Phase5-1
その言葉のやりとりに、何が起きたのか理解出来ずその場に立ち尽くしている王子の姿をちらりと見て、乱入してきた女の子が鬱陶しそうに王子から視線を外す。
(何……?)
ぱっと辺りを見回してもオディールと王子しかいないのに、女の子は警戒を解かないオディールと“なにか”に向かって不遜な表情を崩さない。
(何を見ているの……?)
「……邪魔するナ……イカレ狩人風情ガ……」
(え……)
その声は確かにオディールのすぐ近くから聞こえてきたはずなのに、オディールがさっき王子に向けて話した声色とはまるで別人だった。
軽く見渡してみてもやっぱりここにはオディールと王子、突然現れた謎の女の子、それに私しかいない。
メアリーさんもナイチンゲールさんも結局は見つからなかった。
もしかしたら今の騒ぎで押し出されてしまったのかもしれない。静かな応接間には4人しか見当たらなくて、だけどその声は確かにここから聞こえてくる。
「てめぇが余計な事したせいで、あたしがここにこなきゃいけなくなったんだよ」
ひゅんっと音がして、女の子の手元に光っていたピンクのカッターがオディールの足元に向けられる。
「お前モ……死ねばいい……」
すくんで動こうとしていないはずのオディールの影がまた不自然に動く。
照らされてもいないはずの影が声に反応したかのように伸びて、そこから新しく影が生まれてくるように、そこから人の形をとろうとするのに従って、部屋の空気がどろりと粘度を帯びていく。
この感覚は、どこかで味わったことがある。
その影から1つの影が産み落とされ、漆黒の長い髪の誰かがそこに立っていた。
「彼モ……リヒャルト様モいない世界ナド……滅びれバいい……」
わずかな隙間から覗くことが出来たその瞳は、不自然に血走っていて、そして言いようもない絶望に染められていた。
クエストの結果を知らせるような電子音も、その後の警告音に掻き消された。
- 壊錠 ノ 宣告 ガ アリマシタ 退却 ヲ オススメ シマス -
― side guardian ―
「そこをどいてよ!」
「…………」
悲鳴とともに大勢の人が出払った応接間へ続くただ唯一の廊下、そこを通ればその元凶と会えるのに、それを予想外の人物によって阻まれる。
クエストクリアの表示はあった。けれどそれがどうやって行われたものなのか推測の域であるがある種の可能性は考えられる。
乱入してきた女ならあっさりとオディールを殺して、そういった解決方法で正体を暴いたかもしれない。
けれど、暴くという言葉を額面通り受け止めれば、殺してしまってはクリアにはならないはずだ。となると、あらかた脅しているか死なない程度に痛めつけているかどちらかだろう。
あの場にいるもう1人の存在については、そのような手段はとらないだろうが、そもそもクリアもしていないだろう。
自分達は他の人間の出入りがないかを確認し、ホールへ戻る途中だった。オディールが応接間にいるのはわかっていたが、問題はそこではない。目的としているものは、未だ現れない。
どのタイミングで、どのような形で現れるのかまでは予言にはなかった。だからこうやって可能性があることを1つずつ潰していかなければならなかったし、実際問題クエストは別にクリアにならなくてもなんら不都合はない。
ただ“ある”ことだけを逃さなければ、このクエストに価値は残り続ける。
可能性としてこの悲劇のワンシーン、それは“相手”の思考に寄り添ってみればかなり可能性が高いと踏んでいた。
乱入のアラームが鳴らされたとき、その予想が当たったと歓喜した。
はやる気持ちと、別の気持ちをどうにか抑えながら応接間に向かおうと足を進めると、長い廊下の途中に不自然なものが立っている。
「っ!?」
離れていてその姿までははっきりとわからなかったが、離れていてもわかる威圧感と怒気に、隣の女性が自分と同じように言葉を詰まらせた。
「……憤怒……」
全身を西洋の甲冑で固め、背中には不自然に大きくて凶悪な斧がちらつく。
その姿は自分達のリーダーを通してだが何度か見たことはあったが、そのときはまるで自分達を空気のように扱い、言葉を発することはなかった。
それが今、はっきりと自分達を認識しその存在を誇張してくる。
びりびりと空気を通して伝わる歴然たる力の差の前に、自然と膝に震えがやってきたが、そんな体の自然現象に気をとられている暇もない。
その先から零れ出てくるもう1つの大きな力。
それこそがこのクエストの目的そのものであるのだから。
「メアリー……あなた……」
驚いたように見つめてくる視線にあえて気が付かないふりをしながら、自然と流れてくる汗を誤魔化すように先の部屋の気配を探る。
乱入は3、予定通りだ。最大でもこちらの参加人数と同じ人数までしか同時に乱入出来ないシステムを考えて、あえて3人PTでこのクエストに参加したのだ。
1人は目の前にいる甲冑姿の人物、そして2人目は相手からのたっての希望により乱入を許した『招かれざる客』、そして最後が待ち望んでいた人物だ。
隣の女性と同様に何も知らない彼女を巻き込んだのは言われるまでもない、2人目の『招かれざる客』のためだ。
相手側のリーダーから提案をされたときは、正直殺意どころでまともな思考ではなかった。
そもそもそのチームのある人物のせいでこの事態は引き起こされたと言っても過言ではなかったし、提案をしてくれるならばそいつの首を差し出してほしいとすら思った。
喉元まで出かかった暴力的な気持ちを押し殺して提案を聞けば、その目的のために力を貸すというふざけたものだった。
『こちらから1人助っ人で出すわ。相手が相手やし、仲間が増えた方がやりやすいやろ?』
何が仲間だ。
歯ぎしりする仲間の男性の隣で、ぐっと拳を握りしめた。
悔しいけれど、戦力的にはありがたい申し出だと、辛うじて冷静に考えることが出来た頭の一部が答えをはじき出したけれど、睨むことは止められない。
その気持ちですら何ともないように流す相手の態度に、握りしめた拳から血が滲み出る。
相手はこれで貸し借りなしにしようとでも言おうとしているのだろうか。そんなこと出来ようもないのに。
『LiLiCo』、その名前が出るのはある程度予想はしていた。
相手側のプレイヤーの中でかなり上級のプレイヤーであることは間違いないし、補助系の自分と回復系のもう1人では火力に不安が生まれる。
その点その女は超攻撃系と言われる程の実力の持ち主で、これから倒さなければいけない相手との相性も悪くない。
チームメイトの男はどうやら『憤怒』に救いの手を求めているようなのは知っていた。
そこまで考えられるのに、どうしても捨てきれない。
イカレた狩人達はあの男と・・・飄々として真意が掴めないキツネと同じように、懐に入ってまた騙す気だ。
(そうならば……)