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secret GARDEN- Lakhesis -  作者: 蜜熊
QUEST7:Zonnebloemen(ひまわり)
107/155

Phase1

- viewpoint change -


思い出の中の人はあれから少し年を取ったはずなのに笑い方は昔の記憶のままで、それが懐かしくてほっとする。


「夕弦ちゃん、それに皆守さん。いやぁ、久しぶりだね」


「お、お久しぶり……です」


「松波さんもお変わりないようで」


「いやぁ、相変わらずこんなことやってます」


父親のかけた言葉に恥ずかしそうに持っていたカメラを上げる。さすがに昔松波さんが使っていたカメラの種類までは覚えていないけど、あれから色々な有名人を撮るようになったカメラマンにしては小ぶりなスタジオを使う姿を見ると、きっと変わらないんだろう。


どこのスタジオでも同じような機材を使うと思うけど、松波さんが作るこの雰囲気はきっと他のどこにもない。


松波さんの作る空気はとても柔らかく、スタッフの皆さんも温かくて、そして自然と笑顔にさせてくれる。


「松波さん、翼くん準備終わりました」


アシスタントの男の人が声をかけ、奥の方からマネージャーさんと一緒にこっちにくる飛翔くんの姿が見える。


それに声をかけようとする前に私に気が付いた飛翔くんが、折角セットした髪の毛を気にせず走って近づいてくる。


「夕弦!待ってたぜ!」


「飛翔くん」


そこで目の前でくるりとターンすると、モデルのようにポーズをとってくれる。


「どうどう!俺かっこいいでしょ!惚れちゃうでしょ!?」


「……う、うん」


確かにかっこいいし、笑う顔を見るとどきどきするんだけど、ちゃんと答えられるようになったのは、もしかしたら多少なりともかっこいい人に対して免疫がついてきたのかもしれない。


(……連日の周さんに比べればまだ……)


今まで乏しいリアクションしか返ってこなかったからか、そんな人が本気を出すと言うのはすごいんだなと、変な感想しか思い浮かばない。


もう少しで実生活も落ち着くから本格的に復帰出来ると言ってたことに喜んでいたら、『私もです』なんて爆弾発言を投下しつつわずかにほほ笑んだ姿は、相変わらず心臓に悪かった。


やっと打ち解けてくれたのかなと嬉しい気持ちは勿論あるし、あのクエストは大変だったけど得るものが多かった。それは本当の気持ちで、それを乗り越えた周さんの変化は素直に嬉しい。


だけど本人はどうやら笑っているのは無自覚らしいんだけど、まるで私だけに笑いかけてくれるような錯覚に陥って気持ちとは裏腹に心臓が落ち着かない。斗真くんと揃ってそんなことを言っていたのは本人には内緒だけど。


(あ、いけない。千尋さんだった……)


相変わらず呼び慣れないけど、今度会ったときまでにはちゃんと言えるようにしておかないといけない。そう考えながら頭の中で周さんの名前を反芻させていると、いつの間にか飛翔くんの顔がドアップに映る。


「!」


「お前……別の男の事考えてたろ」


「え!?」


じと目で見られて思わず上ずると、頬が膨らむ。


「で・た・よ!俺のこと惚れちゃうとか言いながらこれだもんなぁ。お前いつの間に駆け引き上手になったんだよ」


「?駆け引き?」


「……変なことを吹き込まないように」


「うわっ!おじさんはおじさんでデレパパですか!?やだぁこの親子ーっ」


「翼!私語厳禁!しゃきっとしなさい!それと折角セットしてもらったのに崩して全く……」


私の言葉に父親が続き、その2つに対してツッコんだ飛翔くんがマネージャーさんにツッコまれている。その様子がおかしくて口元を緩めると、同じような含み笑いが隣から聞こえる。


「今日は何を撮影するの?」


「あれ?言ってなかった?旅の促進だか何だかで駅のポスターになるっぽい」


(なるほど)


だからなのか、飛翔くんが来ているのは“1人旅”が似合いそうなラフな格好。奥にいるアシスタントさんが大きめのスポーツバックを用意しているから、きっとそれと併せて撮るんだろう。


「これと後制服で1枚撮って『平日は学生、休日は旅行』みたいなコンセプトでやるんだと思う」


「面白そうだね」


「駅に貼られるのはうれしいけど1人はなぁ……あ、後で制服で一緒に撮ってもらおうぜ」


『衣装の人に頼んで女物の制服も用意してあるからさ』と小声で囁かれる。


飛翔くんはいつもそうだ。私が思いもしない事をこっそり用意して、それで私が驚くのを見て嬉しそうにする。いたずらが成功したときに見せるその笑顔を見たくて、匡にネタバレされても気が付かないふりをして引っかかったこともあったっけ。


