第二話
はじまりは純白のパンツだった。
高校進学を機に実家を出て一人暮らしを始めたばかりの樹だったが、実家からの仕送りなどは一切なく、生活費を稼ごうとバイトの面接をいくつも受けていたが結果は全滅。現在の収入0円という悲しい現実に直面していた。
「はい、不採用……ですか。わかりました。はい、失礼します。……くそっ! また落ちた!」
学校の帰り道、かかってきた電話に出てみるとそれは面接を受けた会社からの不採用通知であった。何度受けても、どこを受けても採用されない。その怒りのあまりつい持っていたケータイを投げつけそうになるが、そうした場合出費がかさむからとなんとか自制する。
ポケットの中から財布を取り出す。中を開いてみればそこにはお札など一枚もなく、硬貨が何枚か入っているだけであった。その額、数えてみれば827円。それが樹の現在の手持ち金。
「今までこつこつ貯めたお小遣いやらお年玉はまだある……でも、バイトの当てが無い現状、この金額で後3日……いや、一週間はもたせたい。図書館にでもいって食べられる野草でも調べるか……それに後は──うわっ!」
「きゃっ!」
どうやってお金を浮かそう、そう考えていたせいで周囲への配慮が疎かになってしまう。そのため、前方から歩いてきている人に気づかず、ぶつかってしまうのは当然ともいえた。
ぶつかった衝撃で樹はふらつく程度で済んだが、相手の方は力を流しきれなかったのか、尻餅をついていた。
「す、すいません! ちょっと考え事をしていて──」
「いえ、私の方こそ前を見てませんでしたから。怪我とかは大丈夫で──? どうしました?」
「え、あ、いや……」
樹は自分の顔が熱を帯びてカーッと赤くなっていくのがよくわかった。
ぶつかった相手は女の子、それもとびきり可愛い美少女と呼べる子だったのだ。
樹の通っている学校とはまた違った制服を身に纏い、艶のある黒い髪をおさげでくくり、モデルのような小顔にクリッとした瞳に透き通るような白い肌。テレビでもお目にかかれないような美しい顔立ちの少女が樹の目の前にいた。
あまり同年代の女の子と関わりを持ってこなかった樹としては、目を合わせるだけでも気恥ずかしさを覚えてしまう。
「すいません、少々お手をお借りしても?」
「あ、ど、どうぞ!」
言われたとおりに手を差し出しそうになるが、その前に手のひらを自分の服にゴシゴシと乱雑に擦り付けてから改めて差し出す。
「ありがとうございます」
そう言って少女はニッコリと笑い、樹の体温は更にカーッと上がっていく。
少女の手は簡単に壊れてしまいそうなほどか細く、男の樹と違ってとても柔らかいもの。今まではアイドルの握手会などで「一生この手を洗わない!」なんていうファンがいる事を「何言ってんだこいつ」と思っていたが、こうして実際に触れてみるとその気持ちがわかるような気がした。
そのまま少女の手を引いて立たせると、少女は自身のスカートをパンパンと叩いて汚れを叩き落す。
「今度からはお互いしっかり前を向いて歩くことにしましょう、ね」
「う、うん。その、ごめん……」
「それでは、人を探してるので失礼します」
軽く会釈をすると樹の横を通り抜けていく。その際髪がなびき、何やら良い匂いが樹の鼻腔をくすぐる。香りにフラっと誘われるように通り抜ける少女へと視線を追いかけて振り返り、そして見てしまう。
少女の足元にうごめく20センチほどの白い精霊の姿を。
精霊というのは実にたくさんの数が人間界へと遊びに来ている。彼らは普通の人たちの目には映らない。とはいえ人に危害を加えることはないのだが、少し、というかかなりのイタズラ好きなのだ。なぜ彼らが人間界へと来るのかはわかっていないが、普段の様子を見ているとただ単にイタズラしに来たのではないか、そう疑いたくなるほど精霊はイタズラが大好きなのである。
