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第一話

 時給820円。

 それは命の対価。

 あなたは820円のために自分の命を賭けれますか?






 轟、という音がした直後にコンクリートで舗装された地面がまるで煎餅でも割るかのように粉々に砕け散る。細かな破片が周囲に飛び散り、そのうちの一つが近くにいた少年の体に突き刺さる。


「いっつううううう! おい、愛美えみ! まだか!?」


 少年は突き刺さった破片を何の躊躇いもなく抜くと、自分の後方へと呼びかける。


「もうちょっと待って。後30分ぐらい」

「死ねと!? 俺に死ねと言うのかお前は!?」

「男の子ならそれぐらいもたせなさい、いつき君」


 愛美と呼ばれた少女は淡々と答え、それに対して少年──樹はまるでこの世の終わりとでも言いたげな絶望的な表情を見せる。

 今二人がいるのは夜の港。周囲に人気は全くなく、逢瀬を交わすにはピッタリの場所ではあるがこの二人は別にそんな関係には無い。というかそもそも、コンクリートが粉々に砕け散るなんて事態には普通遭遇しないだろう。

 なぜそんな事態になっているかと言えば、その原因は二人の頭上にいた。


 それは黒い影。夜よりも更に深い黒。まるでブラックホールのように全てを飲み込んでしまいそうな色の化け物。

 形は人間っぽく見えなくも無い。だが、人間にしてはその大きさは優に5メートルには達しており、さらに腕が3メートルはあるんじゃないかと思えるほどに太かった。もしそんな太い腕に殴られでもしたらペシャンコになることは想像に難くない。というか、コンクリートが粉々に砕かれるのを見れば嫌でも想像してしまうだろう。


 暴走精霊。


 それが黒い影の正体。この世界には時折精霊界と呼ばれる場所から精霊が紛れ込んでくることがある。本来は子供のように純粋な精霊なのだが、悪意に満ちた人の世界に長くいるとやがて邪悪さに染まってしまうことがある。そうして生まれるのが暴走精霊。暴走精霊は我を失って暴れまわり、時にはそれによって町一つが消え去ることすらある。

 そんな暴走精霊を止めるのが、樹と愛美がこんなところにいる理由であった。


「30分もかかるわけないだろ! いったい何して……何でケータイいじってんのお前!?」

「今話しかけないで。もう少しでこのステージはじめてクリアできそうなんだから」

「しかもゲーム!? なんでこのタイミングで──うおっ! あぶね!」


 後ろを振り向いて愛美の様子を確認する樹だったが、当然ながら暴走精霊はそんなことお構いなしに樹を攻撃してきた。間一髪、あと一瞬遅れてればペチャンコになっていたであろうギリギリのタイミングで回避に成功するが、さきほどと同じようにコンクリートは粉々に砕かれ、その破片が樹を襲う。


「────っ! 愛美、ほんと頼むよ! このままじゃ俺出血多量で死ぬぞ!?」

「ふぅ……仕方ないわね。【炎列鬼灯えんれつほおずき】」


 名残惜しげにケータイをポケットにしまうと、そうつぶやく。

 すると愛美の周囲を火の玉がポツリポツリと現れ始めた。直径30センチほどとそこそこの大きさのそれは、どんどん数を増やしていき、やがてドーム状に愛美の体を取り囲んでいく。外からは炎のドームにしか見えず、愛美の体は完全に見えなくなっていた。


「穿て、炎よ」


 炎のドームの中にいた愛美は、そう口にすると同時に右手を前にかざす。

 するとそれまではただあるだけだった炎が突然竜巻のように旋回しはじめ、突き出した手の先、つまり前方へと飛んでいく。その姿はまさに炎の竜巻。それが一直線に暴走精霊へと走りぬけ、渦の中へと飲み込んでいく。


『グオオオオオオオオアアアアアアアア!』


 それまで一言も発することの無かった暴走精霊がはじめて声を上げた。炎に飲み込まれ苦しんでいるのだ。

 暴走精霊をはじめ、精霊に対して銃などの現代兵器はほとんど意味を成さない。一切効果が無いとは言わないが決定打に欠けており、自衛隊がフル出動したとしても暴走精霊一体を倒せるかどうかは怪しいとされている。

 けれども、今の愛美のように人間ならざる特殊な力を持つものが世界には存在する。古くは陰陽師と呼ばれていた彼らは、科学技術の発展した現代に於いても暴走精霊に大して有効的であり、世間では知られていないが人々を守る要となっていた。


「あなたにも色々とあったのでしょう。でも、ここは人間たちの世界、あなたがいていい場所ではないわ。だから、ゆっくりと休みなさい」

『ガウウウウウウアアアアアアア……アァ……』


 愛美がそう語りかけると暴走精霊の様子が変わる。近づくものを全て壊してしまう凶暴な雰囲気は薄まり、穢れのない綺麗な光が周囲を照らす。

 それは暴走精霊の死に際・・・に訪れる、最後の意志。


『……ア……リガ……トウ……』


 それは何に対しての礼だったのだろうか。暴走した自分を止めてくれたことに対してか、悪意に満ちた人間の世界から解き放ってくれた事に対してか、それは樹にも愛美にもわかりはしない。

 けれども、表情の無い精霊ではあるが、どこかニッコリと笑っているように二人は感じ取った。


 そして、その言葉を最後に精霊は光となって弾けとんだ。光の粒子は雨のようにその場に降り注ぎ、その場だけは暖かい光に満ち溢れて昼間のような明るさが覆い尽くす。


「……はぁ、暴走精霊の最後ってのは何度見ても慣れないな」

「そうかしら? 私は好きよ。あの子達が最後は幸せにいけるんだもの、なら私達がシンミリしても仕方ないじゃない。笑いなさい樹君」

「あっはっはっは!」

「……暴走精霊とはいえ命を奪っておいて笑うなんて不謹慎よ」

「お前が笑えって言ったんだろ!? しかもやったのお前だし! 俺殺されそうになってただけだし!」


 今回の仕事の作戦は樹が前衛として暴走精霊の気を引き、その間に愛美が後方からどでかい一発をお見舞いするというものだった。だから樹は暴走精霊から何度も攻撃され、それを神がかった回避能力で避け続けていた。けれど直撃はせずとも破壊されたコンクリートの破片などは樹の体を攻撃してきており、致命傷にはならずとも細かな傷があちらこちらにできていた。

 当然服もボロボロになっており、今の樹の姿を例えるなら浮浪者といったところか。


「しかもこんなに殺されそうになってるのに時給がたったの820円だろ? やってらんねぇぞ、おい!」

「ならやめればいいじゃない。もっとも、やめた後に樹君が働ける場所があればの話しだけど」

「っく……!」


 時給わずか820円。

 お仕事、暴走精霊の討伐。もちろん命がけ。

 普通なら誰もやりたがらないこのバイトをなぜやらなくちゃいけなくなったのか、樹は今から一ヶ月ほど前の出来事を思い返すことにした──。


愛「実際、こんな命がけの仕事をいくらならやるの?」

樹「こんな仕事時給じゃなく出来高制にすべきだろ。一体倒したら10万とか」

愛「つまり、あなたの命は10万ぽっきりなのね。安い命だわ」

樹「その言い方やめよう!? でも10万なんて高校生には大金だろ」

愛「そうね、バイトで高校生がバイトで10万稼ぐなんて、怪しいお仕事だと思われてもおかしくはないわね」

樹「まぁこの作者高校時代月10万稼いで、親から稼ぎすぎだからやめろって怒られたんだけれども」

愛「だからうちは時給安いのよ」

樹「いやうちは上げろよ」

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