。
もちろん、鍛練場の端のほうにも沢山。
おそらく全員集まっているのではないでしょうか。
鍛練場は宿舎の門から入ってすぐ。
一般の方々も門や柵から見ています。
私達の打ち合いが終わったのを察したのか、鍛練場は彼らの拍手と歓声で包まれました。
「な、なんですか!?」
「さぁ」
燈真くんはそう言うと宿舎に向かってしまいました。置いていかれないようについていくと、より一層高い拍手で迎えられました。
歓声や拍手は私達が食堂に行くまで続き、我慢の切れた燈真くんが「うるさい」と一喝するまでに至りました。
……偶然ラーニャの町に来ていた新聞社の人が私達の写真を撮って載せた新聞が飛ぶように売れたのは私たちには関係のない余談ですね。
不定期更新で、ご迷惑お掛けします。
少しですが、読んでくださっている方がいるというだけで元気がでますね!不思議なものです。
次から、少しだけ登場していたツキちゃんとヒロが初登場です!