お酒で忘れられるならよかった。
「そういえば、愛咲さんは燈真さんに本を貸しているのですか?」
「え、あ、はい。貸していますよ。今回貸した本は気に入ってもらえなかったようですが」
突然変わった話題に戸惑いながら返答します。
女の子ってこんなもんですよね。
「なにを貸したのですか?」
昨日返還されてからすぐに部屋の本棚の端っこにしまった本を思い出します。
そういえば、フィーナは好きそうですね。あとで貸して…いや、譲ってあげましょう。
「今、人気の恋愛小説ですよ。うーんと、題名はなんでしたかね」
困りました。どわすれです。歳ですか。これが歳ってやつですか?
と、どうにかこうにか思い出そうと頑張っていましたが結局答えは出てきません。
しかし、思わぬところから答えはでてきました。
「エリゼの花」
「ああっそう!それです。あ、燈真くんおはようございます」
少し前から話を聞いていたらしい寝起きの燈真くんでした。
いつもの朝の様子とはちがい、頭の左側を抑えています。
髪もボサボサで、少しやつれているように見えます。一応着替えてはいるようですが…、昨夜の寒そうな薄着には代わりありません。
「ああ、おはよう。…クソ、頭が痛い」
「おはよう。大変そうね。こうなるとわかっているのだから控えればいいものを」
「……ちっ、そうだな、次から気を付ける」
半ギレで答えつつ、ゆっくり歩いて私の隣の椅子に座りました。
そこが、いつもの燈真くんの席です。
「おはようございます、燈真さん。お水用意しますね。朝食は大丈夫ですか、食べられますか?」
「ああ、助かる。…スープだけでいい」
座ったのを確認すると、フィーナが燈真くんにそう尋ねました。それを聞くとすぐに立ち上がり燈真くんの朝食と水を準備しにキッチンへ向かいました。
「そういえばなぜ、エリゼの花は気に入らなかったのですか」
エリゼの花は、女の子に人気です。もちろん、私もはまったのですが。
まぁ、確かに男の人には合わない内容だったかもしれません。ですが、今まで貸していた似たような恋愛小説は「こんなに甘いことを言える野郎がいるから世界は回ってるんだろうな」と誉めているのか貶しているのかわからない感想を持ちながらも大体、面白かったと言ってくれるのに。
私がそう聞くと、冷たいテーブルに額を当てるように伏せてしまいました。
「あ?昨日言っただろ。………なんだろうな、他人を見ている気がしなかったからか」
他人を……?
燈真くんは苦虫を噛み潰したかのような声色で言いました。
それを聞いていたツキちゃんが、含み笑いをして
「あぁ、同族嫌悪ってことね」
そういった瞬間、燈真くんの体がビクッと跳ねました。
同族嫌悪するほど似ていないとは思いますが…
「そうなんですか?確かに相手の騎士は燈真くんをモデルにしたようですが」
「………………勝手にやりやがって」
聞いた話を伝えると怒りのオーラを纏い始めました。
ああ、まずい、まずいっ!!
「う、うわさです!そういう噂が流れているのです」
そういって誤魔化すとジト、とこちらを見たものの頭痛を思い出したのかまた伏せてしまいました。
二日酔いとはそんなに辛いものなのですかね?
「はい、お水です。…燈真さんは今日のご予定は?」
燈真くんの専用のカップに水を汲んできたフィーナが聞きました。
燈真くんも今日はオフのはず。ツキちゃん同様、鍛練でもするのでしょうか。
「…噂か。火のないところに煙はたたないと言う。はぁ、まぁいいだろ」
出された水を一気に飲み干しました。
いやいや、だから、噂なんですって!!私は聞いただけですよ。詳しくは知りません。だからどうかその疑うような目をこちらに向けないでください。
燈真くんのそんな視線から逃れるように残りのスープを飲み干しました。
「今日の予定……」
燈真くんに半ば無視されたような形になってしまったフィーナは再び尋ねました。
メイドさんも大変ですよね。私たちみたいのを世話し、オフの日の予定まで把握しなくてはいけないのですから。
燈真くんは少し考えるそぶりを見せ、
「愛咲、暇か?」
と聞いてきました。
……なにを考えているのかわかりませんが、生憎私は暇ではないのです。
だから、言ってやります。
「デートです」
フィーナと。
という言葉は何となく飲み込みました。嘘はついてません。
…どんな反応するのか見ものですね!
すると、先ほどまでとは違う鋭いほどの視線を投げ掛けてきました。
あぁ、怖い怖い。
けど、もうさすがに慣れましたよ?
「……何?」
聞こえなかったのか聞き直してくる燈真くんに「デートです」と澄まし顔で伝え、手を合わせます。
――ごちそうさまでした、と。
立ち上がり、未だにこちらを睨む燈真くんに
「うふふ。邪魔しないでくださいね?では、お先に失礼します」
そういってどの服にしましょうかと久しぶりにウキウキしながら背を向けました。
「あ、おい、愛咲…おい!」
ガタッという音が聞こえたことからきっと彼は椅子から立ち上がったうえでそう言ったのでしょう。
焦る燈真くん。
ふふふ、焦る燈真くんなんて!
珍しいものを朝から見ました。
あ。そういえば。
いつでも燈真くんの弱味を握れるようにしている私としてはひとつ尋ねておかなければいけないことがあります。
「そういえば、燈真くん。昨夜は何をしでかしました?」
お酒を飲んだのなら燈真くんの迷惑な酒癖も発動したはずです。
以前のような私自身に影響のあるものは弱味として成立しませんが、今回は私は関係ありません。
是非とも聞きたいところです。
「…………………………聞くな」
つらそうな顔をして拒絶しました。
そう言った燈真くんからは鬱のオーラが出ていて、流石の私でもそれ以上尋ねることはできません。
再び頭痛が襲ってきたのか、テーブルに伏せてしまいました。
………なんだ、つまらない。
そう思ったのは内緒です。




