SAVE6
Phase7
神話とする説が支配的だが、一部の研究者は紀元前6世紀のバビロンのマルドゥク神殿に築かれたエ・テメン・アン・キのジッグラトの遺跡と関連づけた説を提唱する説もある。
実現不可能な天に届く塔を建設しようとして、崩れてしまったといわれることにちなんで、空想的で実現不可能な計画を比喩的に『バベルの塔』と呼ばれている。
バベルの塔の物語は、「人類が塔をつくり神に挑戦しようとしたので、神は塔を崩した」という解釈が一般に流布している。
しかし『創世記』の記述には「塔が崩された」とは書かれていない。
創世記11
ノアの洪水の後、人間はみな、同じ言葉を話していた。
人間は石の代わりにレンガをつくり、漆喰の代わりにアスファルトを手に入れた。
こうした技術の進歩は人間を傲慢にしていった。天まで届く塔のある町を建てて、有名になろうとしたのである。
神は、人間の高慢な企てを知り、心配し、怒った。そして人間の言葉を混乱させた。
今日、世界中に多様な言葉が存在するのは、バベル(混乱)の塔を建てようとした人間の傲慢を、神が裁いた結果なのである。
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目の前で実際に実物を見るのはこれが初めてだ。
彼女はすでに何回か遭遇したことがあるようだし、他のプレイヤーが言っていた目撃談を嘘だと決めつけることはしなかったが、どこか夢物語のようなモノだと考えていた。
それが、今目の前にいる。
穂積が彼を殺めたというのはおそらく嘘ではない。
そして彼女が4年前からずっと行方不明のまま帰ってきていないという言葉も、おそらく嘘ではないだろう。
誰もがその安否を否定の方向で考えていた。
1週間はおろか4年もこの世界に留まっている存在などいないに等しい。
1人だけ例外だった雲雀と呼ばれた男、その人物を除いては。
ただあの男ももう1人の例外を仄めかす発言はしていた。
決して自分だけが特別な存在ではないと。
(その人物が、目の前に……いる)
彼女が仮面の人物が放った言葉に対しゆるゆると口を開く。
瞳は大きく見開かれ、呆然とと言った方が的確であろう。その様子すら楽しそうに見つめているように見える仮面の持ち主は、仮面を取らず、しかしほほ笑んでいるかのように見せた。
「た……すく………」
「夕弦」
彼女の言葉を肯定し、仮面の主は器用に銅像の上に立つ。それを見て咄嗟に体が動いた。
「開錠!『咆哮の光』」
ふわりと彼女の目の前に白い姿が舞う。あたかも自分の意思をあらかじめ汲み取っているかのように。
「アマテラス、彼女を連れてこの場を離れろ」
実際に言葉を言われるわけではないが、思念として了承の意を示したのが伝わる。
彼女は私達のやり取りすら目もくれず、ただただ目の前に映る1人の亡霊を見つめ続けている。
「匡…」
私が明確に敵対の意思を示したにも関わらず構える様な仕草1つしない。
その全てが常識に当てはまらない行動に、いいようのない不気味さだけが広がっていく。
(何だこいつは)
穂積の言葉をそのまま受け取るのならばパスで解錠しても意味を成さない。
その時間すら与えてしまったら致命傷になりかねない。そう判断し出来るだけ視線を外さないようにしながら彼女の退路を確保する。
対峙してみても相手の強さが一切伝わってこない。ただ、勝てる想像もつかない。
どちらの感覚を信じればいいのかわからないが、少なくとも一言二言話した内容からは、おそらく彼女と接触するためにこのクエストにやってきたこと、彼女に危害を加えるつもりはないことだけはわかる。
ただ、こちらに対し危害を加えるつもりがあるかどうかは推測のしようがない。
自然とつばを飲み込む音がやけに耳に響く。
アマテラスは彼女の裾を引っ張って無理やりにでも背中に乗せるようにしているようだったが、彼女はまるでその場に固定されてしまった人形のように動こうとしない。
「匡……なの……?」
「そうだよ、夕弦」
彼女はまだ自分の瞳に映るものを信じられないでいた。
未だ身に襲い掛かる危険も受け入れずに、壊れた人形のように名前を繰り返す。
いつもの危機感に対する敏感な反応はなく、まるでそれを安心出来るものだと錯覚しているようにさえ見えるそれは、私の心だけを無駄に騒がせるシーンにしか映らない。
彼女の様子だけではない。
彼女に名前を呼ばれる度目の前の不気味な存在がはっきりとした陰影、存在を持ってこの場に形成されつつあるような、そんな奇妙な感覚がさらにそうさせる。
そんなことありえないのに、どうしてこんな言い表しようのない奇妙な感覚に攫われるようなざわめきを覚えているんだ。
「迎えに来たよ、夕弦。オレと一緒に行こう」
すうっと手が彼女に向けられる。
触れるはずのない絶対な距離があるにもかかわらず、瞬間的に彼女がその手から伸ばされた何かに絡め取られるようなシーンが頭をよぎる。
「アマテラス!!」
彼女の体が彼女の意思とは無関係に仮面の存在から強制的に距離を取らされる。
その間に割って入れば、それすらも面白いものを見るかのように上から好奇の視線が投げられている。
「君がこの事態を望んだのか?それとも別の者か?……どちらにせよ感謝しないといけないな」
「皆守 匡……」
その名前を読んではっとする。仮面の男がはっきりと笑っている。
「ありがとう、君もオレを記憶してくれているんだな」
(何なんだ…この感覚は)
気味が悪い。
祖父と遭遇したときに感じたものも気味の悪い恐怖感と、嫌悪感だった。
それは昔からずっと抱いてきた気持であったし、ゲームの世界でずっと探し求めてきた人物がシステムの1つとして組み込まれて発現したのを目の当たりにしたときに感じたものに類似しているが、決定的に違う何かがある。
まるで自分が今放った言葉を相手が待っていたような、策に知らず飛び込んでしまったときに感じる様な危機感が、無意識に背中を伝った汗として証明している。
「ゆずるさん!早く逃げろ!!」
「千尋……さん」
らしくなく声を荒げれば、やっと声に反応してゆるゆると頭が動く。
合った視線は何を信じていいのかわからず、進路を見失ってしまっている迷い子のように頼りなく揺れている。
「君達がバグダスターを望んでここに招き入れたのはわかっていた。だからオレも他の者が望む通りここに来る事が出来た」
誰かが望んだ。理不尽な強さを持つバグダスターを『倒してくれる強さを持つ者の来訪』を。
(そういう事か)
噂を利用していたのは、互いだった。
「でも……」
ぞわりと声色が変わり、合わせていた視線をむりやりその声の主に再度向き直せば、そこで彼女に対して伸ばされていた手がゆっくりと振り下ろされる。
その際にちらりと見えたパスのような腕輪は、見覚えがある。
(ゆずるさんと…同じデザイン)
『千尋!』
「!?」
いつも感覚としてとらえていたアマテラスの声が直接響き、一撃は辛うじて弾けたが、追撃するようにやってきた第二波はほぼ避けられずに直撃する。
頭を揺さぶられるような衝撃に視界がくらみ、強烈なめまいが襲ってくるがそれを気力で我慢しながら立つと、耳元に何かの羽音が聞こえている。
「夕弦の視界に映っていいのはオレだけだ」
どろりと右の視界が血で遮られる。こめかみのあたりに灼熱感を感じることからおそらく避けきれずにそこに何かの攻撃を受けたのがわかったが、ここで倒れるわけにはいかない。
彼女と同じ形の華奢な腕輪をつけた不気味な影が、ゆらりと動いた。