Phase2
Phase2
呪いとは、人あるいは霊が、物理的手段によらず精神的・霊的な手段で、他の人、社会や世界全般に対して、悪意をもって災厄・不幸をもたらす行為を指す。
呪いは生きた人間による場合には、呪文、祈祷、その他の言語的、呪術的または宗教的な行為によって行われるとされることが多い。
また神話・伝承・物語などにおいては、登場人物が魔法使いなどによって呪いをかけられ、動物に変身したり(白鳥の湖)、眠りに落ちたり(眠れる森の美女 )する例が多く見られる。
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「みんな……」
閉ざされた奥の部屋からシルエットとともに声がして一斉に振り返ると、そこにはずっと待ち望んでいた人が、自らの足で歩み寄ってくる姿が見える。
「大帝が……大帝が意識を戻された!」
チームメイトの1人が声をあげて、それが夢でも何でもないものだとわかると、焦る気持ちそのままに駆け寄った。
「リヒャルト!?大丈夫なのか!??」
「ヨハン……どうしたんだ、みんなもそんな泣きそうな顔をして……」
あいつは普段の通り名を使うことも忘れ、目の前のおれをいつもの優しい瞳で見つめる。その変わらない様子に、胸にこみ上げてくるものを抑える手段が見つからない。
それも優しく受け止めてゆっくり笑みを深める。よかった、これで現実に戻れる。
城主が不在になった状態が何日も続くと周りのものも訝しんだ。当たり前と言ったら当たり前だ。
普段車いすで生活をしているリヒャルトが突然何日も1人で城を留守にするなんてことは今まで1度もなかった。
だいたいは執事と一緒かおれと一緒に行動していることがほとんどだったし、おれ以外の誰もゲームをプレイしていることなんて知らない。
頼みごとをしているせいで城を空けてもらっているなんて苦しい言い訳を並べてみたはいいものの、誰もそれを真に受けて信用しようとはしなかった。
幸いにして何かの異常事態だと鋭く察してくれた執事が言葉を足してくれたおかげで、数日は何とか誤魔化すことが出来た。
期限はもうほとんど残されていない。リヒャルト自身にも、その環境全てにも。
そう覚悟していたとき、メアリーがとんでもない発案をした。
雲雀が残してくれた、悪魔の囁きとも取れる救いの道を。
最初にこのゲームを始めたのはおれからだった。そしてこの“悪夢”に巻き込んだのも、おれだ。
どこからともなく噂で聞いたことがあった『願いを叶えるアプリケーション』。
それを誰から聞いたのかまでは覚えていないが、願いは忘れることはない。
“リヒャルトの足を元通りに”
ただそれだけを理由に、不可能だと思っている気持ちを抱きつつも、わずかな可能性にかけてみたくもなった。どうせこのまま過ごしていてもあいつの足が治ることなんて今後あり得ない。
ならばあり得ない夢物語に付き合うのもいいのかもしれない。最初は本当にそんな単純な理由だった。
それが可能なのかもしれないと思えるようになったのは、夜な夜なこっそりアプリを起動しているところを見ていたリヒャルト本人だった。
ちょっとした隙をついておれのスマホを盗み見したんだろう、現実世界ではない場所でリヒャルトから連絡が入ったときほど夢の現実の境がわからなかったときはない。
訳が分からず指定された場所に行けば、そこにはいつもの恰好をして、その場に“立って”いる姿。
『どうして……』
その言葉は色んな意味が含まれていた。
どうしてここにいる?
どうしてこのゲームを知っている?
どうして
『お前……足……』
立つことが出来ないはずの足で立っている?
