鈍感
息を切らし、生理的に流れた涙を拭いながらソファーに座り直します。
くすぐられている間に暴れ、ソファーから落ちてしまったからです。
…にしても。制服の時なら生地が分厚いので被害はほぼなくてよかったのに、あえて生地の薄い部屋着の時を選ぶのですからたちが悪い。
ツキちゃんによるくすぐりという拷問は、幼い頃から頻繁にありました。
そろそろ慣れればいいのに私の体!
隣に座っている燈真くんは両手で顔を覆い、肘をついています。
「…………俺を売りやがって」
「無理です。あれは」
「お陰で今この状況だよ」
「ええ、見ればわかります。ですが私も被害者です」
「……今だけは俺も被害者だ」
落ち込んでいる燈真くんを囲うように至近距離でガン見です。
「燈真ー。ちょっと再現してみてよぉー」
「愛咲様かぁー、ほうほう。キスを迫ったのかぁーなるほどぉー」
「私の愛咲になんてことを……っ」
「今から飲む?酒盛りしちゃう?」
「そうするか?」
「だめよ。愛咲が襲われるじゃない。男はみんな狼なの」
「お前らそろそろ黙ってくれよ…」
疲れきったような声で燈真くんが言いますが、誰も聞き入れてはくれないようです。
というか、眠いですね…。
くすぐられて、疲れたのもあるのでしょう。もうすぐ日付も変わります。先に部屋に戻るとしましょう。
「私、寝ますね。すごく眠いです」
「そっか、おやすみ」
「ちゃんと暖かくして寝るんだぞ」
「添い寝いるかしら?…いらない?ふふっ、遠慮しなくてもいいのに。おやすみ」
「俺も寝たい、あ、愛咲」
「はーい?」
一人一人、おやすみの挨拶をくれます。
ふふ、今日もいい1日でした。
マグカップを流し場に置き、部屋を出ようとしたとき燈真くんが立ち上がり私を呼び止めました。
「これ、俺には合わない。もう少し現実的なやつにしてくれ」
「………そうですか、だから燈真くんは乙女心がわからないと言われるんです。それではみなさん、おやすみなさい」
「あっ、ちょ、……なんだ、あいつ」
私に差し出してきたのは、少し前に貸した恋愛系の小説です。
国の女の子たちの間で流行っているもので、ありがちですが、かっこいい騎士様と普通の町娘が恋に落ちるというものです。
燈真くんにはたまにオススメの本を貸しているのです。いや、貸すというより押し付けです。
今回の本の騎士様のモデルが燈真くんだという噂を聞き、気になって買ってみたところストーリーに惹き付けられたのです。
おそらく、今読むとあのときの光景が浮かんでしまうのでしばらくは本棚の奥の方で眠っていてもらうことにしましょう。
………でも、確かに似てるかもしれませんね。
はじめて読んだときは全く違うと思ったのですが。
だって、燈真くんは誰かがこけていても「大丈夫か?…もうこけないように俺に捕まっておけ」なんて言いません。「チビは地べたに這いつくばってるのがよく似合うな」でしょうね。きっと。
お酒に酔ったとしても「悪い、今きみに何をするかわかんないから近づかないで…」なんて言いませんね。「愛咲様、あなたのために私はいるのです」っていいま……
…こほん。やめておきましょうか。
どうでもいいんです、もう。ネタにしてやりますよ!いつか!
あーあ、残念でした。
…語り合えると思っていたのですが。でも、燈真くんと恋愛小説について語るのもなかなか滑稽ですね。
部屋に戻り、本棚に本を戻してベッドにとびこみます。モゾモゾと動いてベッドの中に入るとすぐに夢の中へ行ってしまいました。
それではまた明日、おやすみなさい。
「はぁ、お前さバレバレなんだよ」
「…気づけばいいと思ってやってるからな」
「あはっ、愛咲、鈍感だもんねぇ」
「………そうかしら」
「いや、気付いてないだろ、あれは」
そんなこと、ないんじゃないかしら。
愛咲は誰かの感情とかにもの凄く敏感なんだから。燈真の好意に気づいてないわけない…と思う。
でも、自分の感情には鈍感なの。だからいつも我慢して隠して、それで壊れちゃう。
「信頼してくれるといいなぁ、」
はじめて会ったときからずっと愛咲は私を「他人」としてしか見てない。わかってる。
愛咲にあるのは「自分」と「他人」だけ。そこに「友達」なんて枠がないから。
仕方ないの。でもね、私はわがままだから。「他人」なんて枠にはまりたくないわ。
目の前でギャーギャー騒ぐ男どもをみて、
「愛咲は誰にもあげないわよ」
断言した。
私が愛咲の「他人」から抜け出せたのなら。
愛咲が私を「相棒」として見てくれたのなら。
その時私ははじめて愛咲と同じ所に立てるのね。
「愛咲がほしいなら、私には勝ってからにしなさい。ただし、負ける気はないわよ?」
男どもの唖然とした顔を見て満足した私は、被っていた毛布を投げつけ「また明日ね」と言って部屋を出た。
愛咲の隣の部屋。
愛咲の部屋に小さく「おやすみ」と呟いて自分の部屋に入った。
それに―――
閉まっていたカーテンを軽く開けると、眼下にマリオーネの夜景が見えた。
ここからは、大人の時間。いいこは早くねなくちゃ。
……鈍感っていうのなら。
「あんたもよ、ヒロ」
カーテンを閉じてベッドへ向かった。
燈真のキャラがぶれるっ、、!!