私のリアクションを今か今かと待っているその変わらない子供っぽい顔に思わず苦笑しながらうなずくと、目の前の顔が嬉しそうに笑う。


すっと小指を出されて『約束』だなんて、まるで昔に戻った様だった。


「うん」


くすぐったくて顔はきっと赤くなっていたけど、飛翔くんが昔と変わらずこうやって笑ってくれるならこんなこともいいのかもしれない。

小指同士を絡めてお決まりのセリフを言い終わると、手を振りながら中央の撮影ポジションにつく。


「後で可愛い1枚を撮らせてね」


飛翔くんからすでにお願いされていたのか、もじゃもじゃのひげ顔でふんわりと笑い、松波さんが私達に背を向ける。


その松波さんがいつものように場にいる全員に対して「よろしくお願いします」と声をかけるのを合図にするかのように、和やかな撮影が始まる。


(……すごいなぁ……)


松波さんはまるで飛翔くんと会話を楽しむかのように色々な話を混ぜながらシャッターを切り、それに飛翔くんがいつもとは違うプロの顔で答える。


あの輪の中に昔ちょっとだけでも自分がいたことが信じられないけれど、思い出の中のあの場所はとても温かったことだけは忘れていない。


あの輪にいて、そこから松波さんと、匡と、たまに父親か母親が離れたところで私を見ていて、そのときだけは私をちゃんと見てもらえると、そんな気分にさせてくれた。


引っ込み思案な私を心配して、匡は私が子役モデルまがいなことをすることにあまりいい顔をしてくれなかったけど、出来上がったものを1番喜んでくれたのは他の誰でもない、匡でもあった。


『どの子よりもお前が1番だよ』


子供ながらに場違いだとわかっていてもその場所から逃げなかったのは、私でも求められていると、自分の居場所は確かにここにあると、思わせてくれていた温かい場所のように感じていたからかもしれない。


くるくると表情を変えながらポーズをとっている飛翔くんを飽きずに見つめていると、後ろから肩をとんとんと叩かれる。振り向くとおだんご頭の小柄な女性がにっこりと笑いながら私の名前を呼ぶ。


それに返事をすると、女性が父親に軽くお辞儀をした後私においでおいでと合図した。


- viewpoint change -


青年は視界の隅で少女が女性とともにスタジオを出ていくのを見てにんまりと笑う。


「相変わらず好きな子にはそんなかわいらしい意地悪しているのか?」


「いじわるじゃないっスよ。そんなこといいつつ松波さんだって乗り気なくせに」


「いやぁ、これは失礼した。同志よ」


ずっと年下の同士に対しくだけた口調で返せば、レンズ越しの青年が嬉しそうに笑う。


青年がずっと少女のことを思い続けてきたのはレンズを通さなくてもわかっていた。あのときはまだその感情には名がつけられていなかったものは、名がついた今までも色褪せることなく青年の胸にあったことが容易に想像出来る。


そして男の胸には、青年とは別の感情であったが少女に対しずっと抱き続けていた感情があった。


少女の母は媒体を選ばず光り輝く存在であった。太陽のようにその強すぎる存在感は時として他を圧倒し、同時に卑屈にさせるものであったが、少女のそれは異なった。


レンズを通してのみひっそりと咲く華


普段は強すぎる光を放つ母親や、その光と遜色がない程の光を持って生まれた兄に埋もれるように、柱の陰からなかなか出たがらない子であった。


しかし一度カメラを向ければはにかみながら笑う。その笑みは例えて言うのならば誰もが持つ故郷に対する憧憬の念に近いものがあった。


感情に直接ゆさぶりをかける、どうしようもなく切なくさせるその正体に無理やり名前をつけるならば、『月』のような子である。そう思った。


夜空にあり、いつの時代も夢を与え恋焦がれる存在として、太陽から光を受け優しく光る少女を、ずっと撮り続けたいと思った。きっとこの子はいずれ母親にも勝るとも劣らない魅力で他を幸せにしてくれる。そんな大それた感情を被写体に感じたのは初めてだった。


それが少女の身に起こった不幸でぷつりと途絶えてしまったと風の噂に耳に入り、ショックを受けたものであった。


もう撮ることは叶わないと思っていた。その『月』が今目の前にある。


「松波さん超うれしそう」


冷やかすように言う青年の声もまた弾んでいた。


男は持つ感情は違えどこれから起こる小さな奇跡を喜ぶ同志に対し、笑みを深くしてそれに答えた。

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