その精霊は少女の真下から上を見上げている。つまりスカートの中をジーっと直視している。
樹はそんな精霊の姿を羨ましい!と思うと同時に嫌な予感がしていた。
精霊は大のイタズラ好き、そして今少女のスカートをジッと見つめている。
そこから導き出される結論はただ一つ。
「あっ、あぶない!」
「え?」
樹の手が伸ばされるのと少女が振り返るの、そして精霊がスカートを思いっきり捲り上げるのは全てが同時だった。
「…………」
「…………いや、あの、その……これは……」
はたから見れば今の光景はどう見えるのだろうか、少女へと少年が手を伸ばすと同時に少女のスカートが捲くれたのだ。樹がスカートを捲くったようにしか見えないのは言うまでもないだろう。
「見えましたか?」
「あの、だから、その……」
「見えましたか?」
「えっと、いや……」
「見えましたか?」
「…………はい、綺麗な白でした」
白。そう、少女のパンツは染み一つない綺麗な真っ白なパンツであった。
「そう……」
少女の声はとても冷たい。
それを聞いたとたん樹は体をビクンと震わせる。いくら自分がやったことではないとはいえ、バッチリと見るものは見てしまっている。そんな状態で「精霊がやったんだ!」と言っても説得力に欠ける。そもそも、世の中的には精霊なんてものは存在してないことになってるため、頭のおかしい奴と思わせるのがオチだ。
だから、今の樹にできることは一つしかない。
「すいませんでしたー!」
精一杯謝ることだけだ。
その場で地に膝をつき、頭を下げる。いわゆる土下座の姿勢である。
「……一体あなたは何を謝っているのかしら?」
けれども、少女からかけられた声は怒声でも罵声でもなく、疑問だった。
「え?」と思い顔を上げると、少女の表情には特に怒りなどの感情は浮かんでいない。むしろなんで樹が謝っているのか、それが不思議でならないという表情である。
「え、だってスカートが……」
「それは別にあなたがやったわけではないでしょ? この子が謝るならともかく、あなたが謝る必要性は全く無いわ」
そう言って差し出された少女の手には、さきほどの白い精霊が掴まれていた。精霊は掴まれているのが不満なのかジタバタと暴れているが、それで少女の拘束から逃れられる気配は微塵も無い。
「もしかして、精霊が見えて……?」
「見えていなければこうして掴むなんてできないでしょ。この子がいたことは最初から気づいていたわ」
「え、じゃぁなんでイタズラされるまでスルーを……」
「もしあなたが精霊を見えない人だったなら、私が精霊の対処をしようとすれば変な人にしか見えないでしょ。それに精霊なんて色んな場所にいるのだから、いちいち相手なんかしていられないわ」
「じゃぁ、さっきの見えたかどうかしつこく聞いてきたのは……」
「あなたがこの精霊を見えてるかどうかだけれども? それにあなたは「白」と言い当てたじゃない。見えてなければわからないはずだわ」
「そっちかよ!?」
冤罪による警察沙汰、裁判による有罪判決──そんな最悪な想像をしていた樹にしてみれば助かったとホッとできるものだ。いや、むしろ良いとさえ言えるかもしれない。なにせタダで美少女のパンツを拝めることに成功したのだ、思春期男子としてこれはとても喜ばしい。
「あなた名前はなんていうの?」
「名前? か……樹だよ」
「そう、樹君というのね。私の名前は炎上愛美。ねぇ樹君、ものは相談なんだけれども……アルバイト、してみる気はないかしら?」
「え?」
樹「パンツ見られる事恥ずかしくないわけ?」
愛「パンツなんて所詮ただの布じゃない、その下を見られるならともかく、パンツ見られて恥ずかしがる理由がわからないわ」
樹「……俺にはその感性がわからないよ」
愛「あら、もしかして私のパンツが見れて嬉しかったのかしら?」
樹「…………黙秘権を行使します」