Phase2
もっぱらの原因は『ジョン=ドゥ』との関係性。
そいつが『皆守 匡』であるのはおそらく揺らぎようのない事実だとして、何故あいつがこのゲームにあんな配役でいるのかがわからない。
ゆずるの話とキャラクターが大きくかけ離れていたし、桁違いな力もおかしい。
(それが全部『噂』の力……とは考えにくい)
チヒロの爺さんは行方不明になって、噂の力でそれが蘇った。
それは何とかわかる。それと同じように考えて、ゆずるの話だけを聞けば同じ条件だから出て来てもおかしくはないけど、マサは『殺した』と言っていた。
それなのに『噂』の力でNPCとしてでもなく出現するのは条件から逸脱している気がしてならない。
もしかしたらそれ以外の何かが影響しているのかもしれない。でなかったら明らかにチヒロのときと条件が違い過ぎる。
(手前の扉を開けた…)
じゃあ手前の扉って何なんだ?
(NPCでもない存在)
それになるには具体的にどんな条件が必要なんだ?
「そう言えば穂積が話があるとメールが来ているが」
「え?」
慌ててパスに目を通せば、確かに少し前にマサからメールと着信が来ていた。
(……オレも人の事言えないかも)
誤魔化すように咳払いしながら何となく一緒に目的地に向かう。
前に比べたらだいぶとっつきやすいヤツにはなったし、相変わらず時々ムカつくけど心底という訳でもない。
いつの間にかオレ達の中に入って、今では当たり前のように傍にいる。
それがゆずるのおかげってことも・・・わかってる。
オレ達は何だかんだ大小はあっても同じように傷ついて、そしてゆずるに救われている。
そしてそんなヤツに守られて、今もこうしてこの世界と本当の世界を行き来することが出来ている。
(あいつのおかげ……)
だけどオレ達はそれに何にも返せていない。
力になってやるとか守ってやるとか大義名分を掲げておいて、結局は全部あいつに守ってもらっている。
(……あれば)
「もっと力があれば……」
重なる言葉に思わず目を向けると、真っ直ぐ前を向きながらも口調ははっきりとしたもので、独り言じゃないと言っているようだったけど、それはオレに聞かせるというよりは自分自身で戒めているようにも聞こえた。
「もっと力があれば彼女を守れるのに……」
「……うん」
ゆずるを守りたいだけじゃない。自分の願いを叶えるには『力』と『犠牲』が必要なのはどの世界でも同じこと。
(もっと力(知識)があれば……)
そうしたら道に迷っているこいつらをどうにかしてやれることが出来るのに。そう結論付けて、この世界をもっと深く知ろうとしたけど、それでもまだ知らないことが多過ぎる。
知ったつもりでいた世界は、広過ぎる。
「しばらく『バベルの塔』を上がろうと思う」
「え」
そこでやっと前を向いていた顔がこっちを向く。
そこには相変わらず何を考えているかよくわからない乏しい表情があっただけだけど、目は強い意思を表しているように見えた。
「あの最上階には『Mother (マザー)』と呼ばれるものがあるという噂を聞いたことは?」
「Mother …マザーシステムってこと?」
「それと同一のものかはわからない。ただ、雲雀亡き後世界を知るものはそのマザーだけだと言われている」
世界を知るモノと言われていたヤツは死んだ。今ならわかる。あいつを殺したのは『ジョン=ドゥ』だ。
(自分の核心を知るヤツがいたら厄介だもんな)
ゆずるが握っていた花を見てマサが驚いたようにつぶやいた花の名前と、あの雪が降っている場所であいつが言った名前は同じ“紫蘭”。
花言葉であいつは『あなたを忘れない』って言ったけど、きっとあの場に置いて行った花言葉はまた別の意味を込めてだろう。
“お互い忘れないように”
“変わらぬ愛”
(本当に兄が妹に送る言葉かよ……)
「最上階まであがるには何か特殊な条件があるようですが、上がりきれれば相当のレベルアップが期待出来ると言われている」
「……なんでオレにそれを?」
「……」
そこでオレの顔を一瞥して何も言わずに前を向いてしまう。だけど目でははっきりと『お前も力が欲しいんだろう?』と言われた気がした。
待ち合わせ場所にはすでにあいつは着いていて、オレ達が遅れたこともどうとも思っていないようだった。
ただメールでは知っていただろうけど、それでもゆずるの姿が見えない事に多少なりとも何か思うことはあったんだろう。わずかに眉がぴくりと動く。
「端的に言う」
だいたい端的と言うよりも、後出しのようにしか情報を言わないじゃないか。
いつも大事なことは隠しているくせに、知らないふりをしてオレやあいつの傍にいて、オレ達がその場面に遭遇したらネタ晴らしをするというスタンスがこいつの常で、オレがもやもやと考えていることも実は知っているんじゃないかと思うと腹立つが、とりあえず話を聞いてから文句を言うことにする。
「何」
「お前らどちらか『ゴルゴンの首』のクエストに行く気はあるか?」
「ゴルゴン……って…」
「“神話の討伐クエスト”…上級者に推奨されているクエストですよね」
オレの驚きをチヒロが明確に言葉にすると、それもあっさりと肯定される。
「あぁ」
(何考えてんだこいつ)
確かそれは今結構話題になっているクエストの名前だ。
「あんたわかってんの?それ最近荒れてるヤツだろ?」
「あぁ」
「『あぁ』……じゃねぇよ!!ちゃんと理由説明しろ!」
「『if』ストーリーを攻略したい。理由はそれだけだ」
本当に端的に言われて開いた口が塞がらない。
まだ隣で驚いているヤツがそのクエストの名前を出すのはわかる。
強くなりたいって言ってるヤツに討伐の、しかもレベルが高い神話ジャンルのものは人気だし。
だけどいつも隙あれば眠いとか言っているレベル上げに無縁のヤツから言われれば誰だって同じような反応をするだろう。
レベル的には認めたくないがこいつには適当かもしれない。だけど“今”はそれもヤバい。
「あんたと知り合いの『MUD HUNTER』がそこで暴れてんの知ってんの?」
「あぁ」
(あぁ…っておいおい)
どれだけあいつらと親交があるのかは興味ないけど、少なくとも今知っている動きからしたら、例え知り合いでも邪魔するヤツは攻撃を仕掛けて来てもおかしくはない。
それ位今の『MUD HUNTER』に近づくのはタブーだと言われている。
「あいつらが『魔に連なるもの』の大規模な狩りをしているのは知ってる」
その言葉に今度はチヒロの眉がぴくりと動く。そう言えばこいつPK大嫌いだったな。
オレも別に好きか嫌いかと言われたら軽蔑に値する位その行為は嫌いだけど、自分の身に降りかからなかったら放っておいてもいいとも思っている。
だっていちいち相手にするの面倒な相手ばっかりだし。
(特にあの関西弁の男)
何を考えているかわからないのはマサと同じ位だけど、あいつがゆずるを気に入っているのは見ていてわかるし、見ていて苛立つ以外の何者でもない。
とりあえずあっちも今のところゆずるに手を出すようなことはしないから静観しているけど、実際にやり合うなら相当覚悟しないといけないかもしれない。
「あなたが欲しいのはそこで手に入る『魔に連なるもの』ですか?」
「……あぁ」
(…?)
何だ今の。何か一瞬言い淀んだ気がした。
「隠し事はやめろよ」
それにカマをかけるつもりじゃなかったけど、何となくそれは聞いておかないといけない気がして語尾を強めれば、今度はもっとわかりやすく眉をひそめる。
「……『MUD HUNTER』に手に入れられたら厄介だからな」
「……」
「……ぁー、理由がこんな不純な物だと納得出来ないって顔してるな」
「……」
その言葉をじっと聞いていたチヒロが短く息を吐くとくるりと背を向ける。
それに声をかければ『もう行きます』と返される。
「私はしばらく塔に登りますから一緒にはいけません。まして“本音”を隠されたままは不愉快だ」
「……」
「澤村もおそらく同じ気持ちでしょう」
一斉に視線が集まり、自然と顔が強張った。
オレも感じた。こいつはまだオレ達に『何か』を隠そうとしていることを。
「……オレは」
それがオレ達の身を案じているような『何か』だったことを、オレもチヒロもわかっているのに、どうして言ってくれないんだ。
答えを聞くとどこかほっとしたように、あいつは『そうか』とだけ答えた。