Phase4
「オリジナル……?」
言葉の意味がわからず低く唸るように聞けば、それに反応したかのように“オリジナル”と呼ばれた漆黒のフルフェイスが羊の悪魔を守るようにして正面に立つ。
「他のヤツらはこいつのコピー。ほら、さすがにあんだけクエスト数が多いとさ、メンテナンスも毎回1つだけってわけじゃないわけ。それに時間になっても出てかない命知らずなPTだって毎回1組だけじゃないしさ」
『ゲーム上の仕様?で必要?なんだって』と言われ、その言葉にこいつが“運営側”もしくはそれと密接な関係にある者だと確信する。
そうであればどうしていきなり他のヤツらのクエストに乱入出来るのか、ここの常識を無視した動きが出来るのか納得がいく。
「へぇー……なんや、あんた運営側の陣営か」
「は?」
「白々しく首なんか傾げんくてええよ」
國鷹も同じように思ったのか、その目が獰猛に光る。
ただ、こいつを生け捕りにして情報を吐かせるという穏便な考えまで考えているかと言えば、おそらくそれはないだろう。
「タカ、吐かせるから程々にしい」
案の定それを察した虎が早々にそう釘をさせば、顔が面白くないと言ったように仏頂面になる。
目でちらりともう一度釘をさされると、口元から『ぐぅ』と何かがつぶれたような声が漏れる。
「“運営”……ねぇ」
その言葉が面白かったのか、噛んで含めるような口調でそう繰り返すが、その後の言葉は金属音に相殺される。
「言葉遊びに興味はない」
「あらら、無口で好戦的なタイプってわけ?」
アイギルが振りかぶった大斧を盾のようなものがついた不思議な形の剣で受け止めると、その一撃も物珍しげな感想を吐く。
力はアイギルの方が勝っているのか、こすれ合う金属音と火花に段々とその勢いが自分側に迫ってきているのを見てもなお、楽しそうな口調は変わらない。
「!」
不意にその横から鋭い風切音が聞こえて、とっさに体を躱すと、傍観していた俺のすぐ傍で漆黒の影は手元に怪しく光る刃物を持ち、俺を敵と見定め殺気を放っている。
「ちょうど人数的にぴったりだ。遊んでやってよ」
楽しそうな声は早々に武器をしまい、祭壇に再び腰掛ける。
いつの間にか陣形を崩された俺達の前には1人に対し1つ、計4つの黒い影はそれぞれにぴったりと張り付くように対峙している。
オリジナルと言われた、他の影と同じ格好のバグダスターはこの中で1番強いのがアイギルだとわかったのか、それとも自分達の主になっているのか、不気味な悪魔の被り物の男の前に立つアイギルに対峙するように立っている。
その両手がマントからするりと出され、その両手に持っている小刀のようなものがきらりと光ると、それがまるで合図になっていたかのように、漆黒の影が一斉に飛び立つ。
部屋全体を埋め尽くす金属音と銃声、閃光と体同士が衝突する音。
それを上質な音楽だと勘違いしているのか、唯一手持無沙汰な男は満足そうにその音に耳を傾ける。
(やっとだ)
こいつを捕まえればこの世界の謎も、あの男の行方も、俺の償いも、全て終わる。全ての謎が判明することが出来る。
秩序のある悪意・・・secretGARDENの鍵が、手に入るかもしれない。
「……スキルコード『威力強化』使用、両脚部に付加」
「スキルコード『絶対零度』使用、対象物」
「スキルコード『氷結』使用、武器に付加」
他のヤツらもそう思ったんだろう、遠慮はいらないとばかりに次々とスキルコードの宣言が聞こえる。
敵と見定めた漆黒の影は膨れ上がるこちらの火力を警戒する必要がないのか、それともそれに対する防衛本能が備わっていないのか、攻撃する手を緩めるつもりはないらしい。
ただアイギルと対峙している“オリジナル”は別物のAIでも備わっているのか、アイギルがスキルコードの宣言をすると、それを危険と判断する能力はあるのか、交わらせていた刀をすっとしまい、相手と距離を取る。
それを見ていた悪魔が、軽薄な口調はそのままに、けれど少し驚いたかのように声を上げた。
「さすがランクトップ」
(ふざけやがって)
