SAVE6
Phase7
「みんな……」
「大帝が……大帝が意識を戻された!」
「リヒャルト!?大丈夫なのか!??」
「ヨハン……どうしたんだ、みんなもそんな泣きそうな顔をして……」
青年は普段の通り名を使うことも忘れ、目の前の旧友をいつもの優しい瞳で見つめる。
その変わらない様子に、胸にこみ上げてくるものを抑える手段が見つからない。
チームハウスに詰めていたチームメンバーが、目の当たりにしている奇跡に歓喜の声を上げた。
自分達がやってきたことは、希望は、こうして叶ったんだと。
「そういえば……メアリーの姿が見えないが……」
何日間もベッドに横たわっている体は、しかし精神的に大きな影響を及ぼしているこの世界では特に支障はないようで、いつもと同じように仲間を心配する姿に一同がほっと胸を撫で下ろす。
「メアリーのおかげなんだ!お前を助けようと……」
喜びにあふれるその場所には似つかわしくない不穏な空気を引き連れて、ドアがけたたましく開かれた。
Loading7
--------------------------
-----------------
「ごくろうさん」
声をかけられていつもならうるさい位のキンキン声をあげる相手はしかし、それに対しほんの小さく首を縦に振るだけ。
そのいつもとはかけ離れた様子に、はてと周りは訝しむ。
それは相手をただのチームメイトとしか思っていないこの軽薄な青年も同じように感じたようで、座っていた椅子を落ち着きなくくるくると回す。
「タカ」
「うん?」
そのいつもとは違った様子の相手から声が掛けられてますます奇妙さが増していく。
いつもだったらこちらが話しかけても嫌そうにするか、小馬鹿にしたように笑うか、必要最低限なチーム連携をするか、それ位なのに。
まさか今さら興味を持ったのかと考えて、青年はすぐにその考えを破棄する。
相手もだが、こちらも同様に相手のことなど大して興味はない。興味も持ちようがない。
女にしてはそこそこ共感出来るところもあるし、話し相手としてもそれなりに反応が面白い相手でもある。チームとして動く分には戦闘能力はわりと評価している方だ。
だが、それ以上でもそれ以下でもない。
青年にとってはただ、それだけだ。
「『あの女』……何なの?」
「あの女?」
「あんたが気に入ってた女、今行ってきたクエストにいた」
その言葉にさっきまで興味を持たなかった女の言葉に、俄然興味が沸く。
いや、実際には女の言葉ではなく、女からもたらされる“愛しいおもちゃ”の情報についてに限られているが。
「……誰の事?」
あえてカマをかけたが、女の方がその名前までは把握していなかったようで、ただ『髪が長くてふわっとしてて、抱き心地も殺し甲斐もなさそうな女』とだけで形容する。
その形容詞だけで目当ての人物であると確信出来たのか、青年の口角がゆるく持ち上がる。
続きを促すように手だけで合図すると、怒りと困惑、そして恐怖が入り混じっているような複雑な表情でしばらく沈黙していたが、やがて重い口を開いた。
途中で契約通り乱入し、そこで予定通り『嫉妬』と戦闘したのまでは予定通りであったようだが、途中で相手がシンボルを使う相手をその少女に定めたらしい。理由まではわからないとのこと。
まぁ、人の気持ちや行動を第三者が全て把握しようなんて傲慢なことは出来ようもない話でもある。
当然大した力を持っていなかったその少女は『嫉妬』のシンボルに掴まり、青年が仲間に話していた、とあるクエストで遊んでやった気に入らない碧眼の青年のときと同様倒れたようだった。そこまでは特に変わった様子もなかったと言う。
一方的に続けられる言葉の中に、大事なおもちゃが自分以外に遊ばれたことがわかり、腹立だしい気持ちが沸く。
ただ冷静な判断をしようとする理性も残っており、苛立ちながらも続きを促すと、さらに嫌そうな顔をされる。
苦しそうにしているのもわずか、意識を保てず床に伏せてからその奇妙な現象は起こったらしい。
突然自分の耳に刺さっているピアス型のパスから滅多と聞かない警告音が流れた。
それは何者かの力によって自分が『瀕死』になる可能性があるというアラート音であったが、ざっと見回してもそれらしき力の持ち主はいなかった。
確かに目の前の敵がまだ本気を出しておらず、それが本気になったということならば可能性もあったが、少なくとも手を抜いていた様子はなかった。
つまり、アラートを出される程の実力差はなかったと推測してもいい。
なにせこちらは本気なのだ、それで手を抜いた相手からそんな表示があればとっくに退散している。
