Phase1-1
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『今日も飛翔がお前の様子を見に来たいと言っていた。ここのところ元気がないようだし、話せば気分が紛れるかと思って了承したが、気分がのらないなら断るから言いなさい』
「…………」
テーブルに置かれていたメッセージを見れば、そこには相変わらず会う機会はあまりないのは変わらないけれど、マメにメッセージを残してくれる父親の文字が躍る。
何も知らない飛翔くんと、今この胸にあるいくつもの思いを共有して、そして楽になることが出来ればどんなにいいんだろう。
少なくとも1人で背負っていくよりはずっと楽になるのかもしれない。
(……でも)
そんなことは身勝手な気持ちで、夢物語だということもわかっている。
斗真くんにも、周さんにも、正親さんにも
仲良くしてくれている誰にも言えないのに。
(正親さん……)
『憤怒』・・・アイギルさんは正親さんに聞けと言っていた。
その言葉を聞いて、少なくとも正親さんが“匡が死んでいたことを知っていた”事実を突きつけられて、言葉を失った。
私と同じように匡の死を悲しんでほしいととかそんなんじゃない。ただずっと探していたのを知っていて、でも教えてくれなかったことが、どう捉えていいのかわからない。
ただ私を悲しませないように黙っていてくれたのか
ただ私が何も知らずにこのままこのゲームを続けていくのをいいと思っていたのか
ただ何も感じなかったのか
ただ・・・
(正親さん……違うよね)
事件の当事者だから黙っていたのか
(違うよね……)
アイギルさんは何の躊躇いもなく匡を見殺しにしたと言っていた。そのことに強い怒りや憎しみを抱くよりも前に感じたのが、ただぽっかりと空いた穴を呆然と見ている気持ち。
喪失感と虚無感が、悲しみを超えて押し寄せてきて、匡を想う気持ちが、殺されて憎いはずの気持ちよりも勝った。
知りたいけど知りたくない
今はまだ他の人を憎いと思う気持ちよりも、自分の心の中の気持ちに折り合いが付けられないだけで、それが付けられるようになったら、もっとそのことを知ってしまったら、誰かを憎いと思うようになるのかもしれない。
「ママ……」
母親が私に時折向けたその感情は、とても醜いものだった。それは嫉妬なんて言葉よりもずっと重くて、歪められた顔を見るのが辛かった。
言葉は刃物のように鋭利で、冷たいものだった。
意味がわからなくて泣いて、泣いて、意味がわかってからはそれも見ないようにしてきた。
綺麗だったものが、そのせいで醜くなってしまうのは、見ていたくなかった。
大事にしていたものが、自分のせいで汚れていくのは、内側から腐らされていく感覚に似ている。
憎まれる気持ちも辛くて、どうしてだろうと何度も考えた。それを与える立場になってしまったら、私はどう変わってしまうんだろう。
アイギルさんを・・・もしかしたら正親さんを、憎むようになるんだろうか。
「…………」
あれから怖くてメールは見れないでいる。目を覚ました後真っ先に届いたそのメールだけは、今も見れずに未開封のままパスの中にしまわれている。
宛名は正親さん
タイトルは無題だったけど、どんな内容だかは察しが悪くても何であるかはすぐにわかった。
それを見る事すら怖いのに、告げられる真実か、それとも嘘か、それはそれ以上に怖いものであるのは間違いない。
『お前……この“ゲームの裏側”を知りたいと思うか?』
その言葉にももしかしたら今の状況が含まれていたのかもしれない。
あのときぼやけて見えた輪郭の先に、ひどく寂しそうな顔が見えた気がした。それが思わず言葉を呑み込ませて、軽い返事で答えることを止めさせた。
何が辛くさせる原因なのか全くわからないけど、きっとそれは少なくとも正親さんが大事にしているものに関わるようなことなんだろう。そしてそれは、軽い気持ちで触れちゃいけないもの。あのときはそう思った。
それが何であったのか、今なら考えられる。もしかしたらこのことだったのかもしれない。
全てが今は推測でしかないのに、その推測ですら傷つくのなら、“真実”を聞いてしまったとしたら一体どうなってしまうんだろう。
「正親さん……」
答えを知っているここにいない人の名前を呼ぶけれど、その言葉は何の意味もなくリビングに溶けて消えた。
- viewpoint change T -
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「…………」
何度目かわからない溜息をつけば、ショッピングモールで適当なベンチでたまたま隣合わせに座っていた人物がちらりとオレを見る。
わかってる、こんなに溜息をついたって何にもならなければ、意味もない。
結果的にゆずるを助けられたのは本当によかった。
今言えることはそれだけだ。
他のことは何一つ満足と感じる答えはない。
