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第四話

 樹の始めての仕事はよく晴れた次の日だった。

 暴走精霊はそう毎日出てくるようなものではない。けれども数日に一度のペースでは出現し、赤羽のような暴走精霊討伐を専門とする会社が国などから依頼を受けて仕事につく。

 今回はたまたま翌日と言うタイミングで仕事が入ってきたのだ。


「なんだよ、なんでいきなり翌日なんだよ……」

「文句言わないの。おそらく国も神楽一族の力を見たいんでしょうね。この世界じゃ知らない人はいないほど有名な一族だけれども、田舎にこもってる人がほとんどだからその力を間近で見る機会はほとんど無いもの。つまり、この仕事はあなたがもたらしたのよ」

「そういうのマジ勘弁してください……」


 樹は注目されるのがそんな得意ではなかった。実家にいた時からその立場上周囲から注目されることは多く、その度に胃をキリキリと痛めている。今回もまた、愛美に言われた途端キリキリと痛み始めている。


「じゃぁどっかから俺たちの戦いぶりを見られるのか?」

「私達、というよりはあなたのでしょうけどね。まぁ見られているでしょう。科学技術の発達した現代なら、相手にバレルことなく監視することは容易くなったもの」

「嫌だわー……ていうか、もう一つ聞いていいか?」

「何かしら? スリーサイズと体重なら答えられないわよ」

「なんで移動が公共のバスなの?」


 そう、二人は現在公共のバスに乗って移動していた。暴走精霊が現れて下手すれば町一つが消し飛ぶような事態なのに、バスに乗って移動していた。


「逆にそれ以外の移動手段があるかしら? 歩きや自転車などで移動するよりはずっと早い上に体力も温存できる、車なんてまだ高校生の私たちには運転できない、それともマンガのように屋根の上を走って進むのがお好みかしら? いくら術が使えるとはいえ身体能力は一般の人たちと変わらない私たちができるのであれば、の話だけれども。そうなると結局のところ公共機関を利用した方が一番早いのよ」

「言いたい事はわかるけどさ……なんか正義のヒーローがバスに乗って登場したりしたらカッコつかないじゃん」

「かっこよさなんて二の次、大事なのは仕事をしっかりとこなす能力よ──あ、次降ります」


 愛美が壁に設置されたボタンを押すと「次止まります」と録音された音声がバスの中に響く。

 数分後にバスは停留所へとつき、お金を支払って二人は降りる。降りた先に広がっていたのは病院であった。いや、正確に言うならばかつては病院として使われていた建物、というべきであろうか。使われなくなって何年も経っているのであろう、敷地内は雑草が無造作に生えており、建物には何かの蔦が絡まっている。病院という建物に加え、いかにも何か出てきそうだと思わせるような雰囲気が漂っていた。


「……おい、もしかしてここなのか?」

「えぇ、そうよ。行くわよ」

「……お、おぅ」


 ほんとはちょっぴり怖い樹だったが、愛美が何の気後れも見せずに堂々と入っていく姿を見て情けない姿は見せられないと自分を奮起、なんとか体面を保って後に続く。

 ざっと見たところ、暴走精霊がいるという気配は感じ取れなかった。というのも、病院は確かにボロっちくいつ壊れてもおかしくないような建物ではあるが、それは年月による風化が原因であって作為的にこうなったようには見えないのだ。我を失って暴れまわることの多い暴走精霊が出たにしては、この廃病院はあまりにも綺麗すぎる・・・・・


 中に入っても特におかしな点は見受けられない。

 張り巡らされた蜘蛛の巣や鼻につくカビ臭い匂いなど今すぐに逃げ出したくなる樹だったが、そんな事お構いなしに中を進んでいく愛美の後を慌ててついていく。

 けれど、一階二階とくまなく調べても暴走精霊は見つからない。当然人間の気配などあるわけもなく、イタズラ好きな精霊は人間の多い場所を好むため精霊の姿も一切ない。本当にここに暴走精霊がいるのか? 樹がそんな疑問を感じながらも三階に上がると、その声は聞こえた。


『──み……うぅ……どこ……どこ……』


 それは呻き声。苦しみに満ちた嘆きの声。

 その声が聞こえた瞬間、愛美は周囲への警戒を強め、樹は恐怖のあまり一瞬だけだが気絶した。


「で、出た、何かいるぞこの病院!」

「だから暴走精霊よ」

「暴走精霊なわけあるか! 幽霊だ幽霊! この病院で亡くなった人の幽霊が成仏できずに彷徨ってるんだよ……!」

「幽霊も精霊も似たようなものよ」

「別もんだ!」


 南無阿弥陀仏とぶつくさとひたすら繰り返す樹。そんな樹の姿を見て愛美は一つため息をつくと、ツカツカと先に進んでいく。そして、一つの病室の前で足を止めると何の躊躇もなくドアを開いた。


