Phase1
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うまく説明なんて出来るとは思っていなかった。だけど少しでも気持ちの中のもやもやを体の外に出してしまいたかった。
仕事も学校も放り出して家に来てくれた飛翔くんにまともに感謝の気持ちを伝えることなく、いきなり意味の分からない私の主張を聞く羽目になった飛翔くんの顔は、私にもわかるように困惑がはっきりと出ていた。
(当たり前か……)
逢いたいと言うだけで、どんな話をするとも言わなかった。
開口一番が『匡に逢った』と言っただけで、いつ・どこで逢ったのかも言わなかった。
主語も時系列もてんでばらばらで、私が言っていることはきっとおかしい人のセリフだと受け取られてもおかくはなかった。
だけど飛翔くんは何も言わずにリビングのソファーに座っている私の傍にいてくれる。
それだけが、せめてもの救いかもしれない。
「……お前の話を総合すると」
しゃべらなくなった私の様子をじっと見つめながら、飛翔くんがゆっくりと言葉を選んでくれる。
「最近匡さんに逢ったってことだったよな」
肯定の言葉も忘れてしまって、ただゆっくりと首だけを縦に振る。
「本当に匡さんだったのか?」
「……わからない」
嘘でも何でもなく、わからない。
ただ手元にある情報からあの人を匡としようとしているのか、みんなを傷つけようとしたあの人を匡だと思いたくないのか、どちらもが自分の正直な気持ちで、ただぼんやりと違うと思っているだけで、それを肯定することも否定することも出来ずにいる。
その答えに飛翔くんの首が不思議そうに傾げられる。
「わからない?お前がわからないなんてことあるのか?」
「……ごめん…」
「別に謝ってほしいわけじゃないけどよ……」
ふうっと溜息が場に落とされる。
「場所は近くだったのか?」
「近く…だったのかもしれない」
あの世界にいるってことがわかってずっと探していた。
だけどそれが死んだと言われても諦めきれなくて、もうこの世にいないことを受け止めなきゃいけないと思っていた。
少しずつ、受け止めようとしていた。その矢先だった。
「ずっと探していた場所に……」
「そうか」
「おじさんには……」
そこで言葉を切って私の様子を察してくれたんだろう。『ちゃんと本人だってわかるまでは内緒にしておいてやるから安心しろ』と言ってくれる。
「でも何でお前を置いて行っちゃったんだろうな」
「……」
私が手を離したから、とは言えなかった。自分でそれを認めてしまうのも怖くて、でもそんなことをしてしまった自分自身も正直何故だかわからなかった。
ただ、傷つけて欲しくてなくて
思い出を壊して欲しくてなくて、だからただ、静かな世界を望んだ
「…でも匡さんじゃないみたいだ……」
「え……」
まるで私の心を見透かしたような一言に思わず勢いよく顔を上げる。
飛翔くんは自分の考えをまとめるのに一生懸命で、私のそんな様子を気にも留めていなかったけど、その言葉は私がずっと誰かに肯定してもらいたかった言葉そのもので、思わず口調が強くなる。
「本当に…本当にそう思う!?」
「うお!?な、何だよイキナリ」
そこでやっと視線が合い、私の顔がよほど必死に見えたのだろうか、顔がきゅっと強張る。
「だってそれ……お前が望んでいた匡さんじゃないんだろ?違うって思ったんだろ?」
「…ぁ……」
「ならそいつは匡さんじゃない」
ぎゅっと力を感じて、そこで飛翔くんに抱きしめられている事を知る。
その温度は温かくて、自分以外の鼓動を感じるけど、恥ずかしいと思う気持ちは少し前の飛翔くんの問いかけに全て溶けていく。
「オレはずっとお前の傍にいる。変わらないままずっとお前の傍にいるから」
「飛翔くん……」
「俺が守ってやるから。だからもう匡さんの後を追いかけるのは止めろよ」
「……」
何も言葉が出てこない。
私が探していたものは本当にあのとき見たものだったのか。それを否定してもらって安心すべきなのか。
それとも今まで無意識に見てこなかった本当に探していたものを、別人だと否定しようとしている自分を悲しむべきなのか。
「忘れろよ…匡さんはもういないんだから……」
「……」
忘れる事なんて出来ない。
だけど匡を追いかけていたら傷つける人が出てくるのもわかっている。
正親さん達も、飛翔くんも、父親も、きっとみんな傷つける。
「……」
だけどあの世界に、匡を1人にすることも出来ない。
(また…選べないの?)
痛い位に抱きしめてくれる飛翔くんの背中に手を回そうとするけど、仮面の奥に隠された匡の気持ちを考えるとその背中に触れることをどうしても躊躇ってしまう。
「………して……選んでくれない?」
「……え」
その後に言葉を繋げようとして、軋むような痛みを感じる。
「どうしてお前は俺を選んでくれない?」
ギリギリと背中が絞られる音が聞こえる。突然息の逃げ場を奪うような強さで抱きしめられて、思考が霧散する。
唯一感じることが出来る痛みに思わず顔をしかめるけれど、相手には伝わらないのか力が緩む気配がない。
「匡さんは死んだんだ。そいつは違う!匡さんじゃない」
「俺だけがお前の傍にいる!他のヤツはその内みんなお前から離れていく!それなのにどうして!?」
「い……っ」
「!!」
ばっと一気に解放感がやってきてずっと求めてきた空気を思いっきり吸い込もうとして思わずむせる。
血がうまく通わない体を支えることが出来なくてソファーに体をうずめると、背中から緊張した声とともにらしくない飛翔くんの声が聞こえる。
「あ、ま、マジでごめん!!お、俺っ!?」
慌てて背中をさすってくる腕に何とか触れると、びくりと腕に緊張が走る。
それがわかって声を出そうとしたけど、短い息をするだけでうまく言葉になってくれない。
「ごめん…傷つけるつもりなかったんだ……」
(飛翔くん……)
「そうだよな…お前優しいから……言い寄ってくるヤツを拒否出来ないよな」
まだ肺がびっくりしていて咳を繰り返すと、自分の声に混じって飛翔くんが何か自問自答しているようなつぶやきを断片的に耳が拾う。
「俺がどうにか……ダメ……な……」
「……俺…………やらない……」
涙目になりながらぬくもりがある方へ顔をあげれば、涙で膜が出来ている視界の先にでもはっきりと飛翔くんが悲しそうにしているのがわかる。
伸ばした手に力を入れれば、それを逃さないと言ったようにぎゅっと握られる。
「…お前が俺だけ見てくれれば………」
私に心配かけまいと笑ってくれているのがわかったけど、それがどんな笑顔だったのかははっきりと見えなかった。
ただ言葉はつぶやきのように小さかったけど、聞いたことがないような程寂しそうで、硬い口調だった。