『僕にもわからない。けれど、これが今ある現実のようだ』
本人よりも驚いているオレを見ながら笑うその姿はいつものあいつそのもので、ずっとおれが見たかったもの。
ずっとずっと昔、おれをかばって怪我をしてから、二度と動かなくなってしまった両足、それが今、昔となんら変わらない姿でそこにある。
『ここはいいね……爵位も……権力も何もない。ただの僕とただのお前がいるだけだ』
『僕の夢?そうだな……この歪んでいる世界が少しでもお前やプレイヤーにとって夢のあるものであればいいと思う』
おれの夢はそこで叶った。
それからはただこの世界がリヒャルトにとってよりよい世界であり続けるために、そこに居続けるだけだ。
そうやってずっと歩いてきた。
守るもののために強くなろうと、そうやってあいつの意思に賛同する仲間が増えていけばいくほど、守るべきものは増えていった。
時折力を奢って道に迷うことはあったが、リヒャルトは変わらずおれの傍にいてくれた。
それが、やっと戻ってきてくれた。
2つ目の願いを叶えてくれたこの世界はおれに何の見返りを求めているんだろうか。それも今はどうでもいいことだ。
チームハウスに詰めていたチームメンバーが、目の当たりにしている奇跡に歓喜の声を上げた。やってきたことは、希望は、こうして叶ったんだと。
「そういえば……メアリーの姿が見えないが……」
何日間もベッドに横たわっている体は、しかし精神的に大きな影響を及ぼしているこの世界では特に支障はないようで、いつもと同じように仲間を心配する姿に一同がほっと胸を撫で下ろす。
「メアリーのおかげなんだ!お前を助けようと……」
クエストに行ったきりまだ戻ってきてはいない、けれど難しくて危険だと思っていた可能性に繋がる道を、あいつは迷うことなく正しい道を選んで来たんだ。その成果を目の当たりにしながら興奮気味に言葉を発する、その全てを言い終わる前に、扉が無遠慮に開かれた。
「お前……」
一瞬ここは日本かと疑ってしまいたくなる。だけどここは間違いなくオレ達のチームハウスで、間違いなく独逸であるはずなのに。
(どうしてこいつがここに)
「穂積?どうしたんだ?」
その隣で同じように予期せぬ来訪に驚きながらも、来客をもてなすように歩み出る誠意さえまどろっこしく思うかのような表情に、ますます困惑する。
「『期間延長』の効果、後どれ位残っている?」
「?どういう……」
『こんにちはー、エアポート直行便です。お荷物のお届けに参りましたー!』
開け放たれた扉からNPCの宅配便役が被っていた帽子を軽く上げながら挨拶し、問答無用で中に入る。
それを制止するよりも前に、その人物が持ってきたシープタイプレストに眠る姿に、その場にいた全員が息をのむ。
「これ……は……」
(あのときと……)
体全体を包む真っ黒な霧。
「ゆずるっ!!?」
穂積と一緒にやってきた小柄な少年がその姿に目を大きく見開き驚愕を端的に表現していたが、これと全く同じものは数日前に見ていた。
泣きながら発狂寸前になっているメアリーに担がれていたリヒャルト、その両足に巻きついていたものと全く同じもの。
それから進行していったものの姿が今、同じように目の前にある。
同じように、大事なものに牙を向けている。
「どうして……だって……呪いは……」
あいつが呪いを解きに行ったんじゃないのか?それが成功したからこうやってリヒャルトは元気になったんじゃないのか?
動揺を誘うように明らかになっていく事実に、言葉がうまく告げない。
「メアリーが……呪いを引き継いでしまったんです……」
「ナイチンゲール様!?お戻りになったんですか?」
チームメイトの1人が、聞こえてきた声の持ち主の名前を呼び、それに全員が振り向く。
体には目立った外傷はなかったが、顔だけが真っ青で震えていた。目は疲れているように見え、泣いたような跡もある。
「Understood……メアリーが新しい『嫉妬』になったのか」
「事情がわかってるなら早ぇえ。『期間延長』の効果はどれ位ある?」
「Maybe……24時間位」
ナポレオンがいつものとろんとした瞳で、しかし真っ直ぐに彼女を見る。
あのときはその霧が蛇のように見えた。けれど今はどうしてだろう、へびのようなものではなく、どこか別のもののように見える気がする。
「待ってくれ、僕にもわかるように説明してくれ。どうして彼女がこうなっている?メアリーが何だって?」
「効果がかかっている部屋にこいつを運んでからだ。訳は全部その後で話してやる」