SAVE3-2
「……」
「ここはPRESTO(4倍速)だからもうぼちぼち出て来てもおかしくないよな」
結局何も口にすることなく黙ったまま見ていれば、警告を知ってもなおそれを無視するように進むその足取りは軽い。
これがあいつらと一緒だったら今頃どうにか説得するなり誤魔化すなりして引き揚げていただろう。
戦力的にこいつらよりも劣っているという計算結果もあるが、目的と天秤にかけて重さがそちらに傾くのは理屈じゃないこと位わかっている。
無意識に両手を見る。
あのときからこの手には見えない薔薇のツルが巻き付いて取れないままだ。
元々スタイルが格闘系でも足技をメインに使っているから戦力的に両手の使用を縛っていても問題はない。
問題は“シンボル”だ。
シンボルはそいつの『トラウマ』を表す。そして、そいつが最も大事にしているもの、叶えたいと願うものの『反する』ものを具現化している。
この世界において多いとされている『攻撃型』も『防御型』もその人の深層心理によるものが大きく影響されている。
他人に傷つけられたもの、その受けた以上の暴力を願うものには『防御』
誰にも、誰も傷つけられたくないと願うものには『攻撃』
身体的や精神的トラウマを持つものは『回避』や『回復』のタイプになるヤツが多いと聞くが、斗真はいい例だろう。
あいつは高すぎるIQゆえに孤独にならざるを得ず、それを疎ましいと思っていた。珍しいタイプではあるが、それを受け入れられることが出来た今ならもっと上を目指すことも出来るはずだ。
そして、『罪』と『罰』を背負うもの、それが『箱舟』
ただの自己満足のための罪や罰はこれにならないことがある。
自分の欲望のために人を殺すことも厭わないと豪語していたフェリオは、見たことはないがこれには当てはまらないのかもしれないし、強さから考えればこのタイプなのかもしれない。
性格的に大きく歪んで破錠している國鷹はフェリオと考え方は似ているがこれに当てはまるのははっきりしている。
それはこいつのシンボルを見たことがあるからわかったことだ。そしてゆずるもまた、見たことがあるからわかっている。
あの絶対的な力は、あいつの意思に関係なく発動され、そして敵と定めた目的が完全に沈黙するまでその力を緩めることはない。
それが自分の内側にあるものだとは本人は自覚のしようもないだろう。いや、自覚しないからこそ、せめてもの救いなのかもしれない。
2人に比べれば俺の受けたトラウマなんて自分勝手で微々たるものなのは十分にわかっている。
特に、母親に必要とされず、虐げられ、望むものは何も手に入らず、外に出してもらうこともままならなかったあいつは、その人生すべてに近いものを犠牲にしている。
『罪』に関してはわからないが、もしかしたらあいつの強すぎる自己犠牲心や偽善に近い感情を快く思っていない人間がいるとしたら、それが罪に値しているのかもしれない。
それすらも持ってないくせに、手を伸ばしても大事な奴らの手を掴めなかった、真っ赤に染まった自分の両手を嫌悪しているだけの俺には、他人を守るためにシンボルを使うことも、その力に頼ることも許されない。
そのトラウマに向かい合うこともせず逃げているだけの俺には、あいつらは守れない。
(國鷹が危害を及ぼさないように監視していれば……それで……)
このクエストが噂通りであるのなら、ここで決着をつけることが出来ればもうあいつらに会うこともない。
― 同行 ガ 承認 サレマシタ ―
「へ?」
間の抜けた國鷹の声に重なるようにアナウンスが流れ、それとともにくたびれたセピア色の石寺院へ通じている石畳に白銀の輝きが現れる。
「……チカが呼んだん?」
その声はある程度この展開を読んでいたかのように聞こえ、そのセリフを聞いていたもう1人が「え!?トラ知ってたん!?」とすっとんきょんな声をあげている。
その影は金属音を1つ響かせて着地すると、辺りの空気に怒気を含ませた。
感情らしい感情はその自動的に振り撒かれる怒気以外に感じることは出来ない。
その張本人が果たして本当に怒りに満ちているのかどうかも、平坦な言葉の羅列では計り知ることが出来ないが、あいつらが死んでからはその『憤怒』という呼称にふさわしく、常に何かに対していいようのない怒気を示している。
アイギルは何も言わずそのまま近づいてくると、端的に用件だけを伝える。
「残りは?」
「15分、後はエミグレ写本だけだ」
「…………」
こちらも短くそれだけ伝えると、すっと前を歩く。
その背中には背の丈よりも大きな斧がはっきりと存在を誇張させるように背負われている。
「なんで『憤怒様』がおるねん」
「チカが呼んだからやろ」
至極当たり前にそれだけを言えば、國鷹の顔が面白くなさそうになる。
そう言えば昔から大して仲良くなかったっけな。特に凛花がこいつに懐いて、こいつもまんざらでもなくなってからは一方的に敵視していた気さえする。
最も一番仲が良くなかった・・・というよりもはや犬猿の仲で、生理的に受けつけないと殺意丸出しだった『嫉妬』、エリーゼとは比べものにならないが。
「鉄仮面は帰れー!」
(ガキか)
「僕があいつを殺す」
「まさちー!!何でこいつを呼ぶねん!どうせならまだフェリの方がマシやわ!!」
「煩い」
アイギルの言葉に3倍位の文句を言いながらもその手は器用に刃物を振り続ける。
その軌道を邪魔しないように閃光が飛び交い、体格の大きな敵が斧によって真っ二つに斬り倒される。
連携しようなんて気はさらさらないくせに、まるでそれは体に染みついたことのように鮮やかに展開されるワンシーンは、ずっと昔皆守が俺達に与えたものだった。
性格も何もかも合わない俺達を結びつけたヤツがいなくなってからは、もう二度と見ることはないだろうと思っていたものが、目の前にある。
そのばらばらになった俺達の共通の目的が、皆守が死んだ後に俺をこの世界に縛り付けた『ジョン=ドゥ』という存在であるのは、奇妙な関係性を感じずにはいられない。
この世界に出ると噂されているやばいもの
『古の本を探しに悪魔が出没するらしい』
その悪魔がその仮面の男を指している可能性が少しでもあるのならば、このクエストは例え何の邪魔が入っても最後まで進めなくてはいけない。
その先にあるものこそが、俺の贖罪である限り。