「見なさい樹君」

「嫌だー! 幽霊なんて見たくないー!」

「…………」


 流石にイラッとしたのだろうか愛美は樹の首根っこを掴むと力ずくで病室の中へと放り込む。それでも意地でも見ようとしない樹の背中を愛美は思いっきり蹴り上げる。痛みのあまり一瞬だけ目を見開いた樹が見たのは、ベッドに座っている一人の女性の姿だった。


「こんにちは」


 女性は目が合うやニコッと笑ってそう挨拶してくる。だが、だからこそ樹と愛美は険しい目で女性のことを見つめる。

 何せここは廃病院、既に潰れたところなのだ。そんな所に人がいるわけもないし、ましてや病人がずっとここにいるなんて事も有り得ないのだ。

 つまり考えられるのはただ一つ──暴走精霊。

 本来なら目に付いたものをただ破壊するだけの暴走精霊だが、極まれに例外が現れるときがある。その例外というのが──


「あなたは?」

「私? 私は工藤くどう夏海なつみ。ずっとここに入院しててあまり人と関わることがないから、こうしてあなた達がきてなんか嬉しいな」

「そうですか、では夏海さん。あなたおそらく死んでますよ」

「え?」

「夏海さんはもう死んでいる。だからもう夏海さんの姿をとる必要はないんだよ」

「何言ってるの? 私はこうして──」

「もう彼女とは会えないんだよ、暴走精霊。どこにもいないんだ」

「そんなわけ…………だって、言った……ナつミ……またアエルて……ダカラマッテル……ナツミ──ナツミナツミナツミナツミイイイイイイイイイ!!』


 人間と深いかかわりを持った精霊だ。

 純粋な精霊は死を知らない。なぜなら精霊には寿命と呼べるものがないからだ。けれども、人間は違う。いずれは老いて死んでしまう生き物。精霊からすれば突然親しかった人間がいなくなるのだ。だから不安になり、怖くなり、認めたくなくて、理解したくなくて──その人の姿になる・・・・・・・・。死んでいないと、いなくなってなんかいないと主張したくて。

 こういった暴走精霊は一見落ち着きを見せてはいるが、いないと知ったときにどうなるかなんてのは簡単に予想がつく。世界を否定しようとするのだ。大切な人がいなくなった世界なんて意味がない、そう言わんばかりに暴れまわる。そんな爆弾を抱えているため、暴走精霊として扱われるのだ。


 それまで夏海の姿をとっていた暴走精霊はその姿を変質させていく。それは鎧の姿。中世の騎士が身に纏うような板金鎧プレートアーマーに見えなくも無いが、その色は海のような青い色をしている。頭部を守るヘルメット、手首を守るガントレット、胸部を守るブレストプレート、その他全てが他の色の入る余地がないほど真っ青である。


「お、おい……色つきだなんて聞いてないぞ?」

「だって言ってないもの……と言いたい所だけれど、私も知らなかったわ」


 通常暴走精霊というのは真っ黒になるのが普通である。けれども、極まれに黒以外の色になる暴走精霊も現れる。黒の暴走精霊がすべて下位の精霊がもとになってるのに対し、色つきの暴走精霊と言うのは中位の精霊が暴走した時になる状態だ。

 言うまでもなく、下位と中位の間には大きな力の隔たりがある。下位の暴走精霊が1,2人でも討伐できるのに対し、中位の暴走精霊となると最低でも10人はいないと到底太刀打ちは出来ない。サイズこそ普通の人間とそう変わらない大きさではあるが、その分力は一点に圧縮されて下位の暴走精霊よりも威力は段違いに高い。つまり、


「俺たち二人でどうにかなる相手じゃないぞ!?」

「そうね、ひとまず逃げましょう」


 二人は逃げるしかないってことだ。全速力で病室から抜け出すと、その直後に病室が爆発して消えてなくなる。後一秒、部屋から出るのが遅かったら巻き込まれていただろう。

 暴走精霊は特に動きらしい動きは取っていない。けれども、暴走精霊の周囲を青色のオーラが渦巻き、それが何かに触れると粉々に砕け散った。この力を使って病室を破壊したのだろう。

