Phase1
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全身鋼鉄の鋼を纏った存在は、近づく前からその存在を強調していた。
おおよそ場違いなその雰囲気を感じ、制服姿の端整な顔の持ち主である青年はその方向へ視線を向ける。
その気配と存在は前に1度実際に対峙して以降、忘れようもないものであった。
ただまさかこんな場所にこようとは想像もしていなかったのか、最初はどうしてもその感覚に戸惑いを隠せない。
疑問は多く浮かんだが、その感覚が正しいものだと証明するかのように、今日も一言も話そうとしない目の前の男が、メガネ越しに閉ざしていたまなざしを開き、その奥に向ける。
そしてその視界に映ったであろう光景を見て、即座に腰を上げた。
やや遅れて青年が、見つめるその鋼のシルエットに1つ、不釣り合いなものが近くにあることを認識した。そしてそれが何であるかを理解する前に、その名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ゆずる!!」
無意識に短く息を吐き、頭に酸素を行き渡らせると、急激に今の光景が何を示しているのかを知る。
遅れて駈け出した先にはすでに男が周りの不穏な空気をもろともせず、鋼のシルエットが抱きかかえていた“何か”の名前をもう一度繰り返した。
「ゆずる!おい!ゆずるっ!!」
「…………」
鎧の相手は何も答えない。ただ呼吸をするのと同じなのであろうか、全身からは怒気とも取れる感情が零れ出ている。
しかし、男はそれを気にすることはない。
肩揺さぶるその相手は固く閉じた瞳を開こうとしない。それだけであれば寝ているだけとも取れるが、額にはうっすらと汗をかいており、顔色もどことなく悪い。
時折小さな口から洩れる声にならない声は、まるで何かに苦しめられているかのように悲痛なものを含んでいた。
青年はその事態に頭のどこかで冷静に考えを張り巡らせる。
もしここがクエスト内のフィールドであったならばアラートが聞こえてきてもおかしくはない。相手は何も発言しないが、かといってそれが安全に繋がるという保証はどこにもない。何せ、相手はこのSG内で最強と呼ばれている
「アイギル!てめぇ……これはどういうつもりだ」
ランカー1位、アイギル=ディメンデス、通称を七つの大罪の1つ『憤怒』。その人なのだから。
それすらも失念しているのか、それとも目の前の事態の方が大事だと考えているのか、メガネをかけた男は交わっているかもわからない視線を相手に送る。
「…………」
それでも相手は言葉を発することはなかった。
ただ抱きかかえていた1人の少女をそっとその場に横たわらせると、自身の鎧の小手に埋め込まれていた白い石を見つめる。
それをすっと指で滑らせると、電子音が2人の間に響く。
― アイギル 様から正親 様へアイテムの移譲の申し出があります ―
「答えろ!」
襟があったら掴みかかりそうな勢いに、青年が思わずそれを制する。空気を感じていればわかった。目の前の相手はこの質問に対して答える気はない、と。
「リヒャルトに聞け」
ただ一言それだけ答えると、振り返りもせずその場から立ち去る。まるでこちらの提案を拒むことなどありえないと言わんばかりの態度に、まとまりかけていた思考がまた自分の手から離れようとしている。
相手も同じように思惑を探ろうとしているのか、舌打ちをしながら自身のパスを操作し、その提案から導き出される意図を汲み取ろうとしていた。
― アイギル 様より『クエストフリーパス』のパスコードを移譲されました ―
- viewpoint change T -
全く意味がわからない。
何度も何度もそう思いながらも、相変わらずむっつりと口を閉じたまま状況を説明しようとしない相手を睨むけど、それすらも交わされる。
「まもなく着陸態勢に入ります。どなた様もシートベルトの着装をお願いいたします」
「澤村、ベルト」
「わかってる!」
飛行機内のアナウンスに、やっとこの沈黙から解放されるのかと思うと大きな溜息が零れる。
実際にここまで飛行機で行くとしたらこの何倍もかかるんだろうけど。たった3時間足らずで日本からここに行ける飛行機が開発されようものなら、それこそ大きな事件になりそうだ。
とりあえず当たり前なことは置いておいて、今わかる状況を確認する。
どういうわけだかオレは、今独逸に降り立とうとしている。
訳は3時間前に遡る。