元々はオリジナルでないものでさえ一般のプレイヤーが即死させられるレベルのバグダスターをこんなところで勢ぞろいさせるということは、ここで俺達を皆殺しにするつもりで仕掛けて来たと考えてもおかしくはない。
それぞれが1体ずつ相手にしたとして、今の状態であれば時間はかかるが押し切ることだって不可能ではない。
それを予想出来ない運営側ではないとは思うが、今は読み違えであって欲しいとさえ思う。
目の前の目標が気を変えて逃げてしまっては、意味がない。
「……穂積、國鷹。『パターンβ(ベータ)』……」
「!?」
「!!」
アイギルの口から小さくその言葉が漏れる。
それは昔俺達がまだチームだった頃、連携の意味すらわからなった俺達に皆守が与えたモノ。
「……あぁ」
「……つまらん。けど、まー……ええわ」
短く答えると、國鷹もしぶしぶだがそれに了解する。ここでするべき一手でそれが最善なんだろうことと、面白さを天秤にかけての結論なんだろう。
スキルコードによりアイギルの斧に重力の塊のようなものが集約されていく。それに下半身を踏ん張っていないバグダスターの足元がずりずりとその重力の中心へと引き寄せられていく。
重たい甲冑が大地を踏みしめ、その重さに床に大きな穴が開く。
「スキルコード『影縫い』使用、周囲20m展開!」
國鷹がコードを宣言すると、引き寄せられたバグダスターが一斉にその場に縫いとめられる。
その影には小さな針状のものがびっしりと貼り付けられていて、文字通りその場に縫いとめられているかのように動くことが出来ない。
その内重力と影の相反する重力に耐えきれなくなったその体がその場に尻もちをつくように倒れ込むのを見て、スキルを使用していた2人が一斉にこちらを向く。
「「行け!」」
その言葉にアイギルが斧を手放し高く跳躍する、それを見て事態を察した虎が咄嗟に後方へ飛ぶのを見て、昔のあのときと同じようにスキルを宣言した。
「スキルコード『斬影龍』使用!範囲指定!」
蹴り出した左足から、地を這う無数の鋭利な刃物の形をした龍の群れが地面を疾走した。
走り抜ける衝撃に紛れるように懐かしい声が聞こえてくる。
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『3人が連携すると結構いい攻撃になるな』
青年がそう言って連携攻撃を褒めるが、褒められた3人は一様に渋い顔をした。
1人は鎧に覆われその表情は想像するにとどまるが、おそらく2人と同じような顔をしているだろう。
『おれ嫌や。この2人の補助やなんて』
その中で1番表情豊かな青年がふてくされたような声を出すが、同時に今まで1人で攻撃することしか体験してこなかったのだろう。高揚感は隠しきれていない。
『何故、穂積が攻撃なんだ』
納得いかないと言っているのは、この3人の中で1番火力があると言われている鎧姿の人物。
それは自負しているだけでなく全員が知っていることであったし、驕りでもなく事実を述べたつもりであるが、その言葉に対し穏やかに笑う青年は、その先に見え隠れしている鎧姿の人物の心情を読み取るかのように笑みを深くした。
『そんなこと言っても、アイギルもわかってるんだろ?総合的な火力は上でも、瞬発的な火力と速さは正親の方が高いって』
『…………』
『というわけだから、正親。お前も覚悟を決めろよ。お前強いんだから』
『はー……めんどくせぇ』
その攻撃の要に指定された青年は億劫そうに答える。それを見ていたボブショートの切れ長な瞳の少女は、まるで自分の事のように嬉しそうに笑う。
『いいなー、今度私との連携も考えてよ!』
『凛がやるならおれもやるー!なー、タスク。今度はおれが攻撃な』
新しいおもちゃに興奮している2人を見て、青年は『仕方ないなぁ』と言いながらもどこか嬉しそうであった。
それを見て、鎧姿の人物が、ほんの少し雰囲気を柔らかくした。
笑っていたかどうかは定かではない。
それは遠い昔3人に与えられた、忘れることの出来ない遺産だった。