Phase8
どこかの情報サイトで名前だけは聞いたことがある。ただそれがどんな力なのか誰も見たことがないし、それを見たプレイヤーの話も聞いたこともない。
情報サイト以上の情報を持っているプレイヤーは上級者ならばある程度当たり前であったが、そんなヤツらでさえ、名前しか知らない。
そのスキルをただの作りだした迷信だと思っているヤツさえいる。
(これも『噂』の力か!?)
その真偽を確かめようもない。
おそらくまだこの空間にいるだろう『ジョン=ドゥ』だったものは今や明確な名前をもってこの場に存在している。
それが起こっても不思議はない。
「後スキルは何回残っているのかな」
「こいつの負担を知ってもそんな事言うのか!」
「オレだって心苦しい。でも近づけないから口を塞いで止めてやることも出来ない。お前がそれをしてくれるのか?」
どこまでも変わらない口調に反吐が出そうになる。
あのときは味方側だったからその終始変わらない態度に安心感を覚えていたが、今はただ不気味なだけだとしか感じようがない。
人をまるで人だと思っていないような、どこまでも優しい口調に、大事に仕舞い込んでいたものの存在すら疑いそうになる。
また耳鳴りのような音が聞こえて、目の前の光が一層強く輝きだす。一際大きく聞こえた耳鳴りは、何かの鳥の咆哮にも近かった。
「!」
目の前に複雑な模様のカードが浮かび上がり瞬時に燃える。
(最後か)
「マサっ」
ようやく1人合流出来たのはいいが後1分も時間はない。
光は見えているが周との距離は100m程度ある。それに負傷しているのか足取りがかなり悪い。
(間に合うか!?)
ここでゆずるを斗真に預けて駈け出せば間に合う。
だが、少しでもこいつを手放していいのか?どちらにしても時間の猶予はない。
「斗真!」
名前を呼びながらゆずるを押し付けると駆け出す。
自分の手元に感じられないのはやけに胸が騒いだが、迷っている暇はない。
誰か1人でも欠ければあいつは自分が傷つく以上に傷つくはずだ。これだけ身を酷使して守ってくれているヤツの気持ちを汲んでやれないのは甲斐性がなさ過ぎる。
「千尋!」
呼べば右のこめかみあたりから出血がひどい。
見ればじくじくと傷口に無数の何か小さなものが蠢いてその出血を助長させているようだが、その手当をしている暇はない。
「マサ!!掴まれ!」
斗真がスキルで出したツルを出し、右手首に巻きつけている。
それを掴んで引っ張ると、伸縮性のあるものはそのスキルの持ち主のところに戻ろうとする。
その途中でバキンと大きなガラスが割れるような音が響き渡った。
どろりとした黒い空間が、中心点に集約しようとその密度を高めていったのが視界の先に見えた。
― シンボル ヲ 使用 シマスカ ? ―
- viewpoint change T-
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「ぃぁぁ……いやあああああっっ!!」
支えていたゆずるの体が痙攣を起こす。
その異常な体の動きと耳を塞ぎたくなるような絶叫に恐怖しか感じられない。
「ゆず……っゆずる!ゆずる!!」
泣きそうになる自分の声をかっこ悪いなんて思っている余裕もなく、感情のまま名前を呼んでも目が開いてオレを見てくれることはない。
それがどうしていいのかわからないままで、こんなにも心細い気持ちにさせたまま情けなく体を支えていることしか出来ない。
今のが誰のシンボルの宣言だったのかわからなかった。
また敵の攻撃かと思ったけど、体に痛みはないところを見るとマサかゆずるのシンボルなんだろう。
だけど真っ黒な空間にどんなシンボルが発現したのか確かめようがない。
右腕に巻きつけていたツルにぬくもりを感じて振り返れば、焦ったようなマサの顔と、顔面の半分を血だらけにしたチヒロの顔が見える。
それだけなのにほっとしている自分がいて、強張った腕の力が多少だが抜けていく。
そこで床につけていた足に振動と奇妙な威圧感を感じた後、ミシミシと音を立てながら何かが壊れる音が聞こえた。
音とともに一気に視界が明るくなって、眩しさに慣れない視界が一瞬ホワイトアウトする。
「……参ったな。シンボルを使わせるまで放置してくれるなんて」
声はやけに印象的で、存在感を持ってこの場の全てを支配しているようだったけど、そのシルエットはまだ掴めない。
ただ口調だけで悲しんでいるような、軽蔑しているような、複雑な感情が混じっていてよくわからないという印象だけがある。
ようやく慣れて薄目を開けながら声の出所に視線を向けると、目の前に黒い鉄格子のようなモノがびっしり刺さっているのが見える。
それはあたかもオレ達を守ってくれているような檻のように見えて、そこから少し離れたところに縫いとめられて動けなくなっている黒いフルフェイスの女の姿が見える。
着ていたマントはびりびりに破けていて、その中に着ていたものが体にぴったりとしているタートルネックと黒いパンツであったのがわかったけど、その体も貫通するように物騒な程大きな黒い槍のような棒が貫かれている。
そのフルフェイスの女は銅像の上に立つ仮面の男をかばうようにしていて、その隣にはさっきみた2人の白衣姿の医者のような格好をした男が立っている。
その2人が目にも止まらない速さでメスをふるっているけど、塞がった穴をさらに貫通させるように音を立てながら黒いものが深々と刺さっていく。
「ああああああっ!!」
体がびくんっと跳ね上がる。
確かにシンボルを使用すれば体に負担がかかるのはわかっていたが、その効力は人それぞれだと聞いたことがある。
シンボルに直結している場所にダイレクトにダメージを受けるようになっているとも聞いたことがある。
なら、この得体の知れないシンボルはゆずるのなのか?ゆずるのどこにダメージを与えているんだ?
「本当にお前達はオレの神経を逆撫でしてくれるな」
「てめぇ……っ」
そこで仮面の男がふうっと溜息をつく。
「夕弦のシンボルは見たくなかった……可哀想に……辛いだろうな」
その声はゆずるを心底心配しているように聞こえはしたけど、不気味な響きは変わりようがない。
「お前に預けたのは失敗だったのか?なぁ……正親」
平坦な口調に鳥肌が無意識にぶわりと立ったが、短く荒い息を繰り返しながらうめき声をあげているゆずるを抱き直したマサは、それでも頭上に立つ男を睨みつけた。
「皆守ぃっ!!」
怒気を含んだ声で仮面の男の名前を呼べば、それすらも何とも思っていないような口調が返される。
「軽々しく呼ばないでくれるか?オレの名前を呼んでいいのはもう夕弦だけだ」
溜息のような声がそれに続いて零されると、すっと銅像から残されている床の部分に降り立つ。
それと同時に銅像だったものはいつも見ている出口の扉に変わっていた。
「これ以上ここにいても夕弦の負担になるから今回は引くよ」
自動的に開いた扉に飲み込まれるようにして消えていく血だらけの黒づくめの女は意識がないように見えた。
体が吸い込まれていくのと同時に刺さっている体はミシミシと気味の悪いを音を立てて無理やりそれから離れようとしている。
裂けたかと思ったものは大きな縫合痕のようなもので辛うじて繋ぎとめられているような状態で、少なくともそんな状態で人が生きていけるようには見えない。
その体でさえ容赦なく攻撃の手を休めようとしない黒い物体は、さらに棘のようなものを伸ばしてその体に追随しようとしていたが、あと1歩のところで砂のように消えていく。
その先には汚れを知らない白い手袋をした不気味な影が立ち尽くす。
完全に女の姿が扉に消えると、それが最後の挨拶だと言わんばかりに扉に半分体を入れていたまま背を向けた状態でちらりとこちらに視線を送る。
その後ろ姿からちらりと見えた顔は恐ろしく整っていて、チヒロとはまた違ったものだったけど、あいつが湖畔の様な目だなんて例えていたゆずるの言葉を借りれば、見えた瞳はそんな穏やかなものなんかじゃなかった。
「夕弦に…夕弦を傷つけないものだけが存在ばいいのにな……」
ゆずる以外映そうとしない瞳には、狂気を通り越した『何か』しかなかった。
「その意味がわからない程鈍くはないだろ、正親?」
「……」
「お前も望んでいるんだろう?それならお前がすべき事もわかるよな?」
ぱたんと扉が閉じた。
それと同時に苦しそうにうめき声をあげていたその声がぴたりと止まる。
「ゆずる!?」
「ぅ……」
黒い槍がふっと消え、同時にオレ達を守るようにして刺さっていた鉄格子が壊れた床の切れ目に流れて溶けて消えていく。
「これが…ゆずるさんのシンボル……」
「……」
呆然とつぶやくチヒロの言葉をあいつは肯定しなかったが、悔しそうに顔を険しくするその表情が全てを物語っていた。
誰かを守りたいとずっと願っていたあいつに与えられたのは、全てを壊す破壊的な力だった。
こいつを守りたいと思っていたオレ達は、こいつの犠牲の元にまた守られるだけだった。
両方の願いは叶えられず、傷つく事しか許されない。
癒されたい気持ちはまた傷つけられて、じくじくとした痛みを繰り返す事しか出来ない。
これ程自分の力を無力で惨めなものだと痛感させられたのは、奇しくも同じように守れるような立場でしかいられなかった、オズのときと2度目だった。
QUEST RESULT
QUEST:天空の城
PARTY:4/4 FULL
MISSION:天に浮かぶ城の財宝を手に入れろ CLEARED
TIME:19:50:28/ 39:28:59 (1/1)
GET:NOTHING