相変わらず『ゆずるが望むまで一連の種明かしはしない』と言い張っているヤツをどうしても説得してすっきりさせたいのか、今日もアマネはあいつのところに行っていた。
そんな熱いキャラだったのかとちょっとした驚きを覚えながらも、短い付き合いでもわかっているマサの性格上それはしないだろうとも思っていた。
今日もまた不毛な言い争いをする位なら別のクエストでレベルでも上げていた方がよっぽど有意義だ。
オレは早々にそう判断して、1人でクエストをやっている最中だった。
ゆずるのことは勿論気になってたし、一応メールも送っていた。
あいつも巻き込まれるくせに、ギリギリまでクエスト知らないとか言ってることが多いなと思いながら返事を待てば、当日になって“オデットとオディール”のクエストに参加していると返ってきた。
そう言えばあれは女性専用のクエストで、難易度はそこそこあった気がする。
どっちにしてもゆずるのレベルならどれをやっても大抵が高難易度に当てはまりそうな気もするけど。
参加している相手がguardianのメンバー2人だと聞いてちょっとだけほっとした。
あそこのメンバーならイベント途中でけがをするとかそんなことにはならないだろう。
噂に反して結構話がわかるやつらだと聞いていたし、実際最後に送られてきたメールも危険を感じさせるような内容はなかった。
ただ少し気になったのが
『気にし過ぎだと思うんだけど、何だか変な感じがする』
その文字だった。
危険察知能力は高いのは知っていたから、もしかしたらまた何かがアンテナに引っかかったのかもしれない。これでいつぞやと同じようにシークレットでも見つけてきたら相当すごいななんて思っていた。
ほんの少しの心配と一緒に。
オレがやっていたクエストは時間経過が遅いヤツだったから、SG内の経過時間で言えばそれから1日はかかっていないと思う。
もう少しで終わりそうだというところで突然パスがけたたましく鳴らされる。
それが最近買ったコールの音だと気が付くのに1分はかかっていない。それに出てから1時間もしない内に哉田空港に呼び出され、今に至る。
国際線ロビーに行った時、そこにはオレに電話してきた相手と、アマネがすでに揃っていた。
眉をひそめるオレにマサは言葉少なげにこう言った。
「ヨーロッパ地区に飛ぶ。お前もこい」
我ながらよくそこでうなずいたと思ってほしい。
理由は相変わらずわからない、教える気もない。しかもクエストまで中断させておいての用件が、まさか観光とか独逸限定クエストだとかだったら本気で軽蔑してやろうかと思っている。
別に現時点で尊敬もしてないけど。
言われたときつっこみと疑問は山ほどあった、だけど2人の不穏な空気と切羽詰った表情に何も言えなかった。
飛行機を使ってクエストを受けにいくのは初めてじゃなかったけど、それでも何回も行っているというわけでもない。
向こうでクエストを受けるにはパスコードは必要だけど、その他にちゃんと飛行機代だって別で請求される。
現実世界と同じように燃料サーチャージやらかかるわけでもないが、それでも電車や船で移動するより当然高くかかる。
同じようにあっちでも電車や船の交通機関は発達しているから、移動に苦労はしない。
けれどそれも何もかも言い訳にはならない。まして今あっちで受けるべきパスコードなんて持ってない。
海を渡る理由は何1つとしてない。
「おい!いい加減理由を教えろよ!」
飛行場から直結しているメトロに乗り込んでも一向に訳を言おうとしない姿にいい加減ムカついて半分キレながら問い詰めれば、ちらりと視線を投げられる。
けどそれだけでまた視線を延々と続く地下鉄の景色に戻すと、やっぱり何も言おうとしない。
「お前っ……」
ホントいい加減にしろよ、と続けるよりも先に、静かな声が結末を口にする。
「……全てはguardianのリヒャルト侯に会ってからですか?」
「はぁ?guardian?」
睨みつけていた視線を戻せば、同じようにつり革に立っていたアマネが無表情にあいつを見ていた。
(なんでそこでそのチームの名前が出るんだよ)
そのチームなら今、ゆずるがクエストを一緒にやっている奴らじゃないか。まさか律儀にお礼参りでもしようって言うんじゃないだろうな。
そんな冗談な気持ちよりも言葉は、自然と別の言葉を口にする。
「……ゆずるに何かあったの……?」
「…………」
『間もなくローテンブルグです。お降りのお客様は―』
「すべてはあっちについてからだ」
それだけ答えたかと思うと、開いたドアと同時にホームに降り立ち、振り返ることはしなかった。