そこまで考えて、部屋中が不穏な空気に満たされていたのに気づいた。
最初の一撃は音もなく敵を貫いた。
「え……」
遅れてその敵の驚きの声が漏れる。
深々と体を下から上に向かって貫く黒い槍は、その刀身をべっとりと紅で染めていた。
ぽたりとその滴が床に落ち、自然と膝を折ったのを合図にして、今度は上から同じような真っ黒な槍が落ちてくる。
それが左足を貫いて初めて女が絶叫し、そして次々にスキルの宣告を行ったが、それもスキルとして用を成す前に不気味な力によって屠られていく。
全ての四肢が動くことを禁じられた頃、場にいつの間にかもう1つの『罪』が佇むも、その罪もすぐにこの場の異常さを理解すると、同じように傍観に徹した。
途中の攻撃でわかったことだが、この得体の知れないものは『嫉妬』に近づいて攻撃の邪魔をしなければ、こちらを見逃してくれるつもりのようだ。
加勢してそれが適応されるかどうか、そんな博打は打たなかった。
『嫉妬』の抗いによって小さくなった黒い破片はしかし、それこそが目的であるかのように相手を捕捉していく。
そうして出来上がった処刑台に、最後に訪れた別の女がとどめを刺して一連の流れは終了した。
自分がやるべき『嫉妬』の討伐に力を貸すことも一応の成果はあった。
それがさっき言われた『ごくろうさん』というねぎらいの言葉で理解する。
やるべきことはやった。けれど、その途中過程が全く把握出来ず、不気味な後味だけを残す。
それが自分にとっては不気味で、わからないからこそ恐怖を感じている。
「ただの雑魚じゃん。苦痛なんか知らなさそうなすました顔して……なのになんで……」
「……『何であんな“象徴”持ってる』って言いたいん?」
「っ!そ、そうだよ!なんなんだよあのシンボル!?チートなんじゃねぇのか!!?」
あんたのシンボルより凶悪に見えた。と口まで出かかってやめる。
まるでそれは相手を認めているような発言にも取られるし、格下だと決めつけていた少女がはるかに格上であるという屈辱的な宣言をするのと同じ意味とも取れたからだ。
「おれも見た」
「た……ける」
いつの間にやってきたのか、ねぎらいの言葉をかけてくれた青年は、少し前まで読んでいた本を脇に抱え、言葉少なげに事実を語る。それに同調するように同じ顔を持つ青年が何度かうなずく。
「そうやで、おれだけやない。トラも見とる。正真正銘“箱舟”タイプの……しかもかなり凶悪なタイプのやつや」
箱舟タイプ、それはプレイヤーの中では古株と言われる女でも片手に納まる程度でしか見たことがない。
その内の1人はそこで面白そうに事の次第を聞いているキツネだ。
こいつは普段はこちらが本気を出せばアラートを鳴らさせる位で、とにかく滅多と本気にならない。
例えこちらが殺すつもりで、そして実際に殺しかけていてもイラつく笑顔をやめようとしない。
そしていよいよこちらがそうしようとしたときに初めて本気を垣間見せる。
その絶対的な力を。
そうやって仕留められると奢っていたヤツをあざ笑うかのように、その力で蹂躙していくのだ。
その生と死の狭間と、人の絶望を楽しんでいるようにさえ見える正真正銘の狂人が、箱舟タイプの持ち主なのは納得出来るところではあったが、まさかそんな気違いとあの女が一緒の地獄を見てきたと言うのだろうか。
あのいかにも自分は綺麗な存在だと、苛立ちさえ覚えるきれいごとを並べそうな女が、想像も出来ない程償いきれないほどの罪と、そして多くの犠牲を背負っている人間だと言いたいのだろうか。
その思考を読み取られたのか、青年が笑みを深める。
「やっぱり面白いなぁ……欲しくなる」
その様子を黙って見ていた似た顔つきではあるが、その顔に笑みを浮かべない青年は、隣にいるうれしそうな顔を見てゆっくり瞳を閉じると、すっと笑みを浮かべた顔を見る。
「……興味あるんはそれだけが理由か?」
「……」
返事はなかった。けれどもないことこそが回答だと青年はすぐに理解した。
だが、聞いてもそれ以上今は答えない事も知っている。だからすぐに話題を変えた。
「速報で大帝が意識を取り戻したって入った。『嫉妬』がやられたからやろうな」
「まぁ、呪者を殺せば呪いが解けるんは典型よな」
その言葉に対して興味がないように適当に相槌を打っている。
「んで、LiLiCoが見たのがホンマなら、その子“とけてない”んやないの?」
「……は?」
言葉にむっとしたのか、軽薄な笑みはそこにはない。
「新しく生まれた『嫉妬』が、おるみたいやし」