 樹と愛美は振り返ることもせず全速力で今まで来た道を駆け抜けていく。すぐに暴走精霊の視界からは消え、途端に動きの無かった暴走精霊が体をブルブルと振るわせ始める。


『マッテヨナツミ……オイテカナイデ……』


 口を動かすことすらせず言葉を発すると、ふわりと宙に浮くいて足を動かすこともなく移動を開始する。そのルートは二人が逃げているものと丸っきり同じルートで、どうやってか正確に把握しているようだ。

 三階から二階へ、そして一階へと降りると途端にその動きを止める。なぜなら暴走精霊が探していたであろう樹と愛美が正面で待ち受けていたからだ。


『ナツミ──!』

「【風天羽々鬼ふうてんはばき】!」

「【炎列鬼灯】!」


 ボンッという何かが爆発するような音がしたと思ったら、暴走精霊の体が勢いよく吹き飛ばされる。それは病院の壁をも突き破って外へと追い出されるほど。その直後、愛美の発動した炎の竜巻が暴走精霊を飲み込む。

 【風天羽々鬼】、圧縮した空気を操りそれを一気に開放させることで一時的に台風以上の突風を発動させる術である。空気で作った爆弾、と言えばイメージしやすいだろうか、それが暴走精霊を吹き飛ばしていた。

 更に圧縮された高濃度の酸素によって愛美の操る炎はその火力を倍増させ、その破壊力は途方も無いものとなる。


「やったか!?」


 即興にしては樹と愛美のコンビネーションはうまくいった。樹の攻撃で暴走精霊を吹っ飛ばして距離をとり、その瞬間に愛美の炎が暴走精霊を飲み込む。下位の精霊相手なら決着がついてもおかしくない一撃、いくら中位の精霊とはいえ倒せないにしても全くの無傷とはいかないだろう。そう、思っていた。


『ナツミ……ナンデ……ナツミ!』


 だが、暴走精霊は何事もなく炎の中から飛び出してくる。そこに傷などは一切ついておらず、全くの無傷だ。


「おいおいおい……これはいくらなんでもないだろ」

「樹君が「やったか!?」なんて言うからよ。それはフラグよ」

「俺のせいかよ!?」


 極めて淡々とした口調の愛美ではあったが、その頬には冷や汗が伝っており、彼女もまた全くの無傷というのは予想していなかったのだろう。これまで何体もの暴走精霊を見てきており、そのいずれもが彼女の力で倒せるような相手ではあったが、それはいずれも下位が相手だったからである。それが中位になっただけでこれほどまでに力が違うのかと、冷静な表情とは裏腹に内面はかなり焦っていた。


「これはマジで俺たち二人でどうにかなる相手じゃないぞ。他にも俺たちみたいな会社はあるんだろ? そこに応援を求めるとか……」

「無理よ。この暴走精霊の討伐は国が私たちに依頼したものだから、他の会社に応援を頼んでも来ることはないわ。協定違反になるもの」

「協定とかそんなこと言ってる場合じゃないだろ! 下手すりゃこの街が消し飛ぶんだぞ!?」

「例え街一つ消えようとも協定は絶対よ。国が他の会社にも依頼を回さない限り、こいつは私達二人で相手をするしかないわ」

「だったら国に依頼を回すようにお願いを……」

「無駄でしょうね。言って回してくれるような連中だったら、とっくに手配しているはずだもの。私たちが死にでもしない限り応援は来ないと思った方がいいわ」

「なんだよそりゃ……状況は絶望かよ」


 その原因となっている暴走精霊をキッと睨みつける。

 暴走精霊は二人が話してる間に攻撃してくるとかそういうことはなく、その場から一歩も動くことなく留まっていた。それは別に話が終わるのを待っていたとかそういうことではなく、うわ言のようにひたすら「ナンデ」と「ナツミ」を繰り返し呟いていた。


『ナンデ……ナツミ……ナンデ……ナツミ……ナンデ……ナンデナンデナンデナンデー!』


 暴走精霊の周囲を青いオーラが渦巻きだす。それは最初に病室を破壊したものと全くの同じもの。

 それを見た瞬間、樹の行動は早かった。


「【風天羽々鬼】!」


 暴走精霊の周囲にいくつもの空気の塊ができあがる。そして、それらが一斉に爆発して暴風が暴走精霊の体を襲う。鋼鉄に穴すらあけるほどの一撃。

 だが、それでも暴走精霊に傷一つつくことはない。それどころか反撃と言わんばかりに青いオーラが帯のように樹と愛美の方へと迫ってくる。

 それを見た愛美は一歩前へと出ると空中に手をかざす。


「【炎列石楠花えんれつしゃくなげ】」


 現れたのは炎でできた巨大な一輪の花。直径3メートルに達するような炎の花は愛美たちを庇うように現れ、青いオーラは花ごと二人をなぎ倒そうとするが、花に触れた瞬間逆に弾かれる。


