Phase4-3
― side ??? ―
「答えろ、何を巻き込んだ」
男は低く抑揚をつけずに告げるが、それが端的に怒りを示す。
「おれは辞めろと言ったんだ!だけどメアリーの奴が」
「答えろ」
ぐっと言葉を呑み込む。男も目の前の人物が何に怒っているのか心当たりが十分にあるし、それに対し自分も納得出来ない気持ちはあった。
大男は目の前のメガネをかけた男に対峙する。
いつもの気だるい雰囲気の中にある、ある種の獰猛なものを向けられているのは肌で感じているが、それが単にある少女を巻き込んだものからくる怒りとはまた別のものを含んでいるようにも思える。
それは纏う複雑な感情が入り混じったものから深く勘ぐってしまったものなのか、それとも事実なのかはっきりとはしない。
ただ怒っているのは間違いない。ここではぐらかすような茶番を繰り広げるつもりは毛頭ないが、自分が知る関西弁を操る人物と同じようなことをしようものなら、PKを挑まれそうな確信がある。
「ラークに会った……リヒャルトの件でだ」
「…………」
負傷してしまったクエストで、それを救う手立てのチケットが手に入ったのは皮肉以外の何物でもなかったが、それから間を置かずして刻々と体調を崩していく友人の姿は、見るに堪えないものであった。
その姿を目の当たりにして、それが運命として用意されたものが悪魔の手招きによるものなのか、深く考える選択の余地は残されていないのを痛感させられる。
友人の象徴とも言えるその両足には今、相手の象徴である黒いへびのようなものがとぐろを巻いて絡みついている。
それが視覚的にも第三者に視認出来るようになったときには、黒い呪いは胸の部分まで浸食されていて、もう友人の意識はなくなっていた。
今現実に還れば間違いなく、そのまま二度と目を覚ますことはなくなる。
そう判断し、あれから仲間内で必死になって制限時間を延ばすアイテムを買い漁り、一時しのぎで延命を試みているが、根本的な解決にはならない。
チーム随一の知識を誇るナポレオンがクエストを急遽中断して戻ってきたときにもたらされた唯一の希望。
『ラークに聞けばどうにかなるかもしれない』
自らクエストに行くと名乗り出て、ラークがいるとされているクエストに向かった先では、得体の知れないサラリーマン風の姿の中年が、まるで来訪を知っていたかのように自分達を手厚くもてなした。
会うのは2回目で、初めて会った時は確か初めて間もない頃、しかも意図的にではなく偶然会った頃の印象は薄く、そこまで奇妙に感じることもなかった。
無知だったのかもしれない。
しかしある程度この世界の悪意を知った今では、相手の笑みすらも癪に障る。
苛立つ自分達すら人間観察の一種であるかのように興味深く見つめるその瞳から、ある情報が差し出された。
「オデットとオディール……そのクエストに『嫉妬』が乱入すると言われた」
『蛇は悲しみに暮れ、男子禁制の場にて悲しみを知らぬ者に同じ悲しみを与えるべく舞い降りる』
『そこに行けば大帝は助かるの!?』
それを聞いてほとんど悲鳴に近いような声で仲間が叫んだが、それに対してもどこか他人行儀にほほ笑むだけ。
『呪いと言うものは術者と連動しています。彼女の“象徴”もまた呪術と同じ』
明確な返答とはおよそ言い難かった。
まるで言葉遊びを楽しんでいるかのような言葉選びに、直接的な言い方をよしとする自分達の国柄上、苛立ちがさらに募る。
『ちゃんと教えて!』
『……メアリー……』
ここのところ仲間の様子がおかしい。それはあまり人の感情に疎いと言われている自分でもわかる位、日を追うにつれてそれが顕著になっていく。
それが皮肉にも、同じように焦っているハズの自分を落ち着かせなければいけないと、自らの戒めに繋がっているのはあったが、それほどまでに精神的に憔悴していた彼女の姿に、いつもの聡明さは消えていた。
切迫する殺気を帯びた様子が相手にも伝わったのか、溜息とともに彼にしては直接的とも取れるような言葉遊びを投げられた。
『あなたの願いを叶えるためには元凶を直視する必要があります』
『やっぱりあの女……あれに会わなければいけないのね』
もう用は済んだとばかりに男性に背を向ける彼女に、思わず声をかけようとした。
その去り際、男性はそこでやっと薄気味悪い笑顔を消して真顔になる。
『「シュ」を染め還すには「シュ」を「シュ」に染めなければならない』
「メアリーはあいつが大変な目に遭って精神的に落ち着かないんだ。だから今あいつが何を考えているのか……わからない」
あれから何度かクエストの様子を探ろうとしているのだが、相手から一切の返事がない。
辛うじて別の人間にその様子を伝えてもらっているが、それでも彼女の心の在り様までは把握しようがない。
「姫は無事のようだが」
「当たり前だ」
その言葉のはっきりとした響きは、一種の脅しとも解釈することが出来る。
“無事でなければ許さない”
こんなに他人に執着するような人間であっただろうか。
少なくとも自分が男を知ってから、誰かに対し執着する姿を見たことはなかった。
だから今他の人間とともに毎日何かしら行動をともにしていると噂で聞いたときは思わず耳を疑ったほどだ。
自分が彼女を想っているものとはまた別の感情を持って傍にいるのだろうか。それとも同じものなのだろうか。
それもわからず、ただ『執着』という言葉でしか表しようがない。
いつもどこかで惰眠を貪っている。その瞳に明確な意思はなく、過ぎていく時間をまどろみの中で過ごしていく。それが男のスタイルであったし、自分が知り得る男の姿の全てでもあった。
ただ、昔からこのゲームに参加しているのだろうか、古参のプレイヤーともある程度顔が知れてはいるようだ。
今はこの場にいない自分達のリーダーと、自分はそれほど間を置かずしてプレイを始めたが、それより前に始めたとされている人間でも、男のことは知っている風な口ぶりであった。
個人的にもチーム的にも敵対関係にある、あのふざけた道化とも何かしら繋がりがあるようであったし、今口にした『嫉妬』という言葉も、ある一部分の上位プレイヤーでしか知らないはずの通り名なのにも関わらず、その人物が誰であるかわかっているように見える。
意図が読めないのは気になるが、今はそれよりも優先すべきことがある。
そう意識を切り替えて、ある程度話の流れを把握したと判断した相手が、この場から立ち去ろうとする背中に向けて、言っておかなければいけない言葉を告げた。
「今は3人だが……後1名は加わる……」
「危険はあるが……『憤怒』が……助けてくれるかもしれない」
「……どうだかな」
大男に対して背中越しにひらりと手をふると、もう振り返ることはしなかった。