戻ってきたオレ達をぼんやりと見つめるあいつは明らかに様子はおかしかったけど、それでも黒い霧も消えていて、話して、体を動かしている姿を見れたのは純粋にほっとした。
その最初の欲求が満たされて、次には謎が押し寄せてくる。
頭は考えさせられて疲れているハズなのに、アドレナリンが過剰に出ているせいか興奮していた。
けれど、興奮していたはずのその口からゆずるに伝えられる言葉は何もなかった。
『強欲』、その名前は初めて聞いた。あの後調べてみれば、ゴシップ記事ともとれるようなトピックスの中に埋もれるようにしてその名前が載せられていたけど、それも数年も前の話で、それからその単語が出てくることはなかった。
それがまたあの『MUD HUNTER』が探しているものとなれば、信憑性なんてあったもんじゃない。実際に見て、そいつからその単語が出てこなかったらそれで片づけていたかもしれない。
羊とも悪魔ともとれる悪趣味なマスクを被って、恰好はちょっとしたカジノにいそうなフォーマルな出で立ち、そのプレイヤーなのかあの気色悪かったサラリーマン風の男と同じように世界と『同化』した元プレイヤーなのか、それすらもわからない奴は、ただオレ達を混乱させるだけじゃなくとんでもない置き土産まで残していった。
『皆守 匡や『強欲』のように、“あんたに殺される”のはごめんだし』
そういい放たれた相手は何も話そうとはしなかった。その爆弾発言よりも前にすでにいくつかの謎は謎のまま宙ぶらりんで、その答え合わせすらさせてもらっていない。
謎だけが降り積もっていくだけでヒントもなければ、想像も想像の域を出てくれない。
(……ゆずるがくるのを待たないとわかんないけど)
出来ればゆずるにはそのことは話たくない。
あれだけ必死に兄貴のことを探してて、でもそれが最初から一緒にいるヤツに殺されただなんて言えるはずがない。
(なんであいつも否定しないんだよ)
あそこであいつに『嘘をつくな』なんて言い返してくれれば単なる戯言だと気に留めなかったのに。
(どうしてなんだよ)
どっちなのかわからない。本当なのか嘘なのか。
ただ黙っているだけで人の気持ちをわかってもらいたいだなんて思っているなら、とんだエゴもいいところだ。ちゃんと話してくれないと、ちゃんと言い訳してくれないと、納得出来るものもしようがない。
「なんだよ……」
折角守ろうとしていたものまでも嘘だと言われているようで、折角恥ずかしくてたまらないけど、大事だと気付くことが出来て、そして向き合おうとしていた気持ちはただの自己満足だと言われてこんなに屈辱的なのに、唇を噛みしめるしか出来なかった。
- viewpoint change A -
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目の前の敵を切り伏せる。一撃で事切れた相手には真っ直ぐに剣筋がついているが、それを見てもそれすらも歪に見える。
(……当たり前か)
気持ちに迷いがあるのに真っ直ぐ切れているはずはない。
確かに言われた言葉に少なからず動揺したことは確かであったし、雲雀と呼ばれた特殊プレイヤーのあの事件でも、彼は自分達に説明することをしていない。
それが暗に何かを隠しているだろうことはわかりきったことであったが、それが仮に今回判明したことであるのなら、納得はいく。
はた目から見ても彼が彼女を大事に思っていることはわかるものだった。
彼女もまた彼を大事に思っているのは間違いない。その気持ちは生憎当人達ではないので名前をつけることは出来ないが、この殺伐とした世界、いや、殺伐とした人間関係しか作れない両方の世界にあって、自分には清らかなモノであるように見えた。
だからその関係を築いている3人を見て、正直眩しいものをみるような眩暈に似た感情は抱いていた。
しかしそれも全て幻で、行き違いのあったものだと言うのなら、自分が見ていた綺麗なモノは一体なんだと言うのだろう。
「…………」
他人は信じていない。元より身内ですら信じることが出来ない自分が他人を信じることなど出来ないものだという自覚はある。
それでも彼女達だったらもしかしたら・・・と自分にないものを大事にする彼女の気持ちを、せめて害さないようにと思うことは最近増えていた。
だから彼女に知らせるべきであると考えるのと同時に、彼女に知らせるのを躊躇う気持ちも存在している。
あの顔が悲しみと、そして憎しみに染まっていくのは・・・きっと見ていて快いものではない。
ないものを、託していたのかもしれない。
当の昔に諦めた真っ白な心を大事にしている彼女に、自分にないもの全てを見てもらいたいと。
しかしそれを彼は壊そうとしている。沈黙は肯定を表し、自らそれを壊そうとしているようにさえ見える。
結局は真実を明らかにしない限りこの鬱々とした気持ちが晴れることはないのだろう。
しかし、真実を明らかにされた後、清々しい気持ちになれるのかどうか、少なくともその予想はつかずにいた。