「おぉ、やるじゃん!」

「私が扱える中じゃ一番防御力に優れた術よ。でも、あの青い奴相手じゃ長くはもたないわ」

「なら俺に任せろ」


 樹はそう言うと駆け出した。炎の花の陰から飛び出すと、再び花へと迫ってきていた青いオーラへと一直線に迫る。

 危ない──愛美がそう思った瞬間、青いオーラはまるで紙切れのように真っ二つに切断された。


「【風天音斬ふうてんおとぎり】」


 それは風の刃。普通は面で吹く風の流れを一点に集中させることにより、まるで刀のように鋭い切れ味を生み出す術。樹が使える術の中でも最強の威力を誇る術の一つである。

 それが青いオーラを伝うように一直線に暴走精霊へと迫ってゆく。暴走精霊は青いオーラを前面へと集中させる。それはさながらオーラでできた盾。音斬はその盾にぶつかった瞬間、霧散した。


「おいおい……これでも効かないのかよ?」


 とはいえ、全く意味が無かったわけではない。青いオーラによる攻撃は防ぐことが出来たし、防いだ盾のオーラも削れて防御が薄くなっている。

 だが、本体には届いていない。


「俺に任せろ……だって。プッ」

「そこ! うるさいぞ!」

『ナツミ……ナンデ……コウゲキスルノ? ソンナ……ナツミナンテ……ナツミジャナイ……』


 相変わらず何かをポツリと呟き続ける。端から見れば不気味かもしれないが、いざ対峙してみると不気味を通り越して恐怖すら覚える。それが、暴走精霊なんてたちの悪い相手であれば尚更である。


『ゼンブ……ケシトンジャエ!』


 暴走精霊の体から大量のオーラが放出される。放出されたオーラは精霊の頭上へと集まっていくと、ボールのように一つの塊となる。だが、その大きさは異常だ。野球やサッカーボールなんてものは比にはならない、車や家、そんなものすら飲み込んでしまうような超巨大な球状のオーラ。直径は30メートルに達するだろうか。


「これは洒落にならんぞ!?」

「不味いわね……あんなのが使われたら病院どころか本当に街が消えるわ」

「止めないと!」


 樹は【風天羽々鬼】や【風天音斬】を幾つも発動させ暴走精霊を止めようとする。だが、その尽くが青いオーラに阻まれ、暴走精霊に届くことは無い。


「ふぅ……アレを使うしかないようね」


 一方の愛美はそうごちるとそれまで展開し続けていた【炎列石楠花】を解除する。


「【封】【解】」


 そう口にした瞬間、天候が突然変わる。それまで少量の雲がプカプカと浮かんでいるだけで青空が大半を占めていた空を、全て覆い尽くすほどの雨雲が現れる。そして空から雨の雫がポツリポツリと降ってくる。


「【妖刀:雨霧あまぎり】」


 愛美の前に現れたのは一振りの日本刀。3尺にも達するような長い刃渡りのもので、その色はどこかほんのりと青色っぽい。

 名を雨霧。かつての持ち主が霧の濃い中で辻斬りをしたとされたため、そう呼ばれる妖刀である。


「吸い高まれ!」


 そう叫ぶと同時に雨霧は青色に発光しはじめる。それは命の輝き。誰一人として街に住む人々に危険を及ばせるわけにはいかない、そんな愛美の意思が反映された光。




『アアアアアアアアアアキエロオオオオオオオオ!』

「力を貸しなさい、雨霧!」




 暴走精霊の操る巨大ボールと、雨霧から生み出された津波のような勢いの水。二つは正面からぶつかり合う。街をも消し飛ばすほどの力を持ったボールと、全てを飲み込んでしまうほどの質量と力を持った津波の力。その二つはどちらも引かず、押し合い、そして──

愛「【封】【解】はその字のとおり封印を解除って意味ね。私の場合妖刀なんて物騒なもの持ってるから、普段は封印しているのよ」

樹「その間は異空間的なところに保管されてるみたいだな。まぁ、精霊界なんてのがあるんだし、他の空間があってもおかしくはないな」

愛「そこら辺の設定が実に甘いのがこの作者らしいわね」

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