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secret GARDEN- Lakhesis -  作者: 蜜熊
QUEST1:Black Swan
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Phase2

Phase2




「先生、急患です」


「78歳女性 部屋でCPA(心肺停止)状態なのを管理人が発見。外傷等はありません」


「……で?携帯は?あったの?」


「……はい」


「そっか……最近その手の急病人は年齢も時間も関係なく多いな」


「……警察の話ではかなり穏やかな顔をしていたようです。餓死による徴候もありません」


「『SBS』……本当に眠るように死ぬんだな……」


「家族は看取りを希望しています」


「わかった、すぐ行く」



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『夕弦、大丈夫?』


僅かに開いたドアから様子を伺う声、その声の持ち主の名前を呼ぶと、大好きな人の姿が目の前に映る。


『お腹空いてない?喉乾いてない?』


その言葉に『のどかわいた』と答えると、目を細められる。


すっと部屋から出ていってしばらくすると、熱で火照った頬に冷たいものが軽く当てられる。


『起こしてあげるから少し飲める?』


寝ている状態から少し起き上がり座る格好になると、口元にコップにストローが刺さったものを近づけてくる。それを雛鳥のように口に近づけると、隣から笑う気配。


飲み終わったコップから口を離すと、空になったコップを持つ手と反対の手で優しく撫でられる。


『早くよくなるといいな。それまでオレがついていてやるから』


「うつっちゃうよ」


『いいんだよ、お前が苦しそうな方が辛い。それに……』


それに・・・それから何て言われたのかはっきり覚えていない。


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-----------------


髪の毛を優しく梳かれる感触に不意に意識が浮上する。

その手は匡のものとは違っていたけど、触れてくれる優しさは近いものがあって、だからかすごく気持ちがいい。


「……た……すく……」


「うお!?」


その声と一緒に何かが派手に転ぶ音。その衝撃で一緒にベッドサイドに載っていたお盆を倒してしまったのか、声の持ち主が「冷てっ!」と続ける。


「……つばさ……くん?」


「あーマジでごめん、起こすつもりなかったんだけど……」


それとこれもごめん、と言われて体を起こすと、カーペットには水を吸った痕。


「ちょっと布巾ふきん取ってくるから!」


「あ……っ」


ばたばたと下に降りていく足音が聞こえ、その後部屋には静寂が訪れた。


優しい夢を見ていた、けれど最後の言葉は結局何だったか思い出せないまま。


匡との思い出を思い出すことが最近になってまた増えてきたけど、どうしてなんだろう。

最近思い出す思い出はどれも肝心なところが虫食いで全てがクリアに思い出せない。


忘れたくなんてないのに


「…………」


「お待たせ!適当に使えそうなものを……っておい!?なんで泣いてんだよ!?」


「……え……」


目の前の長身があわあわと両手を動かし、そして突然思い立ったかのように手に持っていた布を顔に押し付ける。


「とりあえず落ち着け!な!」


「……」


ぐいぐいと押し付けられて、その衝撃で何もかもが吹き飛んでくれたのはありがたかったけど・・・


「……飛翔くん……」


「いきなり泣くなんてなんだよもー……マジで心臓やばいっての……」


「飛翔くん……」


「あ?何!?」


「……これ雑巾……」


--------------------------


-----------------


「おじさんから様子を見てくれてってメール貰って来たんだ」


お見舞いと称して持ってきてくれたりんごに四苦八苦しながら言葉を続ける。


「お前メールしろって言ってもなかなかしてくれないしさー……。おじさんとメル友になりそうな勢いだよ」


「ご、ごめん……」


「ま!お前のメール不精は今に始まったことじゃないしな。ほら、出来た」


不格好なりんごを手渡される。それを受け取って口に入れると、甘みと酸味の程よい味が口に広がる。


「おいし……」


不意にその味に、あの時食べたアップルパイの味が重なって言葉がそこで止まる。


どうしたら痛みを乗り越えられるんだろう。痛みには強いと思っていたのに、どうして乗り越えたいものは足に絡みついて取れないんだろう。


今でも時折夢に見る光景、それは業火の中の叫びだったり、むっとするアルコール臭の中だったり、静かな船の底だったり。


花畑の中心だったり


その中で散っていった人達の気持ちを抱えて歩くなんてそんな聖人のようなことは出来ないのに、それを振り切ることも出来ない。


結局中途半端なまま、未消化の気持ちをどうにか誤魔化して歩くしかないけれど、不意に『忘れてもいいんだよ』と誰かが囁くその言葉に負けそうになる。


こんな葛藤は何度もあった。


人の痛みを忘れてしまえば、きっとその先に進む足取りは早くなる。


人の痛みを忘れてしまえば、きっとその先に広がる景色はとても寂しいものになる。


そう何度も自分に言い聞かせて、忘れてない事を確かめてこうやって傷つくのは馬鹿馬鹿しくて滑稽で、それ以外の何物でもない。


だけど背負える程強くもないのに忘れたくないだなんて、わがままな気持ちの答えの出し方がこれしか思いつかない。

それに虫食いの気持ちをこうやって嘆く位なら、こうやって何度も痛みを感じる方がいいのかもしれない。


ラークさんの最後のあの言葉は、どうやったって忘れられそうにないのだから。


「どうした?あまりうまくない?」


「……ううん……」


「やっぱりお前にはイチゴの方がよかったかー……」


「……え」


フルーツかごの中身を見て、がっかりとしている飛翔くんの言葉に疑問を返すと、いじけたような顔でちらりと見る。


「だって匡さん言ってたもん。『夕弦はいちごが好きなんだよ』ってさ」


その言葉に何故かひっかかる。確かにいちごは好きだけど、それを匡が飛翔くんに言った思い出が・・・ない。


「それ……どこで……?」


「どこだっけなー……確か匡さんが“しばらく語学留学するって”おじさんに言われてー……それから後だったとおも……」


「いつ!?」


「うお!?な、何だよ」


「お願い、いつだった?詳しく覚えてなかったらだいたいでもいいの。お願い……」


周りに“語学留学のため”と言ったのがあれからしばらく経ってからなのは、夜母親と父親が言い合っていたのをたまたま聞いて知った。

それでも母親は最後までそれを認めることはなかった。


『タスクは家にいるじゃない!語学留学したのはユズルちゃんよ!!』


『ユズルちゃんは勉強がタスクより出来なかったから、あなたが勧めたんじゃない。……そうよ、そうだったわよ』 


それから母親の前でその話題をすることはなかったけど、ほんの時々

『ユズルちゃんは1人で頑張っているのね』

と優しい顔をする母親を泣きそうな顔で見つめていた。


その話題が出たのは、匡がいなくなってしまってから半年位経った後だった。


「えー……確かクリスマスかお前の誕生日かその辺の話題だったと思ったけど……」


(まさか……そんな……)


「ケーキでさ、いちごが乗ってる方が好きかどうか聞こうと……」


「い……までも……メール……くる……?」


心臓が痛い。体が熱い。


「なんか前に『これから忙しくなるから繋がらなくなる』ってメール来たっきり繋がらなくなったし、メールもしなくなったけ……ど……」


母親がオズの世界に出て来た後、そんな可能性を考えていた。その可能性をラークさんから言われた言葉で確信した。


匡はもうずっと前にあの世界と一緒(同化)になって、今もどこかで何かの役割をしていると、そんな結末を確信していたのに。


「…………」


けれど事実は、その想像した結末とも違うと言うの?


『皆守匡は死んだ』


匡は最近まで生きていたの?


それはいつまで?私に送ってくれたメールはいつのものなの?


どうして私に何も言ってくれなかったの?


どうして私に・・・逢いに来てくれなかったの?


それは私の中に、黒いインクのようにジワリとシミを作って広がっていった。


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