SAVE3:White Swan
湖のほとりに広がる城はまるで白鳥のように真っ白で、周りに広がる森とのコントラストは圧巻の一言に尽きる。
日本の城とは違う、絵本のような世界に思わずぽかんとなる。
小高い丘の上に立つその城は周りからは“白鳥城”と呼ばれていた。そう教えてもらって思わず納得する。
「母上!それはどういうことですか!?」
その静寂を破るように男性の声が目の前に広がる城のどこからともなく聞こえてくる。
それが開け放たれたドアから洩れてきたことはすぐにわかったけど、その中にいる人の表情まではここからは見えない。
「先程話した通りです。ジークフリート、これは母の命令です」
威厳がある女性の声がやや遅れてゆっくりと響く。それはまるで反対を許さないと、そんな意味も含まれているかのようで、自分の事ではないのに思わず息を呑み込んだ。
「私は……私は……」
「よいですね。明日、舞踏会の場であなたは妃を選ぶのです」
(明日……)
それっきりまた静寂に包まれた城に、窓からふと人影が見える。そこには短い金髪の男性らしき人が、窓から何かを眺めているかのようだった。
「……大帝……」
「……え……」
メアリーさんから零れた『大帝』という言葉は、吐息のように音もなく溶けて消えてしまったように感じたけれど、その気持ちの質量はどことなく重たかった。それを感じてしまったから、話の流れで彼の安否を伺うことも出来ない。
(あれからよくなったのかな……)
少しの間だけだったけど、彼の人柄はそれだけでも十分伝わってきた。
みんなが大帝さんを慕っていて、それで彼もみんなを大事に思っている。それがあの集会の場所ではよくわかったし、あのクエストでもメアリーさんと視線を合わせて優しく笑う姿は、今もちゃんと覚えている。
お見舞いに行きたいと思っていたけどそのタイミングも何となく逃してしまった。安否を知ることも、この雰囲気に阻まれる。
ただメアリーさんがそう零した言葉に、ナイチンゲールさんがそっと目を伏せた。その仕草だけが少し気になる。
(まだ容態よくないのかな……)
言葉にならない言葉をかけようとしたとき、城の正面が突然大きな稼働音を立てて開かれると、白い馬に乗ったさきほどの金髪の男性が上を見上げながら馬を走らせて目の前を通り過ぎる。
「追うよ!」
短く言うのと同時にメアリーさんが男性とは反対方向へ駆けだす。それに遅れてナイチンゲールさんも城の方角へ消えていき、両方の姿を交互に見ながらどうしていいのかわからないでいると、城の方からさっき聞こえた馬の走る音。
「乗って」
馬上から手を伸ばされ、引き上げられるようにその後ろに乗せられる。
びっくりして何も言えないでいる私の手を自分の腰にぎゅっと掴ませると、馬の横っ腹を軽く蹴る。
馬が勢いよく駈け出す。走るよりも何倍も速いその慣れないスピードにもう後は「わっ」とか「えっ」とか短い悲鳴だけしか出せないでいた。
成人を迎えたジークフリート王子は、母である王妃から明日の舞踏会で花嫁候補の中から妃を選ぶように言い渡された。
憂鬱になったジークフリートは、ふと見上げた空に白鳥の群れが飛んでいるのを見つけ、魅入られるように白鳥を追って城を抜け出す。
そのまま寂しげな湖のほとりに来たジークフリートは、王冠をいただいた一羽の白鳥が美しい娘に変わるのを見て驚いた。娘の名はオデットで、フクロウの姿をした悪魔に侍女もろともに白鳥に姿を変えられ、夜の間だけこの湖のほとりで人間の姿に帰ることが許されているのだった。
-----------------
--------
「綺麗……」
湖のほとりで1羽の白鳥が1人の女性に変わる。その女性は森のような綺麗な目をしていながらも、その瞳は悲しみに濡れているようだった。
それを男性と同じように目が離せずに見つめていると、そんな幻想的なシーンを壊すかのように短い電子音と警戒音が鳴り響く。
― 敵影 ヲ 確認 シマシタ -
「ナイチンゲール!」
「わかっています」
すっとナイチンゲールさんの後ろに守られるようにして背中の後ろに促されると、私が後ろに回ったのを合図にするかのように湖が真っ黒に染まる。
それが湖そのものが色を変えたのではなく、空から大量の黒い烏が飛んできて、影を映した湖が色を変えたのだとわかったときには、空と湖の色を変える烏達は、まるで雲のように大きな影を成していた。
「スキルコード『雷電』、前方飛来物!」
メアリーさんが湖に手をかざしてそう叫ぶと、湖面を高速で走っているかのように青白い光が四方に広がる。
「ギャ」
「ガァァアアアッ」
水面を滑る凶器が黒い雲を1つ、また1つ霧散させていく。落とされていった黒い雲は湖に落ちると、瞬く間に水面を黒と赤に染めていく。
「…………」
何も言えなかった。
目の前の美しい光景は私達の行動など物語に組み込まれていないというように自分達の悲劇だけをさめざめと泣く。
その横では澄んで綺麗だったはずのものがどんどん黒く染められていく。
そしてそれを、何とも思っていない、まるで『ゲーム』であるかのように淡々と敵を屠って(ほふって)いく姿。
今までこんなの見たことなかった。いや、もしかしたら見てこなかっただけかもしれない。
誰かによって意図的に綺麗な世界だけを見せてもらっていただけかもしれない。
しかしこれが本当のこの世界の姿なのだと、言葉を詰まらせるほどの不気味なコントラストで見せつけられているようだった。
悪魔の呪いはまだ誰にも愛を誓ったことのない青年の永遠の愛の誓いによってしか解けないのだと言う。
一目で恋に落ちたジークフリートはオデットに、私が永遠の愛を誓って悪魔の呪いを解いてあげましょう、と申し出た。オデットもまたジークフリートに惹かれ始めており、その言葉に希望を持つが、上空には二人を見張るようにフクロウの姿をした悪魔が飛んでいた。
果たして私達の悪魔はどこにいるんだろう。そんな詩的な疑問が沸いてしまう。
辺りに静電気を帯びた静かな湖畔に黒い染みがじわりと広がり、その様子をどこかで楽しそうに眺めている悪魔がいるような、そんな気持ちにさせられた。
― 敵影 ヲ 殲滅